第30話 ねぇ、わたしたちキスまでした仲だよね?【吉瀬来那side】
「吉瀬さん、良い思い出に塗り替えてくれてありがとう……」
「ど、どういたしまして」
二人の間に沈黙が流れる。だけど、居心地が悪いものではなかった。
「……吉瀬さんが私の配信を見に来てくれるのは本当に嬉しい」
「うん」
「でも、アイテムを投げてもらう度に、何かお返ししなきゃって思っちゃうの」
そうだったんだ。
「わたしが使いたくて、そうしているんだから、別に気にしなくて良いのに!」
「そういうわけにはいかないの! もし今後もそうなら、いろいろと考えなくてはいけないかも」
「……」
「……それでね、代わりっていうのも変だけど、ライブ配信に一緒に出てくれないかな?」
わたしは思わず顔を上げる。
「配信の収益を二人で分ければ、ちょっとしたバイト代くらいにはなるし、今回の放送も悪くなかったと思う。だから吉瀬さんに無理にアイテムを使わせなくても済むんじゃないかな。……どうかな?」
わたしは今後も井戸川さんの配信には通うつもりでいた。
ただ見てるだけっていうのはなんだか申し訳なくて、たとえ止められても、ついアイテムを投げちゃう気がする。
実はバイトすることも検討していた。
だけど、少しでも井戸川さんと一緒にいることが目的だったら——誘いに乗ってしまった方が良い。
「やる!」
わたしはひとつ返事でOKしていた。
「わかった。……だけどね」
井戸川さんがぽつりと言う。
「このことは二人だけの秘密にしてくれる? ライブ配信をしていることは、まだ誰にも言っていないの」
「そうなんだ! 鳴海さんにも?」
「うん。鳴海にも……」
「そっか。じゃあわたし達だけの秘密だね」
「そ、そうなるのかな」
井戸川さんはモジモジしている。喉が渇いたのか一気にオレンジジュースを飲み干した。
放課後に井戸川さんと出かけるためには何か理由が必要だった。
——だけど、今度からは口実を作らなくても良い。
井戸川さんと画面越しでもなく、隣の席でもなく、一緒にライブ配信をすることができる。
なんだか、楽しそう。
わたしはまだ見ぬ未来に思いを馳せては、口元をほころばせた。
◇
次に、井戸川さんと一緒にライブ配信をするのは一週間後に決まった。
わたしはラブと出かける約束があったり、隣のクラスの子に誘われて遊びに行ったりしていた。
それでも井戸川さんが放課後に一人で配信をしているときは、時間の合間を縫って、リスナーとして遊びに行っていた。
ラブと一緒にいるときに見ていたら「何してんの?」と画面を覗かれそうになったときは焦った。
——朝、教室に入ると、井戸川さんの姿がもうあった。
いつもより早いなと思って、わたしも席に着いたら、「今日、いい?」と言われた。「うん」と返すと、彼女が優しく微笑む。
言葉は少なくとも、ライブ配信がわたし達の心をつないでくれた。
井戸川さんは隣の席なのに、あまり話しかけて来ない。それが少し寂しかったりする。
——ねぇ、わたしたちキスまでした仲だよね?
そう言ってしまいたくなる。
井戸川さんの机の上にはペンケースが置いてある。キツネのマスコットキャラクターと目が合った。
そういえば、わたしのリスナーにもキツネのアイコンの子がいた。
ふと遠い記憶が蘇る。
そっか。あのときの、あの子はきっと、いどっちだ。
どんな気持ちで、わたしの配信を見ていてくれたのかな。
あの頃のわたしは、自分のことばかりで、リスナーの想いに気づけていなかった気がする。
——ねぇ、井戸川さんは、楽しかった?
わたしは彼女の横顔をそっと盗み見る。
「おはよう」
そしたら鳴海さんから声をかけられた。
彼女は井戸川さんの席の前に立つ。
「お、おはよう!」
「……おはよう。鳴海」
「……あれ?」
鳴海さんは、わたしと井戸川さんの顔を交互に見る。
「……二人とも、何かあった?」
「ええっ!?」
鳴海さんが鋭いことを言う。
「な、な、なにが?」
「うーん。なんて言えば良いのかな……。なんか二人とも、付き合いたてのカップルみたいな空気出てない?」
彼女はあけすけなく言う。
わたしは目が泳いでしまう。
井戸川さんは何も言わなかった。肯定とも否定ともと取れないその態度に、鳴海さんは、ますます怪しげな目を向ける。
「……そっか。そっか。そっか。なら、もう大丈夫だね」
そんな独り言を言う。
井戸川さんとわたしは呆気に取られる。
鳴海さんは前に、「吉瀬さんのことが好き」というようなことを言っていた。そのときは正直、戸惑った。
でも今は、何事もなかったかのように、ふつうの友達として接してくる。もちろん、体に触れてくることはしない。
彼女のそんな態度を見ていると、冗談でわたしのことを好きと言っただけのように感じた。
恋愛感情がなくても、女の子同士には特別な親しさが生まれる瞬間がある。
だから、深く考えないことにした。




