第28話 デュエット<井戸川萌子side>
ライライちゃんに憧れて、ライブ配信を始めた私だからこそ——もう悔いはないようにも思われた。
【二人のデュエットが見てみたいな╰(*´︶`*)╯♡】
リスナーが、そんなコメントをした。
「「デュエット……」」
二人の声が重なる。私は咳払いをする。
「デュエットなんてしたことないよ」
「そうなの?」
「うん。いつも一人だったから……」
「じゃあなおさら、してみようよ♪」
「えっ」
「さっき歌った『ピーチ』だけど、わたしも歌える! だから曲は、これで良い?」
「ちょ」
気がつけば、どんどん話が進んでいた。
わ、私のライブ配信の枠なのに!
主導権はライライちゃんが握っていた。
彼女は慣れた手つきで、『ピーチ』の音源を流そうとする。
【わー! 楽しみっ】
【今日、配信来れて良かったぁ】
【╰(*´︶`*)╯♡╰(*´︶`*)╯♡】
リスナーのみんなが期待している。
……ええい! しかたない。
歌い始めたのは、私からだった。
吉瀬さんは、やるじゃんというような誇らしげな顔をする。
そこからは二人で『ピーチ』を歌った。元々、デュエットソングではなかったから、歌い方のパートはグダグダだった。——だけど、楽しかった。
友達と歌うってこんなに気持ちが良いんだ。
【♡*¨*•.¸¸⋆*♡nice ♡*¨*•.¸¸⋆*♡】
【癒されるー!!!!!】
【二人とも推し╰(*´︶`*)╯♡】
歌っている最中も、リスナーのみんなはコメントを絶やさない。
時折、ライライちゃんと目が合い、ドキッとして、歌う声にも力が入った。まるで夢のような空間だった。
こんな時間がずっと続けば良いなと思った——。
◇
「ライブ配信、大成功だったね!」
「……それ、吉瀬さんが言う?」
ライブ配信が終わった後、二人並んで個室のソファに座る。
疲れてはいたけれど、充実感に包まれて、夢見心地だった。
「喉かわいた……」
「あっ。わたし飲み物持ってくるよ。烏龍茶で良い?」
吉瀬さんが爽やかな笑みを掲げて言う。
「ありがとう。……ライライちゃんと同じオレンジジュースが良いな」
「り、了解!」
吉瀬さんは、空になった二つのコップを持ち、個室からいそいそと出ていく。
甘い飲み物は得意じゃないけれど、彼女とお揃いにしたくて選んだ。
「おまたせー」
戻ってきた吉瀬さんが手に持っていたものはオレンジジュースと……。
「ありがとう。何それ?」
「見ての通り、ソフトクリームだよ!」
「……それも無料なの?」
「うん! ドリンクバーに含まれてるよ。もしかして、知らなかったの?」
——知らなかった。
カラオケでソフトクリームが食べれることなんて……。
だけど、そのまま素直に言うのは恥ずかしい気がした。
「ねっ。一緒に食べたいと思って、スプーン二つ持ってきたの!」
私の気持ちを知ってか知らずか吉瀬さんはスルーする。ノリ良さげに、そんなことを言った。
一瞬、ためらってしまう。
「あっ。井戸川さんってたしか甘いもの苦手だったよね。アイスも食べられなかったりする?」
吉瀬さんは眉をひそめた。その姿は、さながら子犬のように庇護欲をかき立てる。
気を遣ってくれて嬉しかった。
「……スプーン貸して。食べたい」
「うん!」
パァッと笑顔を見せてくれる。
それからは二人して、一つのソフトクリームを食べた。
「おいしいね」
「う、うん」
真っ直ぐに彼女を見ることができない。
というか、距離が近い……。
「今日はごめんね。突然、配信に乱入したりして」
吉瀬さんがぽつりとそんなことを言った。
「気にしないで。配信も盛り上がったし。結果的に良い方向に進んだと思ってるの」
私はスマホの画面を見せる。
「ほら。アイテムもこんなに貰ったの。ライバーとしてのランクも上がっ……」
「わーーーー! すごい」
吉瀬さんは目を輝かせる。その無邪気さに、つい笑ってしまう。
「ライライちゃんをフォローする人も多かったんじゃないかな?」
「そうかなぁ。プロフィール見てみよーっと。……本当だ! フォロワーが30人増えてる!!!」
両手で頬を覆い、わずかに震えるようなしぐさに、思わず胸がくすぐられる。
かわいらしさが、にじみ出ていた。
「……ねぇ。前にも聞いたんだけど、井戸川さんがライブ配信を始めたのって、わたしの影響なんだよね」
「うん」
「今日のわたし、久しぶりにライブ配信したけど……どうだった? 上手くできてた?」
彼女らしくない、不安げな顔をした。
「輝いてたよ。とっても素敵だった」
「良かったぁ。もし失敗して井戸川さんに失望されたら、どうしようって思ってたの」
——そんなこと、するわけないのに。
吉瀬さんは、腕をぐいっと伸ばし、足を大きく開いていた。
目のやり場に困る。
「その格好は、失望するけど……」
「ええっ!? あっ!? 見ないで」
吉瀬さんは、すかさず足を閉じる。恥ずかしそうに下を向く。
「そういえば見て。今日の配信で、このくらいの報酬が貰えたことになるの」
そう言って、スマホ画面を吉瀬さんに見せた。
リスナーから贈られたアイテムはハートに換算されて、収益として受け取ることができる。
キラライブは配信を通じて収入を得られる仕組みがある。
「ええー! すごい」
「これも吉瀬さんのおかげだよ!」
私はごくりと唾を呑む。
「……私だけの力じゃ、ここまで応援してもらうことなんてできなかったと思うの。ねぇ、もしよければ、あらためてお礼をさせてくれないかな?」
「別にいらないっ」
吉瀬さんは屈託のない顔をして笑う。
どうして?
これまではスタバやカラオケに一緒に行ってくれたのに。
「そのお金は鳴海さんと、どこかに行くときに取っときなよ!」
そんなことを言って、私を引き離す。
鳴海。
——そういえば彼女は、最近吉瀬さんと距離を縮めているように思う。
二人が仲良さそうにしているのを見ると、胸のあたりが苦しくなる。
鳴海は友達で、大事な存在だけど、私がお礼をしたい——一緒にいたいと感じるのは吉瀬さんだ。
「井戸川さん?」
私が黙っていると、吉瀬さんが顔を覗き込んできた。
息づかいが伝わるほどに、近かった。
「あっ。口にソフトクリームついてるよ!」
彼女は私の口元を指差す。
「えっ。どこどこ?」
焦って、ティッシュで拭おうとした。
そしたら、吉瀬さんは「ここだよ」と言った後、——なんと私の唇のすぐそばにそっとキスを落とした。
えっ、と思ったそのとき、口元についたソフトクリームを食べて取ってくれていることに気づいた。
まるでキスされているような錯覚に、心拍数が上がる。
「な、な、何してるの」
「えっ。あ? ごめん」
動揺して、彼女のお腹あたりを押そうとする。
しかし、バランスを崩して椅子から落ちそうになった。
「きゃっ」
「危ない!!!!」
二人して重なるようにソファーになだれ込む。
——目を開けたら、私は吉瀬さんとキスをしていた。ほっぺにじゃなくて唇と唇。
これは事故だ。
思わず吉瀬さんを押し返して、後ずさる。
何が起こったかすぐにはわからなかった。それでも、頬に浮かんだ紅が答えだった。
いけないと思いながらも、吉瀬さんの唇の感触が頭から離れなかった。




