第54話 アカウントがBANされた<井戸川萌子side>
◇
「じゃあさ、別のアカウントを作って、萌子の配信見に行くよっ」
「え?」
一人で悩むのは限界があったので、次の日、学校で来那に相談してみた。
彼女は机に頬杖をつきながら、はしゃぐように、そう言った。
それって複垢を作って、配信を見に来るってこと?
確かにキラライブでは、一人が複数アカウントを所有しても規約違反にはならない。そういうルールが書いてないから、許されていることと認識している。
「"ライライちゃん"って名前が表示されたら、萌子も動揺するよね? でも、わたし
配信見に行きたいもんっ! 別れるなんて嫌だし! だから、こうするしかないよね?」
「う、うん……」
腑に落ちたような、まだモヤモヤが残っているような、そんな曖昧な気持ちだった。
来那の勢いに負けてしまう私がいた。
——そもそもライバーって、恋愛禁止なのかな?
わからない。ただ、リスナーの抱く夢を壊すようなことは避けたい。
私生活をすべて見せるのは、なんか違う気がする。
わざわざ見せなくても良いものは、隠しておくべきだ。
きっとリスナーの中には、現実のストレスを忘れるために訪れる人もいると思うし。
現に私も、そうだった。中学のとき一人ぼっちだった私の孤独を癒してくれたのも、ライライちゃんだった。そのときに恋人がいることを知ったなら、ショックで枕を濡らす日々が続いたことだろう。
このまま"ライライちゃん"として、配信を見に来るなら、私もいつかボロが出ると思う。……うん。来那には複垢を作ってもらおう! そうしよう。
「じゃあ、今日から行くね!」
来那は私の様子を見て、特に不満がないと察したのか、元気よくそんなことを言う。
「せ、宣言するのはアリなの?」
そしたら配信中、どの人が来那か気になって仕方なくなるじゃん! 今までと同じじゃん!
何か言い返したかったけど、来那がにっこり微笑んだので、ぐっと言葉を飲み込んだ。……これが惚れた弱みってやつなのかもしれない。
◇
「にゃにゅにょさん、いらっしゃい! 歌配信をしている、いどっちです。初見さんはリクエストフリーです。良かったら好きな歌を教えてくれると嬉しいな〜」
今日も放課後。私は自室で、ライブ配信をスタートしていた。
先ほどから、初見リスナーさんが数人来てくれる。だけど、どれが来那なのかはわからなかった。
すぐに当ててやると意気込んでいたけど、その自信はあっという間に崩れた。コメントをくれないと、意外にわからない。もしかして、まだ来てないのかなぁ。
【いどっち、何かあった?】
レバニラくんがそんなコメントを打ってくれる。さすが常連リスナー。鋭い。
「なんでもないよ! ちょっとボーッとしてたかもっ」
頭に片手を当てて、おどけて軽く舌を出した。
——その日のライブ配信は、いつもより長めに3時間ほど行った。
途中で"Narumi"こと、私の友達の鳴海が来てくれた。また、来那の友達の夢野さんと関口さんも来てくれた。だけど、肝心の来那は多分、来なかった……。
私は配信が終わってすぐ、来那に電話をかけた。
『ごめん。アカウントBANされちゃった!』
「えっ!?」
驚く。何があったのだろう。
来那から話を聞くと、キラライブで複垢を作って、さっそく私の配信を見に行こうとした。しかし、すぐに【アカウントが停止しました】と表示が出たらしい。さらに、元々あった"ライライちゃん"のアカウントも動かすことができなくなったらしい。
やっぱり、複垢を作るのは規約違反だったの!?
そういえばフタコンのイベントのときも、本来なら1ヶ月期間があったはずなのに、急に短縮することになったし……。運営どうなっているの!
『それでね、しばらくは萌子の配信見に行けそうにないんだ』
来那の声のトーンが落ちる。
「……」
そっか。アカウントが停止されたんだもんね。……寂しいけど仕方ないよね。
……学校では毎日会えるんだから。いっか。
「わかった。私が無理を言ったから、ごめんね。こんなことになるなんて」
『気にしないで! そのうち復活するでしょ! あっ。だから今日の配信は見に行けなかったよ〜』
「……うん。来那は、どの子なんだろうと思って少しワクワクしてた……」
『わっ。待っていてくれたんだ〜。ウキウキな萌子を見たかったなー』
「ちょ、"ワクワク"なんだけど……」
『どっちも同じじゃん!』
二人して声をひそめて、くすくすと笑い合った。
来那と私は教室では隣の席。だけど、クラスメートの目を意識すると、中々上手く話せない。
ライブ配信みたいに、少し距離があるくらいのほうが、私たちは上手くやっていけるのかもしれない。
だけど、会わないと、その、ハグなんかはできないわけで……。
そういえば、付き合ってから、き、キスってしてないよね。
……。
来那は私とそういうことしたいって思ってくれているのかな?
……。
私は、そのしたいわけだけど……。
『いどっち!』
電話越しに名前を呼ばれてハッとする。
んっ?
「その名前で呼ばないで!」
『だって〜。返事がないからさ〜』
私は未だにハンドルネームで呼ばれると恥ずかしかった。胸のあたりがムズムズしてしまう。
……。ええい!
「ら、ライライちゃん!」
勇気を出して、同じように彼女のことを呼んだ。
来那を照れさせてみたくなったのだ。
『はーい! なにー!?』
しかし、彼女はいつも通り元気に返事をする。むしろ、嬉しそうにも聞こえた。
……。
私たちはまるで正反対。
あらためて付き合えていることが奇跡のように思う。
「な、なんでもないっ。また明日!」
『あー。もうこんな時間か。また学校でね〜』
もっと話していたかったけど、思い切って通話を切る。そのまま、ベッドにごろりと横になった。
今日はゆっくり眠れそうかな。いや、でも、来那のことを考えたら、無理そうかも。私は眩しい蛍光灯に目を細めて、寝返りを打った。




