第55話 ライバル宣言<井戸川萌子side>
◇
「——井戸川先輩ですよね?」
私の目の前には山崎美音がいる。高い鼻先を、小気味良くふふんと鳴らしている。
ここは2-Bの教室。朝の光が降り注ぐ窓際の席にいる私に向かって、彼女は話しかけてきた。
山崎美音からしたら、上級生のクラスだ。なのに彼女は、臆することなく堂々としている。
来那はまだ教室には来ていなかった。私は読みかけの本を机の上に置いた。
「……うん。そうだけど」
「私、山崎美音って言います」
知ってるよ。だけど口にはしなかった。
「単刀直入に聞きますけど、井戸川先輩って、来那先輩と付き合っているんですか?」
ぶーーーー。
吹き出したい気持ちを堪えながら、精一杯のポーカーフェイスで対応する。……他のクラスメートには聞こえてないよね?
「ど、どうして?」
否定したくなかったから、質問で返した。
二者択一の質問に、はっきり答えられない人って、後ろめたい気持ちがあるのかも。そんなことを身をもって知ることになった。
「一昨日、非常階段で抱き合っていましたよね?」
「——ちょっと、こっちに来て」
教室でする話ではないと思い、山崎美音を空き教室まで連れ出した。黙って彼女はついてくる。
「わぁ。ここ、一昨日ぶりです」
「……」
埃っぽい教室内は、また物が増えたように思えた。
山崎美音はニコニコとした笑顔を私に向ける。赤いヘアピンがきらりと光っていた。
——彼女はきっとクラスの中でも目立つ存在なのだろう。
実際に見た訳ではないけど、雰囲気から察することができた。その顔つきから、内にある自信が静かに伝わってきた。
「見てたの?」
「はい?」
「その、私と来那がは……ハグをしているところを……」
情けなくて声が震える。
「はい! あの日、私の前から来那先輩を連れて行きましたよね? 悔しくて、つい気になって後を付けちゃいました」
「……」
山崎美音は復讐のように、まさに私と同じことをしていた。
先に後を付けた側だから、何も言い返すことができなかった。
「非常階段での様子は、こっちが照れるくらい甘々で……あれはもう、普通の友達って感じじゃなかったですね」
ああ。もう、ごまかすことはできない。
「……そう。来那とは、そういう関係……付き合ってるの」
「あはっ。素直に教えてくれるんですねっ」
「うん。事実だもん」
山崎美音は、右手を口元に添えて、じっとこちらを見つめていた。
そのささやかな所作さえ、まるで計算されたように美しく、彼女の空気と調和していた。
「でもー」
山崎美音が間延びした声を出す。
「お二人って、ちょっと意外な組み合わせに見えますねー」
胸がちくりと痛む。
"二人は釣り合ってない"
またか……。ふと、以前にも来那の友達に、そんな風に言われた記憶がよみがえった。
「——確かに。山崎美音から見たら、私たちは不釣り合いに見えるのかもしれないね」
「あっ! そういうネガティブな意味じゃないですよー」
「?」
「だって井戸川先輩も目立たないけどかわいい方じゃないですかー」
そんな褒め言葉を照れずに彼女が言う。目が見れなくて、つい視線を逸らしてしまった。
「でも、なんていうかー。来那先輩がアウトドア系だとしたら、井戸川先輩は完全にインドア系なんですよねー」
確かに。間違ってはいない。
「私もどちらかといえばアウトドア系だしー。そんな趣向が合う二人が一緒にいた方が、学校生活ももっともっと楽しくなると思いませんかー!?」
んんっ?
話の流れが急に変わったように感じる。
「悔しいけど結局は、似たもの同士が居心地がいいんですよー。真逆な人といても、結局……辛くなるだけですよ……」
山崎美音は遠い目をしながら、か細い声を出す。どうしたんだろう。
それは初めて彼女が見せる弱さのようなものにも思えた。
「……と、とにかく! いろいろ言っちゃいましたけど、私の気持ちとしては来那先輩の特別があなただと知って、対抗したくなったんですよねっ。むしろ横取りされたみたいで、燃えてきたんですよねっ」
山崎美音は一歩、前へ出る。
「井戸川先輩、これから私たちライバルですね! よろしくお願いしますっ」
にっこり微笑む彼女はまさに美少女だった。ただ、目の奥が少しだけ怖かった。
ぐいっと私の手を取り、強引に握手を交わす。そして一礼してから、足早に空き教室をあとにした。
なんだったんだ。
突然のことで、頭が追いつかない。
ひとまず山崎美音と私はライバルになった。
これから先、彼女は来那にアプローチすることがあるということだ。
うぅ。胃が痛い……。
人気者と付き合うって、こういう大変さもあるんだなぁと実感する。だけど、嫉妬されたことが少し嬉しかった。
山崎美音の来那に対する想いは、恋愛感情というより、先輩への憧れの域を出ていないように見えた。
それよりも、何か別の事情があるように思えた。ただ、今の私には見当がつかなかった。
それでも——来那を誰にも譲るつもりはない。私は、立ち向かわなくちゃいけないんだ。
胸の奥の熱を逃さぬように、静かに握り拳を作った。予鈴の音で我に返り、慌てて空き教室を飛び出した。




