第21話 何でそんなこと知っているの!?【吉瀬来那side】
◇
<吉瀬来那side>
井戸川さんとは、毎朝学校で顔を合わせたら「おはよう」と挨拶する仲だ。
……だけど、それ以上の会話はしない。
確かに、わたしは井戸川さんから「嫌い」と言われた。
中には、それから「何それ?」と怒って無視する人もいるだろう。
だけど、わたしはそんなことはしたくなかった。
むしろ、冷たい井戸川さんに興味があった。何でそんなにツンツンしているのか、隣の席にいると、ひたすら彼女に興味が湧いた。
いどっちのライブ配信を毎日見ているからこそ、自然と好感を持てているのかもしれない。
ライバーとリスナーのわたしたちの関係は良好だ。コメントを打ったら優しい対応を返してくれる。
学校では見せないような笑顔を、画面越しに向けてくれるギャップが新鮮で面白かった。
そんな裏の一面を知っているからこそ、嫌いになれなくて……むしろ好きになってしまうのだろう。
それに、いどっちは顔出し配信に切り替えてから多くのファンがついた。【かわいい】【彼氏になりたい】みたいなコメントも目にする機会が増えた。
わたしは、そんなコメントを目にする度に、胸がちくりと痛んだ。
いどっちは怒ることなく、笑顔でスルーする。
嫌なら、はっきりと言ってほしい!
そんな優しい対応だと、勘違いする人も現れるんじゃないかとヤキモキした。
だけど、わたしがコメントをするときは、ほんの少しでも長く目に留めてほしかった。……わがままだよね。
みんなのいどっちだから、そんなことは叶わない。
けれど、ほんの1秒でも、わたしだけを見ているように思わせてくれる瞬間があった。
この空間は魔物だ。気づいたら、ズブズブハマってしまいそうな感覚がある。
◇
教室に入ると、井戸川さんはすでに席についていて、隣には鳴海さんが立っていた。二人で話していたみたいだった。
「おはよう!」
努めて明るく挨拶する。
「あっ、吉瀬さんおはよう! 今日暑いね」
「本当だね〜。井戸川さんもおはよう」
「おはよう……」
井戸川さんは、か細い声でそう言った。
鳴海さんは用が済んだのか、そのまま自分の席に戻った。わたし達だけが、ぽつんと取り残されていた。
「……」
「……」
き、気まずい。
ええいと、口を開いた瞬間、井戸川さんが「あの……」と話しかけてきた。
「えっ。なになに?」
動揺して、変な声が出てしまった。
「……もしよかったら、これいる?」
井戸川さんは机の中から何かを取り出した。見てみると、長方形のカードのようなものだった。
「スタバのギフト……」
「ええっ。そんなの貰えないよ!」
わたしは誕生日でもない。彼女にプレゼントを貰える理由もわからずに困惑する。
「……おととい、ライブ配信で高額アイテムを投げてくれたでしょ? 申し訳なくて……代わりにと言っちゃなんだけど貰ってほしいの」
確かに、わたしは井戸川さんのライブ配信でアイテムを使った。
でも、見返りを求めるためにしたわけではなかった……。
ってか、この前、自分で「いどっちじゃない」って言ってたのに。それじゃ認めてるも同然だよ!
なんか、かわいい!
「……そんなつもりでアイテムを使ったわけじゃないのに」
本心を口にする。
「いいの。貰ってほしいの」
井戸川さんは、断固として譲らない。
「それに……空き教室で吉瀬さんのことを嫌いって言ったの。その……ごめんなさい」
彼女は頭を下げる。
わたしは戸惑う。完全に自分の中で解決したことだったから慌ててしまう。
「別にいいよ! わたしもあの時は、ごめんね」
わたしが好きと言ったら、井戸川さんは顔が真っ赤になっていた。だからこそ、気にしてはいなかった。
目の前にはスタバのギフトがある。井戸川さんからのせっかくのプレゼントだ。
このまま断るのはかえって申し訳ない気がする。
「スタバのギフトやっぱり貰ってもいい?」
素直に受け取ることにした。
「うん」
「ありがとう。……でも、アイテムを投げたのは純粋にいどっちの配信が良かったからだよ!」
「ちょ、その名前で呼ばないで」
周りをキョロキョロ見ながら忠告する。頬もほんのりと赤い。
……かわいい!
「ねぇ。いどっちだよね?」
意地悪心が顔を出す。わたしの悪い癖だ。
井戸川さんがたじろぐ。
「へへーん。もう顔出し配信してるから、隠すなんて無駄だよ!」
少しでも明るい雰囲気にするために、茶化してみせる。
だけど彼女はそっぽを向いた。
まずかったかな。
「確かに、私が、いどっちだけど……」
井戸川さんは途切れ途切れながらも言葉を紡ぐ。どうやら観念したようだ。
「やっぱり。いどっち〜!」
「その名前! 現実で言われるとムズムズするから言わないで!」
ビシッと指をさされる。
「えー! そういうもの? わたしはライライちゃんって呼ばれても平気だよ!」
にっこり笑うと、井戸川さんはため息をついた。
「それは吉瀬さんが特殊なだけよ。普通はネットの名前をリアルで呼ばれると落ち着かないものよ」
「……」
「昔から配信している吉瀬さんにはわからないかもしれないけど……」
「えっ。何でそんなこと知っているの!?」
井戸川さんは、しまったという顔をした。




