第34話 鳴海との対峙<井戸川萌子side>
◇
翌朝。眠たい目をこすりながら教室に行くと、鳴海は既に席にいた。
スマホを眺めながらニヤニヤしている。
「おはよう、鳴海」
「おはよう、萌子ちゃん」
「ちょっと、こっちに来て」
鳴海に声をかけて、空き教室までつれてきた。
「実はね、噂で耳にしていたんだ。花先生がライブ配信しているって……」
私が何か言う前に、鳴海が察して、語り始める。
恥ずかしそうに下を向きながら吐露してくれる。
「最初はちょっと見るくらいだった……。どれだけ好きでも、生徒と先生じゃ、私からアプローチすることはできないし……」
自分の気持ちをゆっくりと確かめるように打ち明けてくれる。
「"お姉ちゃん"として映っている花先生は、普段の姿と違って新鮮だった。妹さんが近くにいるからなのか、素のようなものを感じるし……。そして気づいたの。リスナーとしてなら純粋に応援できるって……!」
私に向き直り、手をギュッと握りながら叫ぶように言う。
「だから……」
鳴海は続ける。私は、その先の言葉を待った。
「萌子ちゃんも、花先生を応援してくれない?」
「へっ?」
拍子抜けをしてしまった。
「フタコンで、るんちゃんと"お姉ちゃん"を優勝させたいの!! そのためには、リスナーの応援が必要なの!!」
それから鳴海はフタコンについて語った。リスナー一人ひとりのコメントとアイテムが応援ポイントになることを力説した。
知っているよ。私もライバーだもん。
「……ごめん。それはできない」
「えっ。なんで?」
「それはね……」
「私が吉瀬さんと仲良くしたから?」
「!!」
「……ねぇ、萌子ちゃん。私に何か隠していることあるでしょ?」
鳴海は見透かすような目をして、こちらを見る。
何も言っていないのに、すべてを知っているかのような威圧感さえ感じた。
吉瀬さんと私、二人だけの秘密だったけど……。もうここまで来たら、隠し通せない。
私は、これまでの出来事を素直に語ることにした。
私も花先生と同じアプリで、ライブ配信をしていること。
吉瀬さんと一緒にフタコンに参加していること。
昨日、るんさんのライブ配信を見て、リスナーに鳴海がいるのに気づいたことなど、丁寧に時系列に沿って話した。
鳴海は私が喋る間、口を押さえたり、頬を緩ませたりしていた。
しかし、必要以上に驚くことはせず、最後まで大人しく話を聞いてくれた。
「そうだったのね」
「うん……」
彼女の顔を直視することができなかった。
「ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「うん」
「萌子ちゃんは、吉瀬さんのことが好きなんだよね?」
思わず鳴海を見る。
茶化すことなく、真剣な目をしている。
その短い言葉の中に、深い意味が隠されているのがわかる。
私は吉瀬さんのことが——。
……言葉にすることができない。
でも、嘘はつきたくなくて、小さく頷いた。
肯定の意味を感じ取ったのか、鳴海はふっと肩の力を抜いて、安堵したように微笑んだ。
「そっかぁ。ふふっ。萌子ちゃんの口から聞けて嬉しい」
「……言えてないけどね」
「ふふっ。私にはわかっているよ。実はね、前からそうじゃないかと思っていたの」
「ま、前から?」
「うん。萌子ちゃん、ずっと吉瀬さんのこと目で追ってたでしょ?」
「……」
「萌子ちゃんといたら誰だって気づくよ」
鳴海はどこか楽しげに笑った。
「恋バナをしているときにも、ずっと好きな人を教えてくれなかったから、つい吉瀬さんに親しく話しかけたりしちゃった。意地悪だったよね。ごめんね」
そう言って、私に頭を下げた。
鳴海は花先生が好きでありながら、吉瀬さんにも親しくしていたことに違和感を感じていた。
そうだったんだ。おかげで、モヤモヤした気持ちが、嫉妬心だということにも気付けた。
「私が好きなのは花先生だから安心してね」
鳴海は顔を上げた後、そう言った。
一切の迷いのない目をしている。
好きな人を打ち明けるのは、想いが深いほど勇気がいる。
自分の想いを私に託してくれた鳴海が、なんだかとても眩しく見えた。
「うん」
「萌子ちゃんが吉瀬さんとフタコンに出るなら、花先生を推している以上、優先的に応援できない……。けど、絶対配信は見に行くからねっ」
「ありがとう! あっ、これ、私のアプリでのプロフィール。"いどっち"って検索しても出てくるよ」
私はポケットからスマホを取り出して、画面を鳴海に見せる。
「どれどれ。えーっと。"いどっち"」
鳴海は自分のスマホを操作する。
「……あっ! あったあった。フォローもしよっと♪」
「ありがとう!」
キラライブのアプリから【Narumiさんがフォローしました】の通知が来る。
「昨日のライブ配信のアーカイブが残ってるね!」
「!?」
ま、まずい。
「見てみようーっと♪」
ライブ配信のアーカイブは消さない限り、自動で残されるシステムになっている。
私はいつもすぐに削除しているけど、昨日だけは……指が止まったままだった。
「ダメ!」と言う前に、鳴海は再生ボタンを押していた。
『……愛してるよ!』
吉瀬さんの愛の告白が、空き教室にこだました。
鳴海は再生バーを、ちょうどいいシーンに合わせていた。
そう。この言葉を何度もリピートしたかったから、アーカイブを消すことができなかった。——昨晩も、寝る前に何度も聞いた。
まさか、鳴海にも聞かれるとは思わなかったけど。
「萌子ちゃん。これって……」
「……」
「公開プロポーズ!?」
「違う!」
顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかった。
ライバーになっていなければ、こんなふうに楽しくて、照れて、胸が高鳴る感情を知ることはなかったと思う。
——私は吉瀬さんに感謝するべきなのだろう。




