第56話 かけがえのない存在<井戸川萌子side>
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次の日のお昼休み。鳴海とともに教室でお弁当を食べていたら、山崎美音が私の目の前に現れた。最初は、来那に会いに来たのかと思ったけど、どうやら違うようだ。
「井戸川先輩ってライバーだったんですね! アーカイブ見ました!」
「へっ?」
目をキラキラ輝かせて、急にそんなことを言う。昨日、ライバル宣言したときとは全然様子が違う。私は拍子抜けをした。
「萌子ちゃんの後輩? いつの間に仲良くなったの〜。知らなかったなぁ」
鳴海が水筒のお茶を飲みながら呑気に言う。
そんなことないのに! 側から見たらそう見えるの!?
「昨日、ライブ配信してましたよね?」
山崎美音がグイッと顔を近づけてくる。手には何故か、焼きそばパンとペットボトルの水を持っていた。
私は構わず、彼女からされた質問に答える。
「……うん。そうだけど」
「井戸川先輩、めちゃくちゃかわいかったです! ああいう顔もできるんですね!! っていうか、歌上手いんですね!!! 一瞬で引き込まれました!!!!」
話が進むにつれ、語尾に力がこもっていくのがわかった。
山崎美音の顔は、見るからにときめきで満ちていた。
突然のことに、何も反応ができなかった。
「後輩ちゃん、萌子ちゃんの配信見たの? リスナーさんとの掛け合いも良くて、楽しい空間だよね〜」
「そうなんですよっ!! 宿題のお供に、つい最後まで聞いちゃいました」
「萌子ちゃん、笑顔でいることが多いし、見ているこっちまで癒されるよね〜」
「はい! なんだか温かい気持ちになりましたっ」
私をそっちのけで二人が盛り上がっている。
ちょっと、話を整理させてほしい。
「……山崎美音は、なんで私がライバーをしていることを知ったの?」
疑問点はまずそこだった。
「来那先輩から聞きました!」
ええーーー!? あの子め。
おしゃべりなんだから!!!
「『アカウントがBANされたから、わたしの分まで応援してほしい』って言っていましたよ!」
「……」
「ライバルの——井戸川先輩のことは、詳しくチェックしておきたいじゃないですか! まさか配信を見て、こんなに心揺れ動かされるなんて思っていなかったですけどっ」
「あっ。後輩ちゃん。椅子どうぞ〜」
鳴海が立ちっぱなしになっている山崎美音に、空いている席をすすめた。
「ありがとうございます! 私、山崎美音って言うので、お好きに呼んでくださいっ」
彼女は手に持っていたものを机の上に置いて、椅子に座った。
「じゃあ美音ちゃんかな〜。私は鳴海玲奈だよ〜。よろしくね」
「鳴海先輩ですね! 名前、綺麗でかっこいいですねっ」
「え〜。そうかな?」
何、二人仲良くなっているの!?
私は言い返す気力もなくて、そっとため息をついた。
「美音ちゃん。お昼まだなんじゃない? 良かったら一緒に食べようよ」
「そうだったんですよ! じゃあ。お言葉に甘えて、失礼します」
彼女はそう言うと、焼きそばパンの袋を開けた。いただきますと言った後、勢いよくかぶりついた。
鳴海は気配りができてすごい。音楽部の部活でも後輩に慕われているみたいだし。尊敬する。
——それからというと、山崎美音が話の主役となり、私たちは聞き役でいた。
ライバーの話から脱線して、好きなパンの話、はたまたおすすめの美容グッズなど、多種多様の話題を盛り込んできた。
ちょっと待って。私たちライバルなんだよね!?
こんなに流暢に話していていいの!?
……なんてツッコミはできずにいた。
「あっ。いけない。そろそろ自分のクラスに戻りますね。井戸川先輩のライブ配信、今日はしっかり見に行きますっ。それじゃ、ありがとうございました!」
——山崎美音は、嵐のように去っていった。
私は呆気に取られる。何も言うことができなかった。
「萌子ちゃん」
鳴海が弁当箱の袋を包みながら、私の名前を呼んだ。
「何?」
「——吉瀬さんと、付き合っているの?」
心臓が跳ねた。鳴海の直感は本当に鋭い。
私はまだ彼女に、来那と両思いになったことを打ち明けていなかった。
「——うん。そうだよ」
鳴海に嘘をつきたくなかった。だから正直に打ち明けた。
「ふーん。そうだったんだ。萌子ちゃんの口から聞きたかったなぁ……」
鳴海が拗ねたように言う。ズキンと胸が痛んだ。
「ごめん。言い訳になるかもしれないけど、まだ信じられなくて……。それでも鳴海には一番に言うつもりだったよ」
「……そっか! なら、許してあげる。でも、遅かれ早かれ、二人はくっつくと思っていたよっ」
目を細めて、まぶしそうに私を見る。
「鳴海……」
「萌子ちゃん、おめでとう」
美しい微笑みだった。
私は親友に打ち明けたことで、ようやくそれが現実なんだと、自分の中で受け止め始めることができた。
「ありがとう」
「何かあったら、いつでも相談してね。大したことはできないかもしれないけど、できる限り力になるから」
嬉しかった。
一人で過ごしていた中学時代を経て、高校で出会った鳴海は、かけがえのない存在になった。
前途に不安を抱いていたけれど、支えてくれる人がいるという事実が、私を前向きにさせてくれた。今ある関係を、これからも大切にしていきたい。
鳴海は、山崎美音が落としたであろう、パン屑を指で取っている。ティッシュを取り出して、取りこぼさないように丁寧に包む。
「貸して」
「えっ?」
「捨ててくるから」
椅子から立ち上がり、ゴミ箱に向かう。山崎美音は一体何者なんだろう。
もしかしてあえて友好的に見せて、私を油断させているのかもしれない。それなら、もっと気を引き締めないといけない。
今日ライブ配信を見に来ると言っていた。いつも以上に、気合を入れて臨もう。
そんなことを静かに心の中で誓った。




