第49話 萌子がかわいいなと思って【吉瀬来那side】
「何か良いことあったでしょ?」
顔を近づけられると、香水の香りがした。
「……」
「もしかして、彼氏ができたとか?」
「ち、違う!」
とっさに否定してしまった。嘘はついていないはずだ。
わたしの今の状況は"彼女ができた"と言うことができる。
「ふーん。まっ、いいけどね。何かあったらいつでも相談してね」
「うん。頼りにしてる……」
お姉ちゃんはじっとわたしを見た後、首を傾げてから、洗面所に向かった。手を洗うためだろう。
ホッと胸を撫で下ろす。
お姉ちゃんのことは、それなりに信頼しているけど、まだ萌子と付き合ったことは秘密にしておきたかった。
多分、自分自身まだ信じられないからだろう。夢を見ているような浮遊感があった。
——これが現実だと認めて、当たり前になる日はくるのかな。
わたしは握ったままになっていたバッグのキーホルダーを、ぶらんと宙に浮かせた。
こういう景品って昔、もっと粗があったよね?
それは本物みたいで、レプリカには到底見えなかった。
◇
スマホのアラームが鳴る前に目を覚まして、身支度を整える。学校までの道のりをスキップしながら歩く。
教室のドアを開けると、まだ萌子は来ていなかった。ため息をつくや否や、永山に声をかけられた。
「やっほー」
「……永山、やっほー!」
「聞いて。私の昨日の睡眠時間、3時間」
「ぶっ。前、2時間って言ってたよね? お願い。もっと寝て!」
「大丈夫大丈夫。今日は4時間以上を死守するつもりだし」
「もっと寝て! 今日は乙女ゲームするの禁止ね!」
「ちぇ。わかったよー」
永山はよく睡眠時間の短さをアピールしてくる。絶対、6時間以上は寝た方が良いのに。
そういうわたしも、昨日はあまり眠れなかったけどさ!
永山と軽く話をした後、自分の席に向かった。
……。
——今から萌子が隣の席に来る。なんか気持ちが落ち着かない!
背筋を伸ばしてしゃんと椅子に座ってみる。
スマホを見て待っているのも、隣のクラスに遊びに行って時間を潰すのも違う気がする。
……そうだ!
わたしは思い立って、カバンから化学基礎の教科書とノートを取り出した。机に広げて、いかにも勉強してますという体を装った。シャープペンを走らせる音がカリカリと響く。
「おはよう……」
しばらくすると、萌子がやってきた。わたしを物珍しそうな目で見つめている。
「おはよう!」
メガネをくいっと上にあげるような仕草をしたかったけど——残念ながらかけてない。
大人しく、いつも通りに挨拶を返す。
「……今日、宿題出てたっけ?」
「出てないよ。予習しておこうと思ってさ!」
「へぇ。そうなんだ。偉いね」
萌子に褒められた。えへへっ。
そっけない気もするけど、気にしないようにした。
朝の教室って勉強が捗るなぁ。こういう風にして彼女を待つのって良いかも。
萌子はカバンを机の脇にかけてから、椅子に座る。机の中から本を取り出して、読み始めた。カバーがかけられているので、タイトルはわからない。
彼女を盗み見ても、ちっともこっちを気にしている様子はない。むしろいつも通りと言えるだろう。
——わたし達、付き合っているんだよね?
もしかして、すべて夢だったりしないよね?
こっそり、ほっぺをつねってみる。だけど、普通に痛かった。
あはは。何しているんだろうと自嘲していたら、横から視線を感じた。萌子が、こちらをじっと見ていた。
「……何してるの?」
そりゃ、そんな反応にもなるよね。
萌子と付き合ってるって、まだ実感なくて……ついベタなことをしちゃったって言ったら、笑ってくれるかな。
気まずそうに、目線をさまよわせていると——なんと、萌子も自分のほっぺをつねり始めた。むにむにと。頭に「?」マークが付いているように納得いっていない顔をしている。
なんだかそれがおかしくて、つい吹き出してしまった。
「な、なに!?」
「いや、萌子がかわいいなと思って」
「なななななな……」
彼女は、「な」をたくさん連呼すると、そっぽを向いてしまう。よく見ると耳が真っ赤だった。
やっぱり、かわいい。こういう素直じゃないところが特に。
しりぞいたことで萌子の持っている本のカバーが少しズレた。あっ。タイトルが見えそう。
「ねぇ、何の本読んでいるの?」
「……内緒」
デジャヴだ。
前も萌子に聞いたことがあった。そのとき彼女は「秘密」と言っていた。
あの時は、遠回しに拒絶されたと思っていたけど——。
「"内緒"ってタイトルの本なんでしょ?」
「……うん。そうだよ。正解」
萌子はそう言うと、本のカバーをズラして見せてくれた。
そこには黒いフォントで「内緒」と大きく書かれていた。どんな物語なんだろう。
——萌子って、ぱっと見は掴みどころがないけれど、よく見ていると意外と単純だ。最近、そのことがわかってきた。
お互い顔を見合わせて、ふっと笑った後、萌子は本の世界に戻り、わたしは勉強へと戻った。
多くを語らずとも、そばにいるだけで心が安らぐ。
あぁ。なんかいいな。これ。
無理に話をつなげなくてもいい。盛り上げるための話題を探さなくてもいい。沈黙が心地いい関係も、悪くないと思えた。
眩しい光を見上げながら、今日は晴れて良かったとしみじみ思った。
「みんな、おはよう〜」
しばらくして、教室に花先生が入ってくる。いつもに増して、ご機嫌な気がする。
多分、フタコンで優勝したからかも!?
ライバルだった相手が同じ空間にいることが面白かった。萌子も同じことを思っているかな。




