第19話 また明日【吉瀬来那side】
——それは、わたしが初めて1,000コインのアイテムを使った瞬間だった。
どんなに気に入った配信でも、一度に100コイン以上のアイテムは使ったことがなかった。
キラライブで使える課金アイテムは「1コイン=1円」で購入することができる。
毎日のログインポイントや、ミッションなどを達成しても、コインを手に入れることができる。だけど、まとまったコインを無料で手に入れる場合は、時間と労力がかかることになる。
——簡単にコインを得るためには、課金するのが1番だった。
でも、わたしはキラライブに一度も課金したことがない。この1,000コインは今までの活動でコツコツ貯めたものだった。
——アイテムを投げたら、いどっちが喜んでくれた。
他のリスナーも【ナイスです!】【キツネ来た!】というようなコメントをどんどん投げかけてくれる。
リアルでは、井戸川さんに嫌いと言われてしまったわたしだけど、ライブ配信では良心的なリスナーでいたら優しい対応を取ってもらえる。
なんだか、そのツンとデレの絶妙なさじ加減に、虜になりかけている自分がいた。
わたしが昔、ライバーだったときも、毎回来てくれたリスナーがいたけど、こんな気持ちだったのかなぁ。
もしかして、わたしの言葉で一喜一憂してくれた人とかもいたのかなぁ……。
そんな遠い過去のことに思いを馳せる。
……そういえば、昔キツネのアイコンにしていたリスナーがいた気がする。
ぼんやりとした頭の奥で、微かな記憶が揺れている。
——しかし、画面の向こうで、いどっちが指ハートをしていることに気づいて、意識が引き寄せられる。
『ハトゲッチュ、ありがとう〜』
どうやら、リスナーの一人が高額アイテムを投げたようだった。ドラゴンのアイテムで、わたしのより高かった。
「くっ、悔しい……」
知らぬ間に握り拳を作っていた。飲みかけのオレンジジュースの表面には、ぶつぶつの水滴ができていた。
いどっちのライブ配信は、昨日までは人もまばらで、ゆったりとした空間が広がっていた。
だけど、今日はリスナーが多くて、じっくりと会話することができない。
——つい、わたしは2,000コインする、キツネの目がハートのアイテムをタップしていた。
画面上には、キツネが全力で愛を伝えようとするモーションが繰り広げられる。
『わぁ。ライライちゃん。ありがとう。とっても嬉しいよ!!!!』
いどっちは、小さなハートを胸の前で作り、またしてもわたしに笑顔をくれた。
やった! ハトゲッチュさん同様に、わたしにもハートを作ってくれた。
唇を噛み締めて、嬉しさに浸る。
はっ。
わ、わたし何やってるの!?
他のリスナーと張り合って、高額アイテムをバンバン投げちゃうなんて……。
多分だけど、いどっちを他の人に取られるのが嫌で……独占欲みたいなものが働いたんだと思う。
彼女は、もう他のリスナーのコメントを拾っている。
わたしを見ていてくれる時間なんて、ほんの一握りだ。
オレンジジュースの残りを一気に飲む。フードコートは、学生や仕事終わりの社会人で混み始めている。
ピコン。
スマホの画面にLINEの通知が届く。
相手はラブからだった。
特に要件はなく、猫が気だるそうにしているスタンプのみ送られてきた。
多分。今、電車の中かな?
ラブからは手持ち無沙汰のときに、よくLINEのスタンプが送られてくる。
強制的に返す必要はなく、わたしが返したいときに返して良いという暗黙のルールがあった。
——ふと気づく。
井戸川さんに個人的に伝えたいことがあっても、今のわたしには連絡する術がない。
スマホ画面を見ると、いどっちが新たな歌を歌い始めていた。
——ああ。やっぱり上手だなぁ。
【いどっちうま!】
【高校生だよね? 綺麗な歌声、羨ましい〜】
【歌っている姿もかわいい!】
次々にコメントが投稿される。
そろそろ、わたしも家に帰らなきゃいけない。空席が埋まり始めてきた。
【また明日】
わたしは、そんなコメントを打ってしまった。
ここはLINEでもない。個人的なメッセージが打てる場ではないことはわかっているけど……。
つい、私信のようなコメントをしてしまった。
だけど、「また明日ライブ配信を見に来る」という意味とも受け取れるだろう。
歌はちょうど間奏中で、いどっちはわたしのコメントを見た——と思う。
一瞬止まって、こちらを優しく微笑みながら、
『うん。また明日』
と笑って見せた。
わたしは勢いよく席を立つ。飲んだジュースの入れ物をゴミ箱に入れる。
また明日って返してくれた。
勘違いだと思うけど、今のは吉瀬来那に向けて言っているように聞こえた。
ショッピングモールの出口へと向かいながら、自然と歩くスピードが上がる。心が弾んでいるのが、自分でもわかった。




