第5話「帰還と博士の追加依頼」
黒翼のハーピー討伐を終えた俺たちは、リーヴェルのギルドホールへ戻ってきた。討伐成功の余韻がまだ身体に残っている。
「よくやったわね!これが討伐報酬よ」
受付嬢が微笑みながら報酬アイテムと金貨袋を差し出してくる。
「【黒翼の羽飾り】……ふふ、綺麗だね」
美月が受け取った羽飾りは、まるで薄氷のように繊細な輝きを放っていた。
「さて、ギルド依頼は終わったが──」
その瞬間、背後にあの独特の芝居がかった声が響いた。
「諸君!次の実験協力の依頼だ!」
博士の分身AIがギルドホール内に出現した。相変わらず突然すぎる登場だ。
「まーた来たよ」
蒼真が肩を竦める。
「実はだな──ゲーム世界の深層AI制御が今、やや不安定でな。魔王の幹部クラスに該当する一部ボスが、独自の学習進化を始めているのだ」
博士は真剣な顔をして説明を始めた。
今回は芝居がかっていない。少しだけ緊張感が走る。
「進化……?」
「そう。通常プログラム外の自己学習だ。おそらく、長期間テスト運用してきたAI群が予想以上に自己最適化を行っている。これが本格的に崩れる前に、制御データを回収したい」
博士は新たな依頼データを転送してくる。
《迷いの森:監視結晶の回収任務》
「迷いの森……!」
美月が小さく呟く。
迷いの森は街の東側に広がる密林で、かつて幹部級モンスターが住んでいた危険地帯だ。今はサブダンジョンとして攻略者が出入りするエリアになっている。
「例の通り報酬は多めに支払おう。もちろん、現状のログアウト機能は万全だ。沙月くんの件とは違う、通常ミッションだから安心してくれ」
「まぁ、博士の依頼はいつもギャラは良いからな」
蒼真が軽口を叩きつつも、表情はどこか真剣だ。
その後、俺たちは街で翌日に備えた準備を始めた。
「晴翔くん、見て見て!これ、私に合いそうかな?」
美月が武具屋のガラスケース越しに指差すのは【詠唱補助リング】。
リングに組み込まれた魔法回路が、詠唱の揺らぎを抑えて安定させるアクセサリーらしい。
「詠唱が少しだけ短くなるんだって。ハーピー戦でも、途中で詠唱中断されそうになった時に怖かったから……」
「……いいんじゃないか?俺たちの盾役は限界あるし、美月の詠唱が早くなるなら助かる」
「ふふっ。晴翔くんにそう言ってもらえると、安心する」
軽く微笑む美月に、また蒼真が小声で「鈍感め……」と呟いていたが聞かなかったことにする。
夕方、訓練場では蒼真が黙々と新たな技を磨いていた。
「捌き→連撃拳→気功練気!……ふぅ、硬直が確かに減ってきたな。スキルキャンセル練度もLv.3に到達した!」
拳を突き出し、気合いを吐く蒼真。スキル成長のシステムが彼には本当に向いているらしい。
「蒼真くん、明日はきっともっと役立つね」
「おう!ハーピー戦の経験は無駄じゃないぜ」
訓練後、食堂に寄り、いつもの料理NPCの作る煮込みシチューを食べながら明日の作戦を練った。
「敵は幹部の配下だし、今までよりは手強そうだな」
「うん……支援は頑張る。晴翔くんの前に絶対出ないようにするから」
「俺が前に出るのは当然だ。後ろは任せた」
少し頬を染める美月。俺は普通にそう答えたが──やはり蒼真は呆れ顔だった。
「……鈍感の才能だけはすげぇな」
そして翌朝。
「よし、準備完了。行こう!」
リーヴェルの東門から旅立った俺たち。
途中の森道で、ふいに小さな影が現れた。
「──あれ?あの子、NPCじゃない……?」
美月が指差す先、迷子のように立ち尽くす少女NPCがこちらを見つめていた。
「名前タグ……なし。ちょっと特殊だな」
「助けたほうがいいんじゃないか?」
俺たちは足を止め、少女のもとへ歩き出す──。