第36話 百合営業じゃないっ!【吉瀬来那side】
ひょっとして、リスナーのみんなって、女の子同士の距離感にときめいているのかな?
配信は盛り上がるし、わたしも嫌じゃないしで、良いことづくめだとは思うけど……。
——井戸川さんは、困ってたりしないかな?
ふと横に目をやると、品のある微笑みを浮かべた彼女と目が合った。
「ライライちゃんの手、あったかいね!」
「そ、そう?」
調子を狂わされる。
「って、"心が冷たい"って言いたいんでしょ〜!」
「へへっ。バレた?」
井戸川さんは、いたずらっ子のように、軽く舌を出してみせる。
よく、"手が冷たい人は心が温かい"と言われることがある。
その逆を皮肉っぽく持ち出して、彼女に聞いてみたのだ。
井戸川さんは、学校で見せる顔とはまるで違っていた。
そんなギャップが、ずるかった。
「い、いどっちの手もあったかいじゃん!」
「そんなことないよ!」
「そんなことあるよ! だって、手汗かいてるよ〜」
「ううっ。ライライちゃんの意地悪!」
井戸川さんはそっと手を離すと、近くのおしぼりで手のひらを拭った。
それから、何かを促すようにわたしへと手を差し出してきた。
「ん。もっかい、手をつないでよ。……冷たいから、確かめてみて」
キュン。
「わ、わかった」
わたしは迷わず、井戸川さんの手を握る。
「って、本当だ。つめたー!」
「ライライちゃんの手がさ、あったかいからちょうどいいじゃん?」
「かもね。……じゃあ、ずっと握ってる?」
そんな甘い雰囲気のわたし達が配信に乗っていた。
【二人の世界!】
【尊い╰(*´︶`*)╯♡】
【イチャイチャきたーーーー!!!】
リスナーのみんなも、優しくて温かいコメントを打ってくれる。
つい、井戸川さんと顔を見合わせてしまっていた。
【わざわざフタコンに出なくても良かったのに】
——そしたら、空気を割くようなコメントが流れた。
【いつもみたいに、いどっちの歌を聞きたいよ】
【百合営業しないで】
【わざとらしいから】
ハトゲッチュさんが、そんな連投をする。
この人は、いどっちの配信に長くいる人だ。
プロフィールには「ずっといどっち推し」と書いている。
おそらく、ぽっと出のわたしをよく思っていないようにも感じる。
【ハトゲッチュさん、枠の雰囲気を悪くしないでよー】
レバニラくんがコメントをする。
【何カッコつけてんの? お前だって、いどっちが見たくて来たんだろ? 仲良しごっこ見せつけられて悔しいくせに】
ハトゲッチュさんのそのコメントをきっかけに、他のリスナーも様子を伺い始めたのか、コメントの数が目に見えて減っていった。
【フタコンを百合営業で優勝しようとするのは甘い】
【俺がアイテムを投げないと、君らは絶対に勝てない】
【まだ、仲良しごっこ続ける気?】
ハトゲッチュさんの辛辣なコメントは続く。
……百合営業? 仲良しごっこ?
そんなの違う!!!!!!
わたしは、井戸川さんと仲良くなれたのが本当に嬉しくて仕方ないのに。
確かに、ちょっとイチャイチャし過ぎたかなとは思ったよ。
だけど、フタコンで勝つために井戸川さんと仲良くしたわけじゃない。
井戸川さんと仲良くなりたくて、だからフタコンを始めたんだ。
——彼のおかげで、目を覚ますことができた。
「ハトゲッチュさんがそう思うのも無理はないのかもね……」
わたしはスマホのカメラを手で隠す。
「ちょっと、どうしたの? 画面に映らなくなっちゃうよ?」
井戸川さんが戸惑う。
「いどっち。嫌ならよけてね」
「えっ?」
そっと距離を詰めると、井戸川さんの瞳が揺れた。
察しの良い彼女はすぐに気づいて、戸惑いと期待の入り混じった目でわたしを見つめた。
——とても嫌そうには見えなかった。
柔らかそうな唇を引き結んでいる。頬が紅潮しているところも、うつってしまいそうだった。
「……別にいいよ。ライライちゃんなら」
その言葉が合図だった。わたしは井戸川さんの唇に触れた。
リスナーに見られてはいないとわかってはいるけど、背徳感があってドキドキした。
どれくらいの間、そうしていただろうか。静かに彼女が顔を離した。
わたしも、スマホ画面を覆っていた手を離す。
【えっ! 何しているの!】
【まさかまさか】
【キャーーーー╰(*´︶`*)╯♡】
コメントが大盛り上がり。
隣にいる井戸川さんは色っぽくみえた。
「あっ」
……わたしの色付きのリップが、ほんのりと彼女についていた。
だけど、気付いていないフリをする。
「……百合営業じゃないんだけど」
スマホ越しに落ち着いた声を響かせる。
ハトゲッチュさんが何か言い返してくるかと思ったけど、沈黙のままだった。
ふぅ。これで、良かったのかな?
一波乱はあったものの、その日も、ライブ配信は成功に終わった——ように見えた。




