第62話 今朝は、キスマークなかったよね【吉瀬来那side】
「……結構、目立たない?」
あまりにも赤く、肌に刻まれたその痕は、誰の目にも明らかな存在感を放っていた。
「きれい」
彼女は呑気に、そんなことを口にする。キスマークの上に、そっと唇を落とした。反省の色はまるでない。
「ど、どうしよう」
わたしって結構、すごいことをおねだりしてしまったのではないか。
うううう……。
クラスのみんなにバレちゃうかな?
あっ。そうだ。
おあいこってことで、萌子にもキスマークをつけてしまえばいいんじゃないかな。それだと、心細くない。
わたしはスマホを横に置いて、真っ直ぐに彼女を見つめた。そのまま両肩に触れると、萌子はベッドから降りて、わたしから距離を取った。
その姿はまるで、"来那にキスマークはつけさせない"と言っているように思えた。
ずるい。つい、萌子にジト目を向けていた。
彼女は、すっかり満たされたような表情で、どこかひょうひょうとしていた。
先ほどまで、クラスの男子にヤキモチを妬いていたのに。
自信ありげな顔が憎らしかったけど、変に胸が高鳴ってしまうわたしがいた。
それからは甘い雰囲気が戻ってくることもなく、萌子は約束通り、わたしの部屋でライブ配信をした。——もちろん浴衣姿のまま。
「"今日の浴衣も似合ってるね"って、ありがとう〜」
リスナーに向けて、笑いかける彼女の姿を、宿題をしながら見つめた。
時折、頬杖をつきながら、萌子に視線を向けると、焦ったように目が泳いだ。かわいい。
赤い痕に手を当てながら、彼女の姿を見守った。
◇
わたしは少し怒っていて、せめてもの抵抗で、玄関先で萌子を見送った。
「何かあったら責任取るよ」
制服姿の彼女が、じっとこちらを見ながら、そう言った。
「うん」
「じゃあ。また明日」
萌子がドアに手をかけたようとしたときだった。ガチャと外側から鍵を開ける音がした。
「ただい……あれ?」
——お姉ちゃんが帰ってきた。
不思議そうに顔を覗かせている。
「えっ。なんで。バイトはっ!?」
わたしは動揺して、取り乱してしまう。
「家に忘れ物して、一度取りに帰ってきたんだ〜。って、こちらの子は友達?」
お姉ちゃんがチラッと萌子を見る。
——友達、か。
どう紹介すべきか迷ったけど、わたしは咄嗟に「うん」と頷いてしまった。
「井戸川萌子ちゃん。わたしの隣の席で……仲良しなんだ。こっちは吉瀬李里那。わたしのお姉ちゃん。えっと、今、大学生で——」
たどたどしく自己紹介をする。
ラブとお姉ちゃんを会わせたときの方が、紹介が自然だった気がする。思わず汗をかいてしまった。
萌子とお姉ちゃんが喋るのを、ボーっと見ていた。
気がつけば、萌子が玄関先からいなくなっていた。
「来那」
「へっ?」
お姉ちゃんが心配そうにわたしを見る。
「萌子ちゃん帰ったよ。ねぇ、顔赤くない?」
「そう? あ、暑いからじゃない?」
「それに……首元も赤いよ」
「!?」
視線が向けられた場所を咄嗟に隠す。
気まずくて、わたしは意味もなく天井を見つめた。
「今朝は、キスマークなかったよね」
「……」
「まさか、来那が自分で自分につけたわけじゃないしね」
ぐぐっと顔を近づけてくる。
「——それ、萌子ちゃんが?」
お姉ちゃんが試すように、彼女の名前を口にした。
自分でもわかるくらい、頬が赤く染まっていく。
「ふーん。そっか、そっか」
お姉ちゃんがしたり顔で、腕組みをする。
「来那には"彼氏"じゃなくて、"彼女"ができたんだ!」
言い当てられてしまった。
「……なんでわかるの?」
お姉ちゃんに隠し事はできない。何でもお見通しだ。
「来那より先に生まれたからかな〜。あはっ。年の功ってやつ?」
長い髪をかき上げて、得意げな顔をする。
「萌子ちゃん。今度また家に連れてきなよっ」
お姉ちゃんは満面の笑みを浮かべながらそう言い、照れて固まるわたしをよそに、軽やかにリビングに歩いて行った。
何でもないような顔をしているのが、逆に恋愛経験の豊富さを印象付けた。
そういえば、お姉ちゃんも前、家に彼氏を連れてきたことがあったっけ。
レゲエが好きな背が180cmもあるまーくんと、ドクロの服をよく着ていた、ヒゲともみあげが繋がっている定義さん。他にもいたのかな? 結局、わたし以外の家族に紹介することはなかったけど……。
妹が彼女を家に連れ込んだことは、お姉ちゃんにとっては取るに足らないことなのだろう。
……キスマーク目立つよなぁ。現に身内に見破られちゃったし。どうしよう。
『何かあったらいつでも相談してね』
お姉ちゃんは確か、前にそう言っていた。
その言葉を胸に、わたしは遠慮なく力を借りようと心に決めた。




