第32話 愛の言葉<井戸川萌子side>
へぇ。多種多様のいろんなイベントがあるんだなぁ。
アプリ内で使える限定アイテムがもらえる気軽なものから、24時間のライブ配信が必要な上級者向けの本格的なイベントまで、さまざまだ。
「あっ。これいいんじゃない?」
「どれ?」
吉瀬さんが自分のスマホを指差す。私は彼女に顔を寄せる。
「"二人でやってみよう!コンテスト"だって」
イベントの概要を確認すると、二人一組でライブ配信を行い、より多くのリスナーから応援ポイントを集めたチームが勝利するという内容だった。そこまで厳密な決まりはなさそうだった。
「わたしたちにぴったりじゃない?」
「……そうかも」
開催日は今日からで、締め切りはちょうど一ヶ月後に設定されていた。ベストタイミングだと思った。
「あっ。もう時間もないし、とりあえずライブ配信始めない?」
「待って待って、戦略とかは練らなくて良いの?」
そんな気軽に始めても、勝てるものなのか自信がなかった。
とりあえずライバルに、どういう人がいるのか調べたかった。
「こういうものは、やったもん勝ちだよ! ほらほら、スマホセットして」
「……」
吉瀬さんって、本当にすごい。
悩む前に、もう動いているんだもん。
私は、まず考えてから納得して動きたいタイプだ。でも結局、考えすぎて動けなくなることも少なくない。
ライブ配信をきっかけに、明るい吉瀬さんから良い影響を受けられそうな気がした。
「どもー! ライライだよっ」
「い、いどっちです……」
私たちは隣に並び、さっそくライブ配信を始めた。イベントには既に参加済みだ。
「ちゃんと映ってるかなー? レバニラくんいらっしゃい!」
常連リスナーを筆頭に、次々に入室してくる人が現れる。
【二人ともかわいい!】
【高校生?】
【フタコン参加するのー?】
続々とコメントが書き込まれる。
リスナー一人ひとりに対応していると、時間はどんどん過ぎる。なんだか歌っている余裕はなさそうだ。
課金アイテムを使ってくれるリスナーも多かった。
【ってか、二人距離あるね】
【ケンカしてる?】
【仲良くして……】
確かに、私と吉瀬さんには不自然な距離があった。
画面の端と端にいる。これじゃ、喧嘩してると思われるのも無理はない。
「そんなことないよー!」
「きゃっ」
吉瀬さんが突然私の肩を掴んで、抱き寄せた。急な展開に気持ちが落ち着かなかった。
【わーーーー!!!!】
【╰(*´︶`*)╯♡】
【キターーーーー・:*+.\(( °ω° ))/.:+】
コメントが急速に流れて、追えなくなってしまう。
ハートがモチーフのアイテムを、リスナーがたくさん使ってくれた。
「わたし達、めっちゃ仲良いからー!」
頬と頬がくっつくほどの距離だ。
画面の中の私は目が泳いでいた。
「は、離れてよっ」
いどっちとして配信しているからには、愛想良くした方が良いはずなのに……。
耐えきれずに、吉瀬さんに冷たい言葉を放ってしまう。
「ちぇー」
彼女は泣き真似をしてみせる。
【尊い╰(*´︶`*)╯♡】
【ずっと見ていたい!】
【いどっちライライちゃんコンビ推しです!!!!!!】
いつもよりもコメント数が多かった。
にぎわいの理由は、きっとイベントにあるのだろう。
吉瀬さん——ライライちゃんは、明るくてノリが良い。
柔軟性が高く、ライバーとしての適正がある。
あぁ。そんな彼女だから、私は憧れたんだ。——好きになったんだ。
【ライライちゃん、俺に愛してるって言ってー】
そうこうしているうちに、リスナーの一人がライライちゃんにファンサを求めた。
「特別だぞー! あ・い・し・て・る!」
パチンとウインクつきだ。
共鳴するかのように、画面にはキラキラとエフェクト付きのアイテムが舞った。
……他のリスナーに対して、愛しているなんて言わないでほしい。
隣にいる私を見てよ。
つい、歯ぎしりをしてしまう。
【いどっち、どうしたの?】
【顔、怖いよ(T ^ T)】
【スマイルスマイル!】
い、いけないいけない。
私は今、"いどっち"だ。
井戸川萌子としての裏の顔を見せてはいけない。
「いどっち」
「えっ?」
吉瀬さんは私の顔をじっと見つめる。
な、なになに?
「……愛してるよ!」
「!!!!」
胸がいっぱいになる。吉瀬さんがにっこり笑って、私にだけ愛の言葉を囁いてくれた。
ふにゃりと力が抜けてしまう。
【わーーーー!!!!!!】
【キターーーーー(°▽°)】
【ごちそうさまです╰(*´︶`*)╯♡】
コメントは大盛り上がり。
こ、これをフタコンが終わるまで続けるの?
私、身が持つのだろうか。
——その日のライブ配信は大成功に終わった。




