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ライブ配信で始まった関係は、本物になれるのか  作者: 宮野ひの


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第29話 キスのやり直し【吉瀬来那side】





<吉瀬来那side>



 ——やってしまった。


 わたしは井戸川さんとキスをした。


 体のバランスを崩した形で、彼女の唇に触れてしまった。


 あの瞬間——井戸川さんの口元にソフトクリームがついているのを見つけたことが、すべての引き金になったのだ。


 普通だったら、おしぼりや指で取ってあげるのが一般的だと思う。


 ——だけど、わたしは唇で取ってしまった。

 だ、だって、お姉ちゃんからもそういうことされたことあるもん!


 わたしがケーキを食べていて、口元に生クリームが付いていたときがあった。お姉ちゃんは、「来那〜。もったいない」と言いながら、パクッとそのまま食べてくれた。


 これがわたしの中で常識となり、井戸川さんの口元についたソフトクリームを見たら、条件反射で行動に移していた。


 井戸川さんの驚くような表情を見たとき、しまった——と後悔した。


 そしたら、彼女がソファーから落ちそうになり、わたしが支える形となり——なんと本当にキスしてしまった。


 最初、何が起こったのかわからなかった。

 だけどすぐに、彼女の唇の感触に意識が奪われて、はっと我に返る。


 井戸川さんが私をグイグイ押して、少し距離を置いて座り直す。

 真っ赤になっているほっぺたと、恥じらっている様子がかわいかった。


 わたしだってキスくらいしたことがある。——だけど、こんなにドキドキしたのは初めてだった。


 スマホの画面越しでも見たことがないような彼女の顔をじっと見る。


「あんまり見ないで……」


 釘を刺されてしまった。


「ご、ごめん」


 思えば、井戸川さんとはここ最近で一気に距離が縮まった気がする。


 今朝も、教室でグミを"あーん"して食べさせた。

 井戸川さんの唇に触れた後、わたしも同じグミを食べたので、「これって間接キス!?」と内心パニックになった。


 そう思うと、今日は井戸川さんとのキスに縁がある日ということになるのかもしれない。


 ……。


「初めてだったのに……」


「えっ」


 井戸川さんが突然、顔を覆った。表情は見えないけれど、きっといい気持ちではない。


 ——とんでもないことをしてしまった。

 サーっと血の気が引く。


「ご、ごめん。本当にごめん……」


「なんでソフトクリームを取るとき、口で取ったの?」


 ごもっともな意見だ。

 ここで、お姉ちゃんからされたことがあるというのは、言い訳っぽく聞こえる。


 ——だからかな。


「えっと、井戸川さんがかわいかったから」


 なんてことを言ってしまった。


 かわいかったら、何しても許されると思っているのかよ!?

 と、セルフツッコミを入れたくなる状況だ。


 井戸川さん、怒るかな。

 ドキドキしながら、彼女の反応を待つ。


 すると井戸川さんが両手を顔から離した。


「もう一回、言って?」


「えっ!」


「今の言葉、もう一回言って……」


 今の!? えっと……。


「井戸川さんが、かわいかったから」


 同じセリフをもう一度言うと、彼女はくるりと後ろを向いた。

 どんな表情をしているのかはわからない。でも、きっと嫌な気持ちではなかったと思う。


 少ししたら、わたしの方に振り向き、こほんと一つ咳払いをした。


「……キスしたの初めてだったのに。よりによってこんな形なんて、ちょっとやだ……」


「そ、そうだよね。本当にごめん」


「だからね」


「うん」


「もう一度、仕切り直してほしいの」


「んんっ!?」


 えっと、どういうことだろう。


「……もう一度、初めてのキスのやり直しをさせてほしいの」


「わ、わたしでいいの?」


 目を丸くする。


「か、勘違いしないでよね!」


 井戸川さんは、わたしの前に人差し指を突き出してきた。


「これは事故のやり直しをしたいだけ! 別に吉瀬さんのことなんか、好きじゃないんだからね!」


 えーーー! なにそれ。

 その、使い古されたツンデレみたいな言い方はなに?


 ……だけど、素直じゃない女の子って、なんかかわいいかも。


 うん。初めてのキスが、こんなんじゃ、黒歴史になっちゃうもんね。……ええい。


「いいよ」


 覚悟を決める。


「……その、どうすれば良いの?」


「私が目を閉じてあげるから、そっちからキスしてきてよ」


 井戸川さんは、そう言い終えると、静かに目を閉じた。


 えっと。

 わたしが動けずにいると、彼女はそっと目を開けた。


「……やっぱり嫌だった?」


 井戸川さんは、冷静になってみて、すごいことを言っていることに気づいたのだろう。

 真っ青な顔をして、わたしを見つめてくる。


 最後の最後で、わたしの気持ちに寄り添ってくれるなんて、やっぱり井戸川さんは優しい人なのかもしれない。


 戸惑いはしたけど、嫌か、嫌じゃないかという二択だったら、わたしは別に嫌じゃなかった。


 もしかすると、あのとき井戸川さんにグミを"あーん"した瞬間から、こうなる未来は始まっていたのかもしれない。


「嫌じゃないよ」


 彼女は唇を引き結ぶ。


「ねっ。目を閉じてよ」


 初めてのキスが思い出になるように、心に残る空気をまとわせたい。


「萌子、好きだよ」


 調子に乗って、井戸川さんの下の名前を呼んでいた。

 潤んだ瞳の彼女は、目を閉じるでもなく、わたしをじっと見ていた。


 彼女のソファーに置いた手を優しく握り、顔を近づける。

 鼻と鼻が軽く触れそうなとき、井戸川さんはギュッと目を閉じた。

 その合図の後——わたしからキスをした。


 隣の部屋から微かな歌声が聞こえてくる。

周囲のざわめきがかすんでいくほど、彼女だけに心を奪われていた。


 今日、二人でライブ配信をしたから? 大成功に終わったから?


 妙な高揚感が、わたしを突き動かしたと言うこともできるかもしれない。


 だけど、自分の意思で井戸川さんにキスをした。それだけは確かだった。


 永遠にも感じられるほど、唇を重ねていた気がする。

 つながっていた温もりが消えたあと、視線だけが宙に迷った。

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