第59話 この浴衣着てくれない?【吉瀬来那side】
◇
<吉瀬来那side>
わたしは、ため息をついた。
学校で萌子と二人きりになることはあるけど、なんだかんだ邪魔されてしまい、落ち着いて過ごすことができない。
まあ、よく考えたら当たり前か。学校はイチャイチャする場じゃないし……。
それでも隣の席だから、「おはよう」と朝の挨拶をしてから一日が始まる。
好きな人の顔を見ながら勉強できるなんて、こんなに幸せなことがあるのだろうか。
相変わらずキラライブのアカウントはBANされているので、萌子の配信は見れずじまいだ。
だけど今も前のように見れていたら、きっと高額アイテムを投げていて、依存しそうだと思うから、むしろちょうど良いのかも。
蝉の声が響き始め、制服は夏服になり、季節の移ろいを肌で感じていた。
昼休みのチャイムが鳴り、いつものように、ラブと一緒にご飯を食べようとした。
だけど、オレンジジュースが飲みたくなり、自販機に一人で買いに行った。そしたら山崎と会った。
あれから萌子とわたしにちょっかいを出しては、すかさず逃げ出していく、小悪魔のような後輩。
「来那せんぱーい!」
今日も変わらず、にこにこしながら声をかけてくる。
「山崎、ご機嫌だね」
「えー。そうですか? っていうか、知ってますかー?」
「なになに?」
「昨日、師匠——井戸川先輩の配信を見に行ったんですけどー。浴衣着て配信してましたよー!」
「えっ?」
「なんかキラライブのイベント?で着ていたみたいですねー。白地にピンクの花柄が先輩にとても似合っていて、かわいかったですよー。それじゃ、また!」
山崎はさっさとアセロラジュースを買って、わたしの前からいなくなった。
浴衣? 花柄?
そんなの萌子から聞いてないよ……。
髪をまとめたりして、きっとすごくかわいかったんだろうな。ううん。綺麗だったと言えるかもしれない。
レバニラくんやハトゲッチュさんも見たのかな……。
いどっちのこと、ますます好きになっちゃうんじゃないかな。
ううううう。すごくモヤモヤする。
わたしは居ても立っても居られず、急いで教室に戻った。ラブの元には行かずに、鳴海さんとご飯を食べている萌子の前に立った。
「ど、どうしたの?」
血相を変えているわたしを見て彼女は驚いたような顔をする。
鳴海さんも箸を持つ手がピタッと止まっていた。
「萌子、今日の放課後空いてる?」
「配信の予定があるけど……」
——萌子はキラライブのことばかり。
わたしのことも構ってよという気持ちを一度飲み込んだ。
「……そっか」
いやいや。弱気になっちゃダメだよね!
わたしは少しの勇気を出す。
「じゃあ、わたしの家に来ない?」
「!?」
びっくりしている。
脈絡がないから当たり前だ。だけど構わず話を続ける。
「夜まで誰も帰ってこないから、そこから配信してくれないかな? わたしBANくらったままで、リスナーとして遊びに行けないから寂しいんだ。また萌子の配信を間近で見たいんだ。どうかなっ」
両手を合わせてお願いする。
萌子は少し考え込んだ後、「……いいよ」と確かに小さい声でそう言った。
「良かったねっ」
鳴海さんは暖かい目で見守ってくれる。萌子から聞いたけど、もう彼女にはわたし達が付き合っていることが、バレてるみたい。
わたしは照れ隠しのように後頭部に手を当てて笑った。
オレンジジュースを買い忘れたことに今となってみて気づく。だけど、もうどうでも良い。
——萌子がわたしの家に来る。その事実に胸の鼓動が速くなるのを感じた。わたしの夏が今始まった気がした。
◇
エアコンの低いうなりが室内に届く。この前、新しくしたばかりの最新式だ。冷気は申し分ない。むしろ身震いするほど冷たい——はずなのに、わたしの体はじんわりと熱を帯びていた。
わたしの部屋に萌子がいる。——しかも浴衣姿で。
黒地にボタニカル柄の浴衣。腰ひもはボリュームがあって、まるで薔薇のよう。
髪を上げた萌子は色っぽくて、わたしは直視することができなかった。
この萌子が着ている浴衣は、わたしのものだ。
今日の帰り道。萌子を問い詰めるように、山崎から聞いた浴衣配信の話を持ち出した。そしたら、「その通りだ」と言ったのだ。
わたしはわかりやすく拗ねた。「リスナーのみんなが羨ましい」「わたしも見たかったなぁ」とウジウジしていた。
他の友達だったら、サラリとかわせるのに、萌子のこととなるとムキになってしまう。
そのままわたしの家につき、彼女を自室に招き入れた瞬間、電流が走るように、あることに思い至った。
クローゼットに、去年の夏に着た浴衣が入っていたはずだ。開けてみると、思った通り、ちゃんとそこにあった。もちろんきちんとクリーニングには出してある。
「——萌子、この浴衣着てくれない?」
気軽に口にしたけど、当然のように断られる未来を想像していた。
「いいよ」
だけど萌子は涼しい顔をして、確かにそう言った。
「じゃあ、出て行って」
わたしから浴衣を受け取ると、部屋の外に追い出された。
廊下の壁にもたれ、ずるずると腰を下ろす。




