第13話 現実の私も同じくらい好きになって欲しかった。<井戸川萌子side>
◇
<井戸川萌子side>
これで良かったのだろうか。つい、自問自答してしまう。
私は今朝、吉瀬さんに自分から挨拶を……しなかった。
それは昨日、ライライちゃんが「わたしに興味がない人が気になる」と言っていたから……。
それって愛想が良い人よりも、無い人の方が気になるってことでしょ?
だから吉瀬さんから挨拶をされても……無言のままでいた。
空気が重くなる。あっ。これ、絶対間違えているやつだと気づいた私は、本を置き、真っ直ぐに吉瀬さんを見て挨拶をした。
彼女は不思議そうな顔をしていた。その様子を見て恥ずかしくなる。
私って幼い……。
読みかけの本を手に取ったけど、内容は全然頭に入ってこなかった。
◇
学校が終わった後、私は今日も自宅でライブ配信をするつもりでいた。
部活に入っていないので音楽部の鳴海に声をかけて、一人で帰路につく。
トボトボ歩いていると、ふとある考えが浮かんだ。
吉瀬さんって最近配信によく来てくれるけど、私が井戸川萌子であることに気づいていないのかな……と。
私がライブ配信をするときは地声だ。ボイスチェンジなどは使っていない。
初めてライブ配信に来てくれたときは、嬉しい反面、すぐに正体がバレるのではないかとヒヤヒヤした。
だけど、コメントで聞かれることもなかった。
学校でも「もしかして、いどっちって名前でライブ配信をしてたりする?」なんて言われたこともない。
拍子抜けをした。同時に、悔しさが込み上げて来た。
——多分、吉瀬さんは私に興味がないんだ。
だから、似ている声であってもピンと来ない。
関心がないから、自然と聞き流してしまう。
それは、悲しいことのように思えた。
——でも、最近私のライブ配信に通ってくれているよね。
これは、少しでも私の歌が良いと思ってくれているからって自惚れても良いかな?
現金にも少し機嫌が直る。
吉瀬さんは、鳴海と話しているときに「私の歌を聞きたい」と言ってくれた。
あのときは断ったけど……本当に教室で歌ったら褒めてくれたりしたのかな。
そんなことを考えて頬が緩みそうになる。いけないいけない。
近所の木々が、まるで新しい命を宿したように輝いていた。家に帰るまでの足取りがいつもよりも軽かった。
◇
「えっと、配信ついたかな? これから、始めていきまーす! って、ハトゲッチュ。いらっしゃい! もー。通知オンにしてるな〜」
いつものように自室で配信を始める。さっそく、ハトゲッチュが顔を出してくれた。
ハトゲッチュは初期からずっと通い続けてくれるリスナーの一人だ。
顔出しもしていない私の配信を見に来てくれるのは、ありがたかった。
30分も配信をしていたら、お馴染みのリスナーの姿もちらほらと見えてきた。レバニラくん、にしやん、リリー。
ドキドキとはやる気持ちを抑える。私は無意識のうちに期待をしていた。
ちょうど最新ヒットソングを歌い終わった後に、【ライライさんが遊びに来たよ!】の表示が出る。
わーーーーー!!!!!!
今日も来てくれた。嬉しい!!!!
そんなことは言葉にできず、無難に「ライライちゃんお疲れ様ー!」と声をかける。
【こんにちはー】
無難なコメントであっても口元が緩んでしまう。
吉瀬さんは今どんな顔で配信を聞いてくれているんだろう。ふと、考えてみる。
【あれ?】
そしたらライライちゃんが意味深なコメントを打った。
【どうしたの?】
レバニラくんが反応してくれる。
【なんかね、いどっちの声って、どこかで聞いたことがあるかも】
えっ。えっ。えっ。
心臓が飛び跳ねる。
まさか、私が井戸川萌子であることがバレた?
今日の帰り道に思っていたことだ。吉瀬さんに私の存在がバレてしまう可能性があることを。
「えぇー、そうなの?」
なんて私は無難なことしか言えない。
【あっ! わかった。いどっちって、わたしの隣の席の子に声が似てるんだ\\\\٩( 'ω' )و ////】
きゃーーーーー。
私は完全に動揺していた。だけど、頑張って冷静を装う。
「へぇ。そ、そうなんだね。ど、どんな子なの?」
実は前から聞いてみたかった。
吉瀬さんは、私のことどう思っているんだろう。
【うーん。よくわからない子かな?】
そのコメントを見た瞬間、私の心は冷たくなった。指先が震える。
「……よくわからない子って?」
【掴みどころがない子だよ! 今日、挨拶したけど返してくれるの遅かった( ; ; )】
ライライちゃんのコメントが泣いていた。
【えー。意地悪な子だね!】
にしやんがコメントをする。
気づけば、私は口元にそっと手を添えていた。落ち着け落ち着け……。
【や、意地悪ではないよ!】
ライライちゃんがフォローするコメントをした。些細な気遣いにキュンとしてしまう。
「……ライライちゃんに挨拶を返さなかったのも、何か理由があったのかもよ」
さすがの私も、"あなたが興味がない子が好きというから塩対応を取ってしまったの!"とは、口が裂けても言えなかった。
【いどっちに、そう言ってもらえるとそんな気がする。ありがとう!\\\\٩( 'ω' )و ////でも、別に気にしてないから大丈夫だよ!】
気にしてない?
……。いやいや、深い意味はないはず!
「気にしてない=どうでも良いやつ」とは、吉瀬さんは言っていないし。私の考えすぎだよね。
——でも、ちょっと腹が立つのも事実だった。
おそらく吉瀬さんの中で、井戸川萌子の存在は小さい。
むしろ、"いどっち"の方が、大きな割合を占めているところがありそう。
吉瀬さんは私が歌を歌い終わった後、とびきりのリアクションをくれる。アイテムを投げてくれたり、具体的に良かったところを褒めたりしてくれる。
きっと、私の歌声が好きなんだろう。これは自信を持って言える気がした。
いどっちとしての私が好かれるのは嬉しい。
だけど、現実の"井戸川萌子"は、吉瀬さんに名前は間違われるわ、よくわからない子と言われるわで散々だ。
——悔しい。
現実の私も同じくらい好きになって欲しかった。
その日のライブ配信は、いつもよりも短めになった。
私は一人、机の前で考え事をする。頭を抱えてしまう。
遠くの方で、のんびりとしたカラスの鳴き声が耳に届いた。




