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第3話 隣の席になる





 まさかだった。


 席替えをしたら、井戸川さんの隣になった。


 場所は一番後ろの左側から2番目の席。先生から見えにくい位置で良かったと思いつつ、少し気まずいと感じる。


 先ほど、井戸川さんに失礼なことを言った矢先の出来事だった。まさに神様のイタズラとしか思えなかった。


「井戸川さん隣だね。よろしくね!」


 彼女に向かって、元気よく声をかけた。


「……」


 何も返してくれない。無言の間が続く。空気が重たい。


「さっきはごめんね。教室で歌ってなんて言っちゃって……」


 謝るのが遅れてしまった。わたしは頭を下げる。

 井戸川さんがわたしをじっと見ているのがわかった。緊張感が走る。


 間をたっぷり取った後に、「別に」と言った。


 普通の子だったら、感じが悪いと思うかもしれない。だけど、わたしは俄然、井戸川さんに興味が湧いてきてしまった。


「ねぇ」


 顔を上げて、わたしは彼女が机の上に出していたペンケースに目を向けた。

 黄色い布製のペンケースに、キツネのマスコットキーホルダーをつけていた。もふもふしていて、目を引くデザインだ。


「このキツネかわいいね。どこで買ったの?」


 少し踏み込みすぎただろうか。でも、だって気になるんだもん。


 井戸川さんはわたしをじっと見る。


「……わからないの?」


 そんな意味深なことをぽつりと言った。


「えっと……」


 予想もしていなかった答えが返ってきただけに戸惑う。どういうことだろう。


「……ネット通販で買ったもの」


 痺れを切らしたのか井戸川さんは小さな声でそう言った。


「へ、へぇ! センスいいね」


 本心だった。動揺していることが伝わってしまっただろうか。

 井戸川さんとの会話が途切れたところで、前へ向き直る。

 周りのみんなは席替えをした後だからかテンションが高かった。


 ラブは前から2列目の席にいて、今いるわたしの位置からは遠かった。じっと見ていると、振り返って手を振られた。同じようにわたしも返す。


 ——井戸川さんと席替えで隣になったのも何かの縁かもしれない。


 仲良くできたらいいな。……難しいかな?

 ええい。わたしらしくない!


 井戸川さんをチラッと盗み見るも、頬に手を当てて窓の外を見ていた。今どんな顔をしているかはわからない。


 もしかして拒絶されている?


 いやいや、弱気になりすぎ!

 焦らずゆっくりと仲を深めればいいじゃん。


 ざわめく教室の中に紛れていると、焦る気持ちを悟られずに済んだ。

 今日は風がぬるくて、季節が一歩進んだような気がした。





「来那ー。今日みんなでカラオケ行かないって話しているけどどう?」


武田(たけだ)ごめん! 用事ある。また今度誘って」


「えー! 来那いないと盛り上がらないよ」


「ありがとー。武ちゃんスペシャルはまた今度聞くからさ」


「あれ、まだ覚えていてくれたんだ。もー。仕方ないなー。またねっ」


 放課後。武田にカラオケに誘われたものの断ってしまった。

 小腹が空いたわたしは、ハンバーガーが食べたくて、一人寄り道をしてファーストフード店に来ていた。

 わたしの用事とは、新作のアボカドバーガーを食べることだった。一口食べるとまろやかな風味が口いっぱいに広がる。少し塩気のあるパティとの相性も最高だった。


 友達といるのも好きだけど、一人で気ままに過ごす時間も、わたしにとっては欠かせない。


 アボカドバーガーは秒で食べ終えてしまい、テーブルには飲みかけのオレンジジュースと数本のポテトが残されたままだった。


 わたしはソファの背もたれにゆっくり寄りかかりながら、ワイヤレスイヤホンを使って、スマホでライブ配信アプリ『キラライブ』を見ていた。


 このアプリは、リアルタイムで映像や音声を配信できるもので、わたしはリスナーとして見る側に回っていた。


『今日は髪型おだんごにしてみたんだ〜。あっ。たかしさんいらっしゃーい!』


 画面の向こうには、メイド服のコスプレ衣装を着た女の子が映っている。にこにこ笑顔でリスナーに話しかけている。


『もしよかったら気軽にコメントしてくださいね。って、"メイドらしく挨拶したら"って、うるさいわっ!』


 人差し指をビシッと画面に向ける。ほっぺをぷくっとしながら怒っている。


 わたしが見ているライバーの名前は「るん」さん。些細なやりとりに思わずクスッと笑ってしまう。


 一人で過ごしているときに、物足りなさを感じたときは、こうやってライブ配信アプリを見てしまうことがある。ネットを通じたゆるいつながりに、わたしは癒しをもらっていた。


 ユーザー名「ライライ」のわたしは、ハートアイテムを「るん」さんに贈った。画面には大きな赤いハートマークがモーション付きで表示された。


『わっ。ライライちゃんハートありがとう〜。ラビュー』


 るんさんは指ハートを作って、ウインクをしてくれた。


 わたしは残りのポテトに手を伸ばす。


 ——懐かしいな。ふとした感情が湧き上がる。


 実は、わたしもかつて配信者として、ライブ配信アプリをしていたことがあった。

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