第38話 恋人同士になれれば、ずっと一緒にいられる?<井戸川萌子side>
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<井戸川萌子side>
家に帰った後、キラライブのフタコンのランキングページを見たら、るんさんと"お姉ちゃん"ペアが1位だった。
私とライライちゃんのペアは4位……。
まだ、途中経過だから、焦る必要はない。
それなのに、自分の気持ちとしては、もうすでに満たされていることに気づいた。
今日は、ライブ配信中に吉瀬さんと手をつないだ。そして、リスナーには見えていないけど、キスをした。
それに配信を終了した後にも……。
私の憧れだったライライちゃんとキスをする関係になっている。
手には届かない存在だと思っていた彼女が今や私の隣にいて、一緒にライバーをやっている。
フタコンに集中しなければいけないのに、気づいたら、ライバーそっちのけで彼女に夢中になってしまいそうな私がいた。
だけど、吉瀬さんが言うには、彼女の好きな人は自分に興味がない人だ。
人気者の彼女のことだ。心の奥の方では、"人から嫌われることなんてあり得ない"と思っているだろう。
そんな中で、吉瀬さんに対して冷たくする人がいたら、きっと気になるに違いない。
なんで私のこと好きにならないんだろう? 何かしてしまったのかな? って、きっと不安になる。
そのモヤモヤした気持ちが、相手への興味に変わり、一緒にいる時間が長いほど好意を錯覚するだろう。
私はこうしてグイグイ吉瀬さんにいきそうな気持ちを、今日も抑えている。
だけど、今日、彼女にキスをされたとき、されるがままじゃ嫌だったから、自分から一度……いや二回キスをした。
吉瀬さん、驚いたかな。
——明日からどんな顔をして会えば良いのかわからない。
私はきっと、等身大の自分を彼女に好きになってもらえる自信がないから、こうやってずるい対応をしてしまうんだろうな。
わざと冷たくしたり、興味がないふりをしたり……自分で自分が嫌になる。
——自分に自信を持ちたいな。
そう感じたとき、リスナーのことが頭の中に浮かんだ。
私がライブ配信を始めたとき、人が来てくれるか不安だった。
最初は上手くいかずに【他の枠行くわ】とか【〇〇ちゃんの歌い方に似ている】なんて、コメントを残されたこともあった。
悔しくて、泣いた日もあった。
でも、地道に配信を続けたおかげで、毎日のように歌を聞きに来てくれる人も現れ、少しずつファンが増えていった。
気まぐれで朝4時に配信したときでも、レバニラくんは来てくれた。
私の歌を聞いて、元気が出たと言ってくれる人がいる。
——そうだ。私だって自信が持てることがある。
なんで吉瀬さん相手には弱気になっているんだろう。
それはきっと好きだからだ。
嫌われたくないから。同じように少しでも私を良いと思ってほしいから。
これが惚れた弱みというやつだろうか。
このままフタコンが終われば、吉瀬さんと距離ができてしまうかもしれない。
次の席替えでは、きっと離れ離れになってしまうだろう。
学校では性格やキャラが真逆の私たち。
何も接点がなければ、自然と話さなくなるだろう。
受験も控えているから、私もライブ配信を、いつまでできるかわからない。吉瀬さんが見に来てくれることがなくなれば、完全に接点は0になってしまう。
脳裏に一つ浮かんだことがあった。
——恋人同士になれれば、ずっと一緒にいられる?
だけどすぐに消える。
ないない。そんなことは絶対にない。
私なんかが吉瀬さんの特別になれるはずがない。
彼女はきっと誰もが見惚れる素敵な人と結ばれるだろう。
——でも、本当にそれでいいの?
自問自答してしまう。
良くない。
良くないよ。
夜だからかな。こんなふうに心がざわついて、答えのない思考に飲まれてしまうのは。じわじわと、私の内側を侵していく。
そんなとき、スマホが震えた。画面を見てみると、鳴海からの着信だった。
「どうしたの?」
すぐに出た。
『あっ。萌子ちゃん! 今日の配信見たよー』
そういえば鳴海がリスナーとして見に来ていたんだった。
入室表示が出ていて、アイテムも投げてくれていた。
『——吉瀬さんとキスしていたね』
——終わった。
鳴海に見られてしまっていた。
『画面の前で一人、悶えていたよ』
「……」
『ねぇ。萌子ちゃんは吉瀬さんと付き合っているの?』
「付き合ってないよ」
『えっ。そうなの?』
「うん」
『そっかぁ。てっきり、特別な雰囲気が出ていたから勘違いしちゃった』
鳴海は優しいことを言ってくれる。
『でも、好きな人とキスできるのって、きっと幸せなことだよね!』
鳴海が数秒、黙った。
『……決めた!』
「どうしたの?」
『私、花先生に告白する!』
予想外の出来事。
私は驚いて声が出せなかった。
『……って言っても、ただ気持ちを伝えるだけになると思うけどね。先生と生徒だし、お付き合いまでは望んでないよ』
鳴海はふふっと優しく笑う。
『萌子ちゃんの姿を見て、心が動いたんだ。好きな人のそばにいられるのって、やっぱり素敵だなって思って……私も、少しでも前に進みたいって思えたの。だから、ありがとう』
鳴海はすごい。
私は何もしていない。
鳴海は自分の気持ちを伝えるために行動しようとしている。
それなのに私は、ウジウジ悩んで、挙げ具の果てに、冷たく振舞おうなんて卑怯なことを考えていた。
好きな人には正々堂々とした態度でぶつかった方が良い。たとえ当たって砕けることになっても……。
……うん。そうだよね。……決めた!
私も鳴海に勇気を貰うことができた。
人は変わろうと決めた瞬間から、少しずつでも変わっていけるものなのかもしれない。
「——ううん。私の方こそ、ありがとう」
『なんで萌子ちゃんがお礼言うの!』
「だって」
『……あっ! 花先生のライブ配信始まった!! ごめん。それじゃ!』
ブツっと鳴海は電話を切った。
……。
まるで嵐のようだった。鳴海はまっすぐな子だ。
好きな人に、素直になれる子ってやっぱりかわいいなぁ。
私も吉瀬さんに正直になったら、か、かわいいと思ってもらえるだろうか……。
ベッドに一人ごろんと横になって、フタコンのこと、鳴海のこと、そして吉瀬さんのことを考えていたら、いつのまにか眠ってしまっていた。




