第26話 グミとピーチ<井戸川萌子side>
「えっと」
吉瀬さんと諏訪部さんは仲が良い。「うん」と言わざるを得ない雰囲気を感じた。
というか、私がお邪魔虫な気がした。
「あっ……と。ごめん。今日は井戸川さんと二人で行きたいんだ!」
吉瀬さんが言う。
「そっか。残念」
諏訪部さんはあっさり引き下がる。
「今度行こうねー!」
「うん。あとさ、これ差し入れ。新商品で食べたら美味しかった。良かったら二人で食べて」
諏訪部さんは左手に持っていたグミの袋をそのまま差し出す。
「わぁ。嬉しい! ラブありがとう!」
「あ、ありがとうございます」
私も吉瀬さんにならってお礼を言う。
「なんで敬語なの」
諏訪部さんはクスッと笑う。
「"パーフェクト桃味"って書いてあるけど、普通の桃味だった。だけどすごく美味しいから」
「そ、そっか」
諏訪部さんは私達にくるりと背中を向ける。
「あれ? ラブどこ行くの。一緒に食べようよ〜」
「ちょっと用事。またね」
諏訪部さんは左手を挙げて、そのまま颯爽と去っていった。
その落ち着いた振る舞いが、スマートでかっこよかった。
「ラブも一緒にカラオケ行きたそうだったね〜」
吉瀬さんがグミの袋を開けながら、そんなことを言う。
「あの。断っても良かったのかな?」
「だって最初に約束したの、井戸川さんとわたしだもん! だから、いーの!」
吉瀬さんは無邪気に笑う。
「それに、ラブとはいつでも行けるよっ」
彼女はグミを手に取り、一つ口の中に入れた。
「すっぱ! あま! ……あっ。美味しいかも」
吉瀬さんはくるくると表情が変わる。見ていて飽きなかった。
「……井戸川さん、口開けて?」
「うん」
言われたままに口を開けると、吉瀬さんがグミを差し出してきた。
ごく自然に、あーんをする感じで。
突然の行動に戸惑ったものの、人って意外とすぐに適応できるものだ。
私は唇でグミを受け取った。吉瀬さんの人差し指と親指に軽く触れてしまう。
あっ。美味しい……。
吉瀬さんが二つ目のグミを食べた。
そのとき、これって間接キスなんじゃないかということに気付く。
——だけど、そんなことを思っているのは、私だけなんだろうな。
パーフェクト桃味と書いてあるグミは私には眩しい味がした。
学校でお菓子なんて食べたことがない。私が普通の女子高生みたいなことをしている。
吉瀬さんと食べているから、とても美味しかった。なんだか生涯忘れられない味になりそうな気がした。
◇
「はい、配信始めたよー。あっ。レバニラくんいらっしゃい!」
私は今、駅前のカラオケ店の個室にいる。
赤いソファの前に立って、スマホでライブ配信を始めていた。
いつもは家で配信をしているから、新鮮な気分だ。
制服で配信する上で、リボンなどの個人が特定されるものはあらかじめ外している。
【ここカラオケ?】
レバニラくんがコメントをしてくれる。
「うん。そうそう。よくわかったね!」
【いどっちのファンだからね!】
ふふっと、笑みが溢れる。
レバニラくんはライブ配信初期からいてくれる古参リスナーだった。
私が配信を始めると、いつも最初の方に来てくれる。
コメントなどもよく打ってくれて、配信を盛り上げてくれる、ありがたい存在だった。
【ライライちゃんが遊びに来たよ!】
そのコメント表示を見た瞬間、動きが止まる。
反射的に"奥の方"を見た。
そこにはライライちゃんもとい、吉瀬さんがいた。
スマホを片手に持ちながら、いたずらっ子のような目を私に向ける。
そう。私と吉瀬さんはカラオケに来ていた。
ここでライブ配信をすることを了承した。だけど、ライライちゃんもリスナーとして参加するなんて聞いていない!
……まぁ。私がライブ配信をしている間、放っておくことになるから、枠に来てもらった方が好都合なのかもしれないけど。
【どうしたの?】
レバニラさんが鋭いコメントをした。
私はどきりとする。
「な、なにもないよ! ちょっと物音がしたから、そっち向いただけ」
【そっか。ならいいんだけど】
いけないいけない。気を取り直していこう。
そうこうしているうちに、ハトゲッチュなど他の常連リスナー達も、続々と入室してくる。
「今日は何から歌おうかな〜」
【ピーチはどう?】
ライライちゃんがコメントをする。
『ピーチ』は、女性シンガーソングライターが清涼飲料水のCMのために書き下ろした曲だった。最近よくテレビで耳にすることが多い。
……まさか、今日食べたグミの味とかけていることはないよね?
いろいろ思うことはあったけど、特に断る理由もなく了承する。
「いいね〜。じゃあピーチを歌おっか」
そういえば、ピーチって、恋愛ソングで甘々な印象がある歌なんだよなぁ。歌詞にも「大好き」とか「愛してる」とか入っているし……。
まぁいいや。全力で歌い切ろう!
伴奏なしのアカペラで始まる曲だったせいか、動揺してしまい、最初の音を少し外してしまった。
目の前に吉瀬さんがいるからかな。顔が熱くなっていくのがわかる。
恋愛ソングって歌詞に共感することは滅多にないけど、ピーチは心にグッとくるものがあった。……なんでだろう?
私が歌っているとき、リスナーのみんなはアイテムを使って配信を盛り上げてくれた。
もちろん、ライライちゃんもだ。
だけど、高額アイテムは使っていない。その事実にもホッとした。
「……はぁはぁ。ありがとう〜」
歌い終わった私はリスナーに向けて挨拶をする。
——パチパチパチパチ。
拍手の音がする。
それはコメントとしてではなく、カラオケの個室内に響いていた。
吉瀬さんが私に向かって、拍手をしていた。
「えっ。ちょっ」
【なんか変な音しない?】
【確かにψ(`∇´)ψ】
【まさかの心霊現象!?】
リスナーがざわついている。無理もない。
"いどっち"しかいないと思っていたブースで、奥から拍手の音が聞こえてくるんだから。




