第57話 陽キャと陰キャ<井戸川萌子side>
◇
【いどっち先輩こんにちはᕦ(ò_óˇ)ᕤ】
そのコメントを見たとき、山崎美音だとピンときた。
ユーザー名は「みおぴょん♪」。ますます確信する。
お昼休みに約束した通り、彼女はライブ配信に来てくれた。
——少しだけ緊張してしまう。
だけど私は私! 背伸びをしてもボロが出る。いつも通り——だけど少しテンション高めに応対することに決めた。
「みおぴょん♪ちゃんこんにちは〜。歌配信をしている、いどっちですっ。初見さんはリクエストフリーだよ〜。良かったら好きな歌を教えてくれると嬉しいなっ」
【えっと、じゃあ『ピーチ』を聞きたいです!】
みおぴょん♪が、すかさずコメントをくれる。
……ピーチ。
それは、来那と初めてデュエットした曲だった。ふと思い出して、余韻に浸る。
だけど、すぐにブンブンと頭を振る。
「リクエストありがとう〜! OK、『ピーチ』だねっ。心を込めて歌いまーす!」
曲を選んで、スタートボタンを押す。
常連リスナーも、コメントやアイテムで配信を盛り上げてくれてありがたかった。
間奏中にリスナー一人ひとりのコメントを読み上げながら、お礼を言っていく。
だけど、リクエストをした本人、みおぴょん♪のコメントがなかった。
あれ? どうしたんだろう。
……もしかして、退出しちゃったかな。
そう思ったけど、現在視聴中のリスナーの欄に彼女はいた。
すぐに後半の歌い出しになり、ハッとして集中を取り戻す。
【いどっちの歌い方、好きー】
レバニラくんが、そんな嬉しいコメントを打ってくれるので、ホッとする。
山崎美音が聴いていると思うと、自然と背筋が伸びた。ビブラートも、少し長く引っ張ってしまった。
【パチパチパチパチ╰(*´︶`*)╯♡】
【良かったよー】
【聴き入った(°▽°)】
ふぅ。歌い終わった。
常連リスナーがコメントをくれる。ありがとう。
だけど、彼女はどうだろう。
【歌、うまかったです!!!!!】
みおぴょん♪が元気よく、そんなコメントをくれた。顔文字は使われていないけど、勢いがあった。
私は素直に嬉しかった。
「ありがとう! みおぴょん♪ちゃん。ナイスリクエストだったよ〜」
画面に向かって、親指を突き出した。おまけにウインクまでしてみせる。
【みおぴょん♪がいどっちをフォローしました】
わっ。フォローもしてくれた!
「ありがとう! みお……」
お礼を言おうとした瞬間、みおぴょん♪のコメントが目に入る。
【だけど、ムカつきます……】
えっ。動揺してしまう。
だけど、途中で発言をやめるのはプロ失格だ。
「……ぴょん♪ちゃん! って、ムカつくんかい! ビブラート長めのところが嫌だった?」
できるだけ明るく話すように心がけた。
だけど、待てど暮らせど、みおぴょん♪のコメントが返ってこない。
現在視聴中のリスナーの欄をチェックすると、どうやら彼女は退出したようだった。
そ、そんな……。
【何だったんだ今の……】
ハトゲッチュが、そんなコメントをしたのが少しシュールだった。
気を取り直して、配信に集中するために私は一つ咳払いをした。
山崎美音は私の配信を絶賛していたけど、今日の歌を聞いて、やっぱり何か思うところがあったのだろうか。
少しモヤモヤしたけど、気にしないふりをすることにした。
◇
——私は今、空き教室で山崎美音に壁ドンをされている。
同じくらいの背丈の彼女から壁際に追いやられると、目線の置き場所に困った。チャームポイントの赤いヘアピンが、心なしか曲がっているようにも思う。
「井戸川先輩ってライブ配信だと雰囲気が全然違いますね!」
「そ、そう?」
「なんかアイドルみたいでしたよ!」
山崎美音は怒っていた。顔をグイッと近づけてくる。——キスできそうなくらいの距離感だった。
「あの……壁に押し付けるのやめてほしい……です」
後輩である彼女に、つい敬語を使っていた。
「あっ。ごめんなさい」
意外にも、すんなりと私の前からどいてくれる。
「つい、熱くなってしまいました」
彼女は頬にかかる髪をそっと耳にかけた。
「ライブ配信ってリアルタイムで反応が返ってきて面白いですね! それに、他のリスナーが井戸川先輩に注目していると、なんかムッとくるっていうか、こっち向いてほしいって思っちゃいますもんっ」
「だから、ムカつくなんてコメントしたの?」
「……まあ。それもあるかもしれないですね」
山崎美音は目を逸らす。
「正直、ちょっと傷ついたよ」
「ご、ごめんなさい」
さっきまでの威勢の良い態度はどこへやら、彼女はうろたえながら謝った。
「……あと、うまく言えないんですけど、井戸川先輩っておとなしいタイプかと思ってたんですけど、配信見たら意外とそうでもなくて。それで来那先輩と合ってるかもって思ったら、モヤモヤしちゃって……」
山崎美音は涙目になっている。
もしかして、彼女自身も気持ちに整理がついていないのかもしれない。
「——確かに、最初の印象で、この人明るそうとか、物静かそうだなとかって、なんとなく感じることあるかもね。簡単に言えば、"陽キャ"、"陰キャ"って分けられたりするかもね」
私は山崎美音の瞳をまっすぐ見つめた。
「だけど、陽キャって言われるタイプの人でも、常に人と関わりたいわけじゃないはず。むしろ一人になって、静かに過ごしたいって気持ちになることもあると思うんだ」
ふいに、来那が中学時代に友達と喧嘩して学校を休んだ話を思い出した。
明るいと思う人にだって、当たり前だけどいろいろ悩みはあるのだ。
「それに、私みたいな"陰キャ"が、ライブ配信を始めるようなことだってあるしね。側から見たら向いてないと思うかもしれないけど、これがけっこう楽しいんだよ!」
私は昨日のライブ配信のように、山崎美音に向かってウインクをした。
……調子に乗りすぎたかな。だけど、この正直な想いをまっすぐに届けたかった。
「——この前、山崎美音が『悔しいけど結局は、似たもの同士が居心地がいい。真逆な人といても辛くなる』みたいなことを言ったじゃない?」
彼女が頷く。私は続ける。
「結局さ、人って見た目だけじゃわからないし、よくよく話してみると案外似た部分があったりするんだよ。気分でテンションも変わるし、みんな陽キャなとこも陰キャなとこも持ってるんじゃない? だから、お互い歩み寄ろうとすれば、分かり合えるんじゃないかな」
……うまくまとめられたかな。
私が言いたいのは、陽キャ、陰キャでひとくくりにして自分の行動範囲を狭めるのは、もったいないということだった。
山崎美音は俯く。何か考え込んでいるようだった。
「——私は、自分が陽キャだと思っていました」
彼女は意を決したように顔を上げる。
「井戸川先輩、少し昔話をしても良いですか?」
「うん」
彼女は「ありがとうございます」とお礼を言った。その後、少しずつ、言葉をこぼし始めた。




