第37話 形勢逆転【吉瀬来那side】
「……今日も、無事にやりきったって感じかなー!」
ライブ配信を切った井戸川さんに向かって、わたしは明るい声で言った。
「……」
「あれ? 井戸川さん?」
「……」
「いどっち?」
「……」
「なんで、こっち見てくれないの?」
だんまりだ。
「……さっきのキスって何?」
——かと思えば、俯きながら、ぼそっと口にする。
「やっぱり嫌だった?」
「嫌じゃないけど……。あんなリスナーに見せつけるようにするなんて……やだ」
そっぽを向いてしまう。
あのとき、彼女はわたしのキスを受け入れたように見えた。
でも、冷静になってみると、あれってちょっと強引だったかも……って不安になる。
スマホ画面を隠してしたとはいえ、ライブ配信真っ只中の出来事だ。
わたしはとんでもないことをしたのかもしれない。
「ごめんなさい……」
謝ることしかできなかった。
井戸川さんがこちらを向いた。
「謝ってほしくない」
わたしをじっと見る。
「……キスが、配信のネタにされたみたいで嫌だったの。だから、ね? 今度はちゃんと、私のためにしてよ」
カラオケの個室。アーティストの楽曲紹介CMが流れているのに、二人きりの空間には静寂が漂っていた。
——そっか。そうだったんだ。
この前、思わぬハプニングでキスしたときも、ファーストキスだからと仕切り直して、あらためてわたし達はキスをした。
もしかすると今回も、キスのやり直しをしたいってことなのかもしれない。
「うん……」
もう言葉はいらなかった。井戸川さんの両肩を触ると、小さく震えた。
彼女の瞳を見つめたまま、ゆっくりと顔を近づけていく。自然と、どちらからともなく目を閉じる。
そっと触れた唇は、ほのかに熱を帯びていた。
余韻に浸る間もなく、すぐに身を引いた。
そんなわたしを彼女は上目遣いで見つめてくる。
シャツの襟をグイッと掴むと、さらに強く唇を重ねられた。
戸惑いながらも、流されるまま彼女に身を委ねる。
息が、上がりそう。わたしは井戸川さんの服の裾をギュッと握る。
唇を離してから、そっともう一度だけ触れた。
その後、井戸川さんは何事もなかったかのように帰り支度をし始めた。
えっと……。
わたしが主導でキスをしたかと思えば、途中で形勢逆転されてしまった。
それ以上、彼女は強引に迫ることもなかった。きょとんとした顔でわたしを見つめる。
まるで、何事もなかったかのよう……。
ず、ずるい。
なんで、すぐ、そんなわたしに興味がないような顔をできるの!
「……満足した?」
少しのプライドを持って、強気で聞いてみる。
多分、悔しかったから、そんな言葉が出たんだと思う。
「うん」
動揺するかと思ったけど、井戸川さんは淡々としている。
結局、わたしだけが空回りしている気がする。
うぅぅうううううぅ。
だけど、横目に見た井戸川さんの表情があまりにも晴れやかで、そんな姿を見たら、もう何も言い返せなかった。




