第3話 隣の席になる
◇
まさかだった。
席替えをしたら、井戸川さんの隣になった。
場所は一番後ろの左側から2番目の席。先生から見えにくい位置で良かったと思いつつ、少し気まずいと感じる。
先ほど、井戸川さんに失礼なことを言った矢先の出来事だった。まさに神様のイタズラとしか思えなかった。
「井戸川さん隣だね。よろしくね!」
彼女に向かって、元気よく声をかけた。
「……」
何も返してくれない。無言の間が続く。空気が重たい。
「さっきはごめんね。教室で歌ってなんて言っちゃって……」
謝るのが遅れてしまった。わたしは頭を下げる。
井戸川さんがわたしをじっと見ているのがわかった。緊張感が走る。
間をたっぷり取った後に、「別に」と言った。
普通の子だったら、感じが悪いと思うかもしれない。だけど、わたしは俄然、井戸川さんに興味が湧いてきてしまった。
「ねぇ」
顔を上げて、わたしは彼女が机の上に出していたペンケースに目を向けた。
黄色い布製のペンケースに、キツネのマスコットキーホルダーをつけていた。もふもふしていて、目を引くデザインだ。
「このキツネかわいいね。どこで買ったの?」
少し踏み込みすぎただろうか。でも、だって気になるんだもん。
井戸川さんはわたしをじっと見る。
「……わからないの?」
そんな意味深なことをぽつりと言った。
「えっと……」
予想もしていなかった答えが返ってきただけに戸惑う。どういうことだろう。
「……ネット通販で買ったもの」
痺れを切らしたのか井戸川さんは小さな声でそう言った。
「へ、へぇ! センスいいね」
本心だった。動揺していることが伝わってしまっただろうか。
井戸川さんとの会話が途切れたところで、前へ向き直る。
周りのみんなは席替えをした後だからかテンションが高かった。
ラブは前から2列目の席にいて、今いるわたしの位置からは遠かった。じっと見ていると、振り返って手を振られた。同じようにわたしも返す。
——井戸川さんと席替えで隣になったのも何かの縁かもしれない。
仲良くできたらいいな。……難しいかな?
ええい。わたしらしくない!
井戸川さんをチラッと盗み見るも、頬に手を当てて窓の外を見ていた。今どんな顔をしているかはわからない。
もしかして拒絶されている?
いやいや、弱気になりすぎ!
焦らずゆっくりと仲を深めればいいじゃん。
ざわめく教室の中に紛れていると、焦る気持ちを悟られずに済んだ。
今日は風がぬるくて、季節が一歩進んだような気がした。
◇
「来那ー。今日みんなでカラオケ行かないって話しているけどどう?」
「武田ごめん! 用事ある。また今度誘って」
「えー! 来那いないと盛り上がらないよ」
「ありがとー。武ちゃんスペシャルはまた今度聞くからさ」
「あれ、まだ覚えていてくれたんだ。もー。仕方ないなー。またねっ」
放課後。武田にカラオケに誘われたものの断ってしまった。
小腹が空いたわたしは、ハンバーガーが食べたくて、一人寄り道をしてファーストフード店に来ていた。
わたしの用事とは、新作のアボカドバーガーを食べることだった。一口食べるとまろやかな風味が口いっぱいに広がる。少し塩気のあるパティとの相性も最高だった。
友達といるのも好きだけど、一人で気ままに過ごす時間も、わたしにとっては欠かせない。
アボカドバーガーは秒で食べ終えてしまい、テーブルには飲みかけのオレンジジュースと数本のポテトが残されたままだった。
わたしはソファの背もたれにゆっくり寄りかかりながら、ワイヤレスイヤホンを使って、スマホでライブ配信アプリ『キラライブ』を見ていた。
このアプリは、リアルタイムで映像や音声を配信できるもので、わたしはリスナーとして見る側に回っていた。
『今日は髪型おだんごにしてみたんだ〜。あっ。たかしさんいらっしゃーい!』
画面の向こうには、メイド服のコスプレ衣装を着た女の子が映っている。にこにこ笑顔でリスナーに話しかけている。
『もしよかったら気軽にコメントしてくださいね。って、"メイドらしく挨拶したら"って、うるさいわっ!』
人差し指をビシッと画面に向ける。ほっぺをぷくっとしながら怒っている。
わたしが見ているライバーの名前は「るん」さん。些細なやりとりに思わずクスッと笑ってしまう。
一人で過ごしているときに、物足りなさを感じたときは、こうやってライブ配信アプリを見てしまうことがある。ネットを通じたゆるいつながりに、わたしは癒しをもらっていた。
ユーザー名「ライライ」のわたしは、ハートアイテムを「るん」さんに贈った。画面には大きな赤いハートマークがモーション付きで表示された。
『わっ。ライライちゃんハートありがとう〜。ラビュー』
るんさんは指ハートを作って、ウインクをしてくれた。
わたしは残りのポテトに手を伸ばす。
——懐かしいな。ふとした感情が湧き上がる。
実は、わたしもかつて配信者として、ライブ配信アプリをしていたことがあった。