第5話 また来ます!
『ひっ……』
歌い終わったいどっちは、か細い声を漏らしていた。
何かあったのかな?
『ら……ライライちゃん。は、初めまして。ゆっくりしていってね。ふ、フォローもありがとう!』
キラライブでは、ライブ配信にお邪魔したらユーザー名が、コメント欄に自動で表示される。いどっちはわたしの名前を呼んでくれた。
それから彼女は、歌っている間に更新されたコメントを順番に読み上げていく。
【歌、とっても上手でした!】
わたしもすかさずコメントを打った。
コメントを読むときに、彼女の照れている様子が伝わってきた。
その後ハートのアイテムを使って、感謝の気持ちを伝えた。
『ら、ライライちゃん、ありがとう……』
先ほどの歌っているときの優雅さは何処に。いどっちはモジモジしていた。
なんだか、かわいいギャップがある人だなぁ。
もう一度、いどっちのプロフィールを見る。
——あれ。気づいたことがあった。
いどっちが既にわたしをフォローしていた。初見なのに既に相互フォロー!? なんで!?
わたしは中学の頃、この「ライライ」のアカウントでライブ配信をしていた。フォロワーは420人いる。
ライバーは引退したけど、同じアカウントのままリスナー側として使っていた。
……もしかして、いどっちって昔わたしのリスナーだった人かな?
だけど過去を振り返ってみても、何も思い出せない。
うーん。偶然、配信を見にきてくれた人で、なおかつフォローもしてくれたのかな?
まあ。深く考えてもしょうがない!
わたしは、そのままスルーすることに決めた。
ふと周りを見たら、ファーストフード店の席が混み始めていた。
いけない。わたし一人で独占するのはマナー違反だ。そろそろ帰ろう。
わたしは急いで、いどっちに【また来ます!】とコメントを打って退出した。
外も暗くなってきたし、早く家に帰ろうっと。
トレーに残ったポテトを口に入れた後、オレンジジュースを勢いよくすすった。
◇
次の日。教室に入ると、朝比奈さんから一番に声をかけられた。
「来那ちゃん、おはよう!」
「おはよう、朝比奈さん!」
「席後ろの方になったんだよね。いいな〜」
「いいでしょ。手紙とか回しても見つかりにくいよ」
「え〜。私の方まで回せる?」
「今度、試してみよっか!」
「ふふっ。楽しみにしてる〜」
軽く手を振り、自分の席に行くと、隣には既に井戸川さんがいた。
早いなぁ。いつも何時くらいに来ているんだろう。彼女は黙々と本を読んでいた。
「おはよう、井戸川さん!」
「……」
無言。……さすがのわたしも心が折れる。
カバンをゆっくりと机の上に置く。とほほ。
「……おはよう」
そしたら少し遅れて、挨拶が返ってきた。良かった。無視されたわけじゃなかった。
現金なものだ。数秒前まで凹んでいたのに、挨拶を返してくれたとわかると、ホッとして顔がゆるんだ。
「何の本、読んでるの?」
つい調子に乗って話しかけてしまう。井戸川さんの本には紙のカバーがかけられていた。
「……秘密」
「そ、そっか」
——会話終了。
でも、読書中に邪魔したわたしが悪い! それに誰にだって、知られたくないことはあるしね。
そのまま椅子に座ると、井戸川さんが「ねぇ」と、話しかけてくる。
「どうしたの?」
「いや、そういうんじゃないんだけど——」
目線が泳いで、口ごもっている。
「?」
「えっと……」
そんな井戸川さんをよそに、彼女の机に目を向けると、昨日、興味を持ったペンケースが置いてあった。もちろん、キツネのマスコットキーホルダーも付いている。
あっ。そっか。
昨日、ライブ配信アプリで、キツネのイラストのサムネイルに興味が出たのも、この影響があるかも。
潜在意識?というものに残って、ついタップしちゃったのかな。
一人、合点がいって嬉しくなる。
「——って、聞いてる?」
目の前には、怒った顔の井戸川さん。机の上には閉じた本が置かれていた。
やばい。完全に意識が持っていかれていた!
「ご、ごめん」
「……はぁ。もういい」
呆れられて、ため息をつかれてしまった。
井戸川さんは、また本の世界に入ってしまう。
本のカバーが少しずれていて、よく見てみたらタイトルが「秘密」と書いてあった。
さっき「秘密」と言ったのは、内緒の意味じゃなくて、本のタイトルだったんだと気付いたけど、もう井戸川さんと目を合わせることすらなかった。




