第50話 甘々な時間【吉瀬来那side】
◇
「なに?」
「いや、やっぱり話したいなと思って……」
昼休み。ラブとご飯を食べながら、ふと今日は萌子とあまり話ができていないことに気づいた。いつも通りと言われたらそうなんだけど……。
いつも通りすぎて物足りなさを感じたわたしは、萌子にLINEをして空き教室に呼び出した。
相変わらず物が多い。この前見たことがなかった、ダンボールが乱雑に積まれていた。
「……」
「……萌子、フタコン最高だったよね!」
緊張が、口を止める隙を与えてくれなかった。
フタコンの感想については、一昨日の電話でも触れた。
だけど感動が冷めることなく——何度でも萌子と話したかったのだ。
彼女のおかげで、1位を目指す意欲が湧き上がった。
身振り手振りでライブ配信の魅力を語ったことがおかしかったのか、彼女はふっと微笑んだ。
「熱いね」
そう、わたしは熱いのだ。
「——まぁ、そういうの嫌いじゃないけど」
萌子の一つひとつの仕草を見逃さないように、視線が吸い寄せられる。
「な、なに?」
ぽりぽりと頬をかくように困った顔。
つい口元が緩んでしまう。
お互いに見つめ合い、どちらからともなくそっと距離を縮める。
あれ。もしかして良い雰囲気かも——?
しかし、彼女は突然「あっ」と声を出した。
「そういえばフタコンの収益のことなんだけど——」
二言目にはお金のことを語る。
そういうつもりで一緒にライブ配信をしていた訳じゃないのになぁ……。
だけど、彼女なりの誠意ということなのかもしれない。
萌子が取り分の説明をする。そのままお金を貰うのも生々しいなぁと思っていたら、ふと良いアイデアが降りてきた。
「——ねぇ、それならさ、二人で旅行にでも行かない?」
「へ?」
「わたし達フタコンの打ち上げもしていないじゃん? 収益は旅費に当てようよっ、もう少ししたら夏休みだしさ。……どう?」
「……」
萌子はすぐには答えない。
そればかりか顔が赤くなっている。
あ、あれ?
「ひ、一晩を一緒に過ごすなんて……そ、そんなの駄目だよっ」
「えっ? 日帰りのつもりだったんだけど……」
二人の間に沈黙が走る。
萌子はそっと、両手で顔を隠す。
かわいい! もしかして泊まりだと思ったのかな?
わたしまでつられてドキドキしてしまう。
「萌子?」
彼女の顔を覗き込もうとした。だけど見えない。
萌子がどんな顔をしているのか知りたかった。
さらに距離を縮めたら、くるりと背中を向けられた。
そしたら、もう動けなくなる。
「……り、旅行のこと、考えておくね」
萌子はぽつりと、確かにそう言った。
「うん!」
わたしは余計な言葉がこぼれないよう、唇を噛みしめた。
今ここでふざけたら、旅行の計画も何もかもが台無しになってしまいそうだった。
「——ねぇ」
萌子が、か細い声を出す。
「うん?」
「私たちって本当に付き合ってるんだよね?」
くるりとこちらを向く。もう手で、顔は隠していなかった。
心なしか目が潤んでいるように見える。
「う、うん。そうだよ!」
「そっか。ごめんね。実感がまだ湧かなくて——」
彼女は寂しそうに俯く。
「ライライちゃん——吉瀬さんは、私のずっと憧れの人だったから。まだ夢の中にいるみたいで……」
——萌子も、わたしと同じことを考えていたのだ。
今すぐ抱きしめたくなった。だけど、グッと堪える。恥ずかしがり屋の彼女のことだ。今ここで、そんなことをしたら、迷惑だろう。いつ誰が廊下を通るかわからない。
「じゃあ、二人してほっぺでもつねってみる? わたしは既に実証済みだけど!」
「実証……? あっ。今朝、吉瀬さんが自分のほっぺをつねっていたのって……」
「うんっ! 古典的だけど夢じゃないかどうかを確かめてたんだ! おかげさまで、しっかり現実だってわかったよっ」
元気よくピースサインをしてみせる。
「吉瀬さんも、夢じゃないかって思うことあるんだ……」
し、失礼だなぁ。
「そりゃあるよ! 早く萌子に会いたくて、今日だっていつもよりも早く目が覚めたし!」
「わ、私なんて、吉瀬さんにどんな顔して会えば良いのかわからなくて、ドキドキっしぱなしで、一睡もできなかった——」
前言撤回。わたしは萌子をギュッと優しく抱きしめた。
「きゃ」
「好き!」
彼女は、されるがままだった。
わたしの腕にすっぽり収まったまま微動だにしない。顔は見えないけど、耳が赤いのがわかる。
「……」
「今日はゆっくり寝てね!」
「……こんなの、今日も眠れないよ」
「えっ」
「吉瀬さんが、こんなことするから……きっとまた興奮して眠れないよ。どうしてくれるの」
ど、どうしよう。こ、興奮?
とりあえず萌子の背中をポンポンと優しく叩いてみる。
「……なに?」
「こうすると落ち着くかなと思って! ハグにはリラックス効果もあるって聞いたことがあるし!」
そしたら萌子が身をよじって、わたしから離れた。
「誰が言ってたの? ——吉瀬さんは、その人とハグしたの?」
険しい顔でこちらを見ている。まるで猫が威嚇したような姿。こ、怖い。えっと……。
「お、お姉ちゃんから聞いたの! ハグも、思い出せないけど姉妹だから、きっとしたこともあるかもね!」
「——そっか。仲良いんだね」
萌子がツンツンしている。
もしかして、お姉ちゃんに嫉妬しているの?
それって、ちょっとかわいすぎるかも。
「……なんていう顔をしているの」
「へっ?」
萌子に釘を刺されてしまった。
わたしの顔、多分、にやけている! 自分で確認できないのが辛い!
恥ずかしかったので、唇を尖らせる。にやけ顔も、少しは隠れているといいな。
「萌子って、一人っ子?」
「うん」
「そっか。寂しかったら、わたしに甘えて良いからね! なんなら本物のお姉ちゃんのように接してもらっても良いしっ」
「……」
「あれ?」
「……どっちかと言えば、私の方がお姉ちゃんっぽいんじゃない? 吉瀬さんはなんか……妹っぽい」
「萌子!?!?」
目を丸くしたわたしを見て、彼女はクスクスと笑う。うー、意地悪。
「——でも、吉瀬さんとは姉妹じゃない方がいいな」
「え?」
「だって、恋人同士にはなれないじゃん」
「!!」
彼女は目を逸らして、そんな嬉しいことを言ってくれる。思いがけず、両手を取る。
「そうだね。他人の方が良いね!」
「その言い方もどうかと思うけど……」
ジト目を向けられるが、気にしない。愛おしい気持ちが溢れてくる。
わたしは萌子から手を離し、指先で彼女の前髪をすくう。額がのぞいたところへ、そっとキスを落とした。
「なっ……」
萌子の顔は真っ赤だ。
そうだ。わたし達はクラスメートで良かったんだ。
きっと、姉妹だったら、こんな彼女の顔を見ることもできなかっただろう。
「——そろそろ予鈴が鳴りそうだから行こっか」
「う、うん」
空き教室から出るとき、辺りはしんとしていた。肩を並べているものの、少し距離がある。だけど気持ちは満たされており、今はこれだけで充分だった。




