第60話 "本当"にしたい【吉瀬来那side】
「もういいよ」
ほどなくして、着替え終わったことを伝える声が聞こえた。
合図とともに部屋に入ると、隅にきれいに畳まれた制服が目に留まった。心臓が少しうるさくなってから、萌子に目を向けた。
「……似合ってるね」
かわいいねと言うことができなかった。わたしは完全に照れてしまっていた。
「ありがと」
萌子は俯く。目と目が合わない。
——リスナーのみんなは、昨日、萌子の浴衣姿を見て、どう思ったんだろう。
そんなことを考えると気持ちがモヤモヤした。
「ねぇ」
萌子がぽつりと呟く。
「えっ?」
今度は目が合った。
「——この浴衣を着て、来那は誰とデートしたの?」
拗ねた顔をしている。
もしかして、やきもちを妬いているのだろうか。
口角が緩みそうになるのを必死に抑える。
「去年の花火大会で、ラブと行ったときに着てたやつだよ」
「そ、そう。諏訪部さんとね」
「……なんでそんなこと聞いたの?」
「なんでって」
待てど暮らせど、萌子は続きを言ってくれそうにない。
「もしかして、嫉妬してる?」
核心をつくようなことを、言ってしまった。
彼女はみるみるうちに真っ赤になる。それはもう肯定と変わらなかった。
「……わたしはね、萌子のリスナーに嫉妬してるよ」
「えっ?」
「多分だけど、昨日レバニラくんやハトゲッチュさんも配信に来たんだよね?」
「……」
「まぁ。でも、今、萌子の浴衣姿が見れてるから悔いはないけどね!」
「……ライライちゃん、いらっしゃい」
萌子が急に、そんなことを言う。
「へっ?」
「ひ、久しぶりに来てくれたよね。寂しかった。今までどうしてたの?」
もしかして、ここでリアルタイムにライブ配信の再現をしてくれてるのかな?
画面越しじゃなくて、目の前にいどっちがいる。なんだかおかしかった。
「ちょっと、アカウントBANされちゃってさ〜。えへへっ」
わたしは流れに身を任せて、全力で乗っかった。
「もう。どんな悪いことしたの?」
「秘密!」
「ええー。怪しいよっ。まぁ、私はライライちゃんが良い子だって信じているけどね」
やっぱり萌子は配信になるといつもよりも優しい。
やわらかく微笑む姿にキュンとする。
わたしは思わずベッドの上にあった、ハートのクッションを萌子に投げた。彼女はそのままキャッチをする。
「ライライちゃんが"アイテム"を投げました!」
「あ、あぁ……」
萌子がピンときたようだ。
わたしは、ライブ配信上で使えるアイテムに見立てた行動を取った。これは100コイン相当のモーションかも? その後の彼女の行動をまじまじと見つめる。
「ライライちゃんありがとうっ」
彼女はきちんと受け取ってくれた。クッションを横に置いた後、指ハートをしてみせた。
なんだかシュールな光景に、口元が緩んでしまう。
次にわたしは、白いウサギのクッションを萌子に投げた。彼女は見事にキャッチした後、
「……こ、こんなに高価なアイテム良いの!? 嬉しい!! ありがとうっ」
と、とびきりの笑顔で言った。
ぷはっと、我慢できずに吹き出してしまう。
「あはははっ。萌子と二人だけでライブ配信してるのっ。面白い!」
「も、もう。こっちは真剣だったのに」
萌子は眉をひそめた後、ぷいと、そっぽをむいてしまう。
「ごめんって」
わたしはそっと萌子に歩み寄る。優しく彼女の両手を握った。
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
きっとわたしを元気付けてくれたんだよね。嬉しいな。
見つめあったところで、ハッとしてしまう。
彼女と二人きり……心拍数が上がる。
動揺から手を離して、一歩後ずさると、床に置いてあったクッションを踏んでしまう。
あっ、と思った瞬間、足元が滑る。転んでしまう——受け身を取ろうとしたら、わたしはベッドの上にいた。
良かった。痛くない。
そう思って目を開けたら——萌子が覆い被さっていた。
唇と唇が触れ合っていることに気づくのに、時間はかからなかった。——デジャヴだ。
前にも、こんなことがあった。あのときも、萌子と事故でキスをしたんだっけ。
だけど、今度は立場が逆転して、わたしが押し倒される形になっていた。
「ご、ごめん」
萌子はすぐさま起き上がる。浴衣の隙間から、艶やかな肌がそっと顔をのぞかせた。
「——謝らないでよ」
「だって」
彼女はきっとわたしが転びそうなのを見て、咄嗟に助けようとしてくれたのだろう。
「ねぇ、今のって事故になるのかな」
「えっ? まぁ。そうなるよね」
「やだ」
萌子がグッと顔を近づけてくる。節目がちな瞳にドキッとしてしまう。
「"本当"にしたい」
それってどういう意味——。と口を開きかけた瞬間、唇が重なった。




