第14話 井戸川さんに好きな人がいるのか、ふと気になった。【吉瀬来那side】
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<吉瀬来那side>
いどっちのライブ配信を見ていたら、隣の席の井戸川さんの声に似ていると気づいた。
あまり話したことはなく、挨拶する程度の仲だけど……。「おはよう」という奥行きがあるあの声は、いどっちを思わせた。
鳴海さんが井戸川さんのことを「歌が上手い」と言っていた。そんなところも、点と点がつながった気がした。
いどっちがライブ配信をしているのは、主に歌枠というものだ。
彼女の歌声は、一度聞いたら心を掴まれてしまい……何度も聞きたくなってしまう。
こんなに歌が上手いのに、顔を出していないからか、リスナーの数が少ないようにも感じた。
光を持つ原石のような存在。隠された部分があるからこそ、自然と目が離せなくなる。
あっ。井戸川さんって、キツネのキーホルダーをペンケースにつけていたよね。
……いどっちのライブ配信のサムネイルもキツネだ。
そんなことに気づいた瞬間、いどっち→井戸川さんの予想が、確信に近いものに思えてきた。
ドキドキしているからかな。
わたしはいつもよりも早く家を出た。学校に到着しても、クラスにはまだ数人しか来ていなかった。
——井戸川さんの姿はない。
拍子抜けしたような安堵感があり、自分の席にカバンを置いた。
「吉瀬さん、おはよう」
「わっ」
後ろから声をかけられ驚く。振り向くと、そこには鳴海さんがいた。
彼女とは、井戸川さんに声をかけて話をした以来だ。
「……な、鳴海さん! おはよう」
少し動揺する。
「……萌子ちゃん、学校来るの遅いね」
鳴海さんは井戸川さんの席をチラッと見る。
「もう少しで来るかな? というか、わたしが今日、来るの早いのかも〜」
「そうなんだ。そういえば、こうして朝の時間、吉瀬さんと二人で話すの初めてだね」
「ねっ! 学校に来る時間で教室にいるメンバーが違うなら、いろいろズラして来ても楽しいかもねっ」
鳴海さんが相槌を打つ。間を挟んで、再び口を開いた。
「……ねぇ。席替えで萌子ちゃんの隣になってから、いろいろ話したりした?」
井戸川さんとは、軽く挨拶を交わす程度の関係だ。たわいない話をしても、うまく噛み合わずに会話が止まってしまう。
わたしの無言を、鳴海さんが悪いように受け取ったのか。うかがうように、こちらを見る。
そういえば鳴海さんは、井戸川さんと普段はどういう会話をしているんだろう。
「……実は、井戸川さんと共通の話題がなくて、何を話そうか迷うことがあるんだ」
わたしは静かに思いをこぼした。
「ねぇ。鳴海さんはどんな話を井戸川さんとしているの?」
「そっかぁ」
鳴海さんは唇に人差し指を当てる。
「私たちは……音楽の話をしたり、昨日のテレビの話だったり……それに恋バナかな」
「恋バナ!?」
思わず食いついてしまった。井戸川さん、好きな人がいるんだ。
鳴海さんはクスッと笑う。
「うん。恋バナしているんだ」
「井戸川さんって、どんな人が好きなの?」
「ふふっ」
な、何がおかしいんだろ。
鳴海さんは不敵な笑みを見せる。
「……知りたいの?」
「う、うん!」
「恋バナと言っても、萌子ちゃんは、聞く側なの。私の好きな人の話を延々と聞いてくれているの」
「そ、そうなんだ」
なーんだ。てっきり井戸川さんが主導で恋バナをしているかと思った。
鳴海さん好きな人がいるんだ。どんな人だろう。しかし、触れてはいけないオーラを感じて、それ以上、首を突っ込むことができなかった。
なんていうか神秘的な雰囲気。わたしには真似できないから、憧れちゃうなぁ。
「……ってことは、井戸川さんって恋バナ、平気なんだ?」
「ふふっ。吉瀬さん、萌子ちゃんのことばかりだね〜」
鳴海さんは控えめに口元を緩めた。
そんなつもりはないんだけどなぁ。軽く咳払いをする。
井戸川さんに話しかけるとき、ネタに困ったら、恋バナをすれば良いんだ。
……と言っても、わたしは今のところ付き合っている人も、気になる人もいない。これじゃ、盛り上がる要素ゼロかな?
なんでかな。
井戸川さんに好きな人がいるのか、ふと気になった。
鳴海さんにも話していないってことは、わたしと同じように、今は好きな人はいないのかもしれない。でも、どんな人を「いいな」って思うのか、こっそり聞いてみたかった。




