第6話「迷いの森の少女」
迷いの森へと向かう途中で出会った謎の少女。NPCであるはずなのに、名前タグが表示されていなかった。
少女は、まるでこちらに助けを求めるように、おずおずと小さな手を上げた。
「……あの……助けてくれますか?」
「大丈夫だよ、君はどうしたんだ?」
美月が優しく声をかける。少女は少し震えながら答えた。
「森の奥に行ったら、変な魔物に囲まれて……逃げてきたの」
(魔物?ただのランダムイベントか、それとも──)
俺は警戒しつつも、周囲を見渡した。敵の姿はまだ見えない。
「名前も表示されてないし……なんかおかしくね?」
蒼真も不審そうに周囲を探る。
「とりあえず、安全なところまで一緒に移動しよう。森の入口に戻ろう」
「ありがとう、お兄ちゃんたち……!」
少女は嬉しそうに微笑んだ。
しかし──その時だった。
「ギャアアアア!!」
鋭い咆哮と共に、樹々の間から複数の影が跳び出してきた。
《狂暴化フォレストウルフ》──通常の森狼よりも一回り大きく、目は赤く染まっている。
「やっぱり来たか!こいつらか!」
「私、バフ入れるね!」
「プロテクション!」
美月が詠唱を始め、青白い防御結界が俺たちを包んだ。少女の身体にも薄く光が纏われる。
「鉄壁の構え!」
俺は少女の前に立ち、大剣を大盾のように構えて身構える。
「連撃拳!」
蒼真が早速前へ飛び出し、鋭い拳撃で狼の一体を怯ませた。しかし、敵は4体──前後左右から包囲してくる。
「捌き!→ 連撃拳!」
蒼真の拳が回避しながら連続で繰り出される。まるで流水のような流れる動作。スキルキャンセルの練度が明らかに上がっていた。
「晴翔くん、右!」
美月が叫ぶ。右側から別の狼が少女を狙って飛びかかった。
「衝撃波!」
俺は大剣を地面に叩きつけ、地割れの衝撃で狼を転倒させた。
「今だ、蒼真!」
「任せろ!気功練気!」
拳に集まる青白い気流。
気を纏った拳が狼の急所を的確に叩き込み、一撃で沈める。
残る2体も連携で仕留め、短いが激しい戦闘は終わった。
「はぁ……やった……!」
「ふぅ、予想よりも強かったな」
「助けてくれて……ありがとう」
少女は少し不安そうに微笑む。
「でもさ、やっぱり変だぞこの子。名前タグがないNPCなんて今まで出たことない」
蒼真が腕を組んで考え込む。
博士の作るこのVRMMOは細かく作り込まれているが、今までどんなサブイベントでも名前タグが無いNPCは存在しなかったはずだ。
「えっと……名前、教えてもらってもいいかな?」
美月が優しく尋ねる。少女は一瞬戸惑ったが、小さな声で答えた。
「……アリア、です」
「アリア……」
その瞬間、俺の視界に一瞬だけ、薄くノイズが走った。
──《システム通知:限定サブイベント “アリアの導き” 開始》
「やっぱり何かあるイベントっぽいな……」
「でも敵意はなさそうだし、とりあえず今は安全な場所まで護衛しよう」
「うん」
こうして、俺たちは新たな"謎"を抱えたまま迷いの森の奥地を目指して進むことになった。
そして──この少女が、後の物語に大きく関わってくるとはまだ誰も知らなかった。