第23話 好きだよ【吉瀬来那side】
「……でもリスナーになってみたら、いろんな配信を見るのが案外楽しくてさ。もしかしたら、配信する側よりも向いているのかもって思った〜」
空気を変えるように明るく振る舞う。
「それって、私以外の配信も見ているってことだよね?」
井戸川さんは意外なところに食いついてきた。
……目が怖い。
「うん。るんさんとかの配信を見ているよ」
頭に浮かんだライバーの名前を口にする。
「それ、どんな人!?!?」
井戸川さんがソファから身を乗り出して聞いてくる。
「え、えーっと。この前は、メイド服のコスプレをして配信してた……かな」
「……ライライちゃんって、そういう子が好きなの!?」
井戸川さんは眉間に皺を寄せて、じっとこちらを見てくる。
「き、嫌いではないかな? だって、かわいいし!」
なんて言っていいかわからず、戸惑いながらも、そんな返事をしてしまった。
「ふーん」
井戸川さんは不機嫌そうにそっぽを向く。
つ、つれないなぁ。
「ねぇ。なんで井戸川さんは配信を続けているの?」
わたしの影響でライブ配信を始めたと言っていたけど、こうして続けているのなら、きっとそれだけじゃない理由がある気がした。
「——歌を歌うのが好きだから」
彼女は静かにまばたきをしてから、そう口にした。
「井戸川さん歌、上手いもんね!」
「ふんっ」
「偶然、配信を見たとき魅了されちゃったよ〜。女神かと思ったもん!」
「そ、そんなに褒めないでよ」
耳まで真っ赤になっている。
かわいい!
「この前、井戸川さんが空き教室でわたしに歌ってくれたときも感動したよ〜。あの時はありがとう」
「お礼を言われるほどじゃ……」
「……いどっちの歌、もっと聞きたいと思ったもん!」
「〜〜〜!!!」
「市瀬と渡辺にも聞かせたらさ。絶対、井戸川さんのこと好きになっちゃうよ!」
彼女の反応がかわいくて、もっと照れた顔が見たくなって、つい口にしたことだった。
しかし、先ほどまでの恥じらいはどこか、井戸川さんはすんとした顔になった。
「——そういう吉瀬さんは嫌い」
ええええ。
わたしはまた、彼女に嫌いと言われてしまった。
「そんなぁ……」
「……じゃあ、その流れでいくと、吉瀬さんも私の歌を聞いて、その……好きになってくれたってこと?」
「?? うん。そうだけど」
そう言うと、井戸川さんは恥ずかしそうに下を向いて、頬を赤らめる。
——少しの遊び心が芽生えた。
「好きだよ」
井戸川さんの目を見て、まっすぐ言葉を届ける。
口をぽかんと開けたかと思うと、すぐに下唇を噛む。
彼女は、わたしの視線から逃れるように、急いでコーヒーに口をつけた。
つれないなぁ。
わたしも観念してストロベリーフラペチーノを飲んだ。
——甘い雰囲気なのに、あと一歩惜しいというところにいる。
今日、井戸川さんとスタバに来れた。それってつまり、リスナーのみんなには内緒で、彼女を独り占めできてるってことになるのかもしれない。
画面越しではなく、こうして直接"いどっち"と向き合って話せている。今この瞬間は、わたしにだけ向けられた言葉と表情だ。
にやける口元を抑えながら、残りのストロベリーフラペチーノをご機嫌に堪能した。
◇
翌朝。今日はめずらしく早く起きられた。
目を覚ました瞬間、昨日、井戸川さんとスタバに行ったことを思い出す。
井戸川さんって、ツンツンしているくせに、たまにデレてくるのがずるい。
学校では口数が少ないのに、ライブ配信では明るくて、多くのリスナーから人気を集めている。
顔出しを始めてからさらにファンが増えて、思わずヤキモチを妬いた。その時初めて、自分が彼女に惹かれていることを自覚した。
学校に着いて教室の扉を開けると、まだ数人しか来ていなかった。
自分の席にカバンを置くと、「おはよう。吉瀬さん」と鳴海さんから声をかけられた。
「おはよう!」
「天気悪いね〜。雨に降られなかった?」
「大丈夫だったよ! もしかして今日、雨降るの?」
「天気予報では降水確率60%と言っていたね」
「うそっ! 折りたたみ傘すら持ってきてないよ〜。どうしよう……」
鳴海さんはクスクスと笑う。
「午後からは晴れるみたいだよ? きっと雨に降られずに帰れるよ」
「良かった〜」
ひとまず安堵をつく。
鳴海さんは空いている井戸川さんの席に椅子を引いて座った。
「ふふっ。萌子ちゃんって、いつもこんな感じで吉瀬さんと話しているんだ?」
彼女はそう言って静かに足を組む。思わず目が行くほど、その長い脚が際立って見えた。




