第2話 地雷を踏んだ
「カラオケの話をしていたの」
鳴海さんが応えてくれる。
「カラオケ?」
「うん。萌子ちゃんは歌が上手いから。今度行こうって言ってたの。でも、嫌だっていってきかなくて……」
「ちょ、鳴海」
井戸川さんが止めに入る。
「……へぇ。井戸川さん、歌が上手いんだ!」
尊敬の眼差しを向ける。
「別に、それほどじゃないんだけど……」
髪の毛を触ってそっぽを向く。
「あら〜。謙遜しちゃって」
「……」
「ねぇ! 今ここで歌ってみせてよ」
井戸川さんの歌声を聞きたかったから、ついそう言ってしまった。しかし、彼女は眉を吊り上げる。迷惑そうだった。
「……だから人前で歌うの苦手なの!!!」
教室に響くほどの大きな声だった。辺りはシーンとして、近くにいるクラスメートが彼女を見る。
井戸川さんは顔を赤くした。周りをキョロキョロ見渡した後、居ても立っても居られないというように教室から出て行った。
その場に、鳴海さんとわたしだけが取り残されることになった。
やっちゃった。
「あらあら萌子ちゃったら……」
「鳴海さん。ごめん。空気読めなかったよね」
自分の向こう見ずなところが恥ずかしかった。
「……井戸川さんにも謝ってくるね」
その場を立ち去ろうとした。
「吉瀬さん、待って」
そしたら、彼女に呼び止められてしまった。
「萌子ちゃんって不器用なところがあるから、追いかけなくても大丈夫! ここに待っていたら、必ず戻ってくるわ」
教室だから、確かにそうだろう。
でも、それでいいのだろうか。わたしだったら、追いかけられたい。
しかし、鳴海さんの肝が座った目をずっと見ていたら、素直に従った方が良い気がした。
「……わ、わかった」
「吉瀬さん、話しかけてくれてありがとう」
「えっ?」
「私と萌子ちゃん、二人で話していると近寄りがたいオーラが出ているのか、なかなか交友関係が広がらないから……」
鳴海さんは、ゆっくりと胸の内をさらけ出してくれた。
確かに女子はグループで固まっていると話しかけにくい。まぁ、わたしは、それでも声をかけちゃうことがあるんだけど。
「私、吉瀬さんと一度話してみたかったの」
「えっ。本当? 嬉しい!」
「うん。明るくて目立つし。この前は、班活動してたとき、マジックを披露してたでしょ?」
テーマ別の調べ学習で、机を合わせて班活動をしていたときがあった。
男女混合で、なんとなく気まずかったので、わたしはお姉ちゃんから教わった、シャーペンを使ったマジックをした。「ねぇ、見てみて」と、深く考えずに話題をふってみた。結果的にみんな笑ってくれて、場の雰囲気がゆるやかにほぐれたことを思い出す。
「うん! してた。だけど、まさか鳴海さんに見られていたとは……」
頭に手を当てて苦笑する。
「シャーペンが一瞬で消えるんだもん。見事だったよ。盛り上げ上手な子って、素敵だよね」
さらっと褒めるものだから、照れてしまう。
「も、もうっ。鳴海さんは、人を見て褒めるの上手だなぁ。……先生になるのに向いてそう!」
「えっ。嬉しい。私、小学校の先生になりたいの」
「そうなの? ぴったりだよ! ピアノを弾くのも上手いし」
鳴海さんと思いがけず話が盛り上がってしまった。その時、教室に井戸川さんが戻ってきた。
「……」
わたし達を見て、唖然とした顔をしている。
「あっ。萌子ちゃんおかえり〜」
「……吉瀬さんと何話してたの?」
井戸川さんは不機嫌そうだ。
「えっ。何って、たわいもないことだよ〜」
「……ふーん。そっか」
「萌子ちゃん。私ね、吉瀬さんと一度話してみたかったの」
鳴海さんは先ほどわたしに向けて言ったことを、井戸川さんがいる前でもう一度言った。何故か顔はニヤニヤしていた。
そしたら、井戸川さんがわたしを鋭く見つめた。思わず身がすくんだけれど、怖くはなかった。
「吉瀬さん、また話そうね」
「う、うん」
鳴海さんはわたしに向けて、手をひらひらと振る。
井戸川さんは彼女の腕をグイグイ引いて、強引にわたしの前から立ち去ろうとした。
ただその場に立ち尽くし、二人の後ろ姿を見送った。
「なーに、してんの?」
良いタイミングでラブが教室に戻ってきた。猫目の彼女は優しく微笑む。おそらく隣のクラスの友達に会いに行っていたのだろう。
「いや、何も……」
「ふーん」
そう言って、わたしの肩を唐突に組む。
「そういえば次の時間って、席替えじゃん? 私たち近くの席になれるといいねっ」
そうだった。昨日、花先生が言っていた。6時間目のLHRに席替えをすることになっていた。
決め方については、くじ引きだから、完全に運。
正直わたしは、どこの席でも良かった。だけど、選べるなら仲が良いラブの近くが良かった。
「だね。そしたらさ、教科書忘れたとき貸してくれる?」
「えー。別のクラスの人から借りてよー!」
なんて、二人して笑い合った。こんな風に、たわいもなく喋っている時間がわたしは好きだった。