第18話 手に届かなくなる【吉瀬来那side】
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<吉瀬来那side>
井戸川さんが、わたしのことを嫌いと言った。そんな言葉、親にだって言われたことがない。
正直、ショックだった。だけど、彼女の真っ赤になった顔を見たら、すぐに許せてしまった。
——かわいい。
目が離せなくなってしまった。
例えば、ラブと休日に遊んだときに、オシャレな服を着ていたら、「えー。かわいい」なんて言うことはある。
花先生がホームルームの時間に、オオカミと言おうとしたときに「おおきゃみ」と噛んだときも「かわいい」と思った。
——だけど、心から「かわいい」なんて思ったのは、井戸川さんが初めてかもしれない。キュンとわたしの心を掴んで離さなかった。
空き教室の騒動の後、教室に戻ると、井戸川さんが席で本を読んでいた。
謝ったほうが良いかなと思いつつ、なんて声をかけたら良いのかわからなくなってしまった。……わたしらしくない。
そのまま無言で席に座り、今日の授業の教科書がすべてあるかをカバンを開けて調べた。
多分だけど井戸川さんも、さっきのことを気にしていると思う。だって、視線を感じるから……。
——わたしは、それさえもかわいいと思ってしまった。
井戸川さんは、わたしのことを嫌いと言ったけど、本当に嫌われているわけではない気がする。
自惚れかな? でもなんでか、そう思うんだ。
今日は、井戸川さんが、いどっちであることを知れてよかった。
本人は否定していたけど、わたしからすればバレバレだ。
……。
"いどっち"と"ライライちゃん"の関係だったら、もっと仲良くできたのかな。
彼女も配信だと、わたしに向かって嫌いということはないだろう。
今も手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。うまくいかないなぁ。
やっぱり画面越しで会える関係の方がいいのかな。
わたしはカバンを閉めて、一人頬杖をつきながら目を閉じた。
◇
「えっ?」
放課後。わたしはショッピングモールのフードコートにいた。ここはWi-Fiがつながるので、ギガの消費を気にせずにライブ配信を見ることができた。
今日もいどっちが歌枠のライブ配信をしている。
……驚いたのは、顔出し配信をしていたからだ。
にっこり笑顔でリスナーに笑いかけている。
確かに、わたしもライブ配信をしていたときは、顔出しをしていた。それも、先にお姉ちゃんがそうしていたから勇気をもらえていたところがある。
いどっちが顔出し配信に切り替えたのは、どういう心境なのだろうか。
リスナーの数がいつもの10倍ほどで、コメント欄も賑わっていた。
【いどっちかわいい〜】
【初めてお顔見れた✌︎('ω'✌︎ )】
【知的美人って感じでイイ!】
少し遅れて【ライライさんが遊びに来たよ!】の表示が出る。
いどっちの眉がぴくりと動く。
『……ライライちゃん、こんにちはっ』
わたしに、とびきりの笑顔を向ける。ドキッとする。
学校では一度も見せたことのない顔をしていた。
【いどっちって彼氏いるの?】
歌の間奏中に、そんなコメントを書いたリスナーがいた。
いどっちは、きょとんとした顔をしてから『秘密』と、人差し指を口元に当てて、軽やかに切り返してきた。
わたしは見惚れてしまった。
昨日までのいどっちと、どこか違うように見えた。何かあったのだろうか。
顔出し効果だろうか。みるみるうちに、いどっちのフォロワーは10、20、30と勢いよく伸びていった。
画面上に、課金アイテムも常に飛び交っている。
……。なんだろう、この気持ち。
いどっちを見ていると、胸の奥がモヤモヤする。
リスナーがいどっちを褒める度に、目を背けたくなる。
まるで昔から応援していたインディーズバンドが、メジャーデビューしたような気持ちだ。
人気が出て、手に届かなくなったのを寂しく思う気持ち?
……だけど、どれも違う気がした。
いどっちはリスナーのコメントを読んではリアクションを返して、歌を歌う。
時折、目が合ったように感じるけど、それはリスナー全体が思っていることだ。
わたしはアイテム一覧をスクロールする。ふと、キツネのアイテムが目に止まる。
きっと、いどっちはキツネが好きだ。サムネイルにしたり、ペンケースにキーホルダーを付けたりするくらいだもん。
一瞬迷ってから、そのアイテムをタップした。
ライブ配信の画面には、キツネがウインクするモーションが繰り広げられた。キラキラしていて特別感がある。
『あっ。ライライちゃん、キツネ使ってくれたんだね〜。ありがとう!!』
そう言って、優しい微笑みを向けてくれる。
……これは、正真正銘わたしだけに向けられた笑顔だ。ぞわりとしたものが背中をなぞっていく。




