第3話「リーヴェルの日常」
「ふむ、君たちのログインは順調のようだな!」
ログアウトして筐体から出ると、白衣をはためかせた博士が満面の笑みで迎えた。あのスチールウルフを倒してから、いったん博士の研究室に戻って報告をしている最中だった。
「いやいや博士、序盤からあんなバカみたいに強い狼出すなよ!普通なら死んでレベル5も下がってるぞ!」
蒼真が文句を言いながらも興奮気味だ。
「ふふ、だが君たちは倒したではないか。実力は申し分ない。安心して任せられるぞ!」
博士は腕を組み、大げさに頷く。その横で、美月がそっと不安そうに口を開いた。
「えっと……助手さんは本当に大丈夫なんですか?ログアウトできないって……」
「うむ。助手の如月結菜くんは現在、《魔王城地下牢》に閉じ込められておる。幸い、ゲーム内の生命維持機能は完璧だ。ただ──あのままでは外へ出られぬ」
博士の顔から少しだけ芝居が抜け、真面目な声になる。
「このまま放置して長期間ゲーム内に囚われ続ければ、肉体への負荷が心配だ。だから早めに救出して欲しいのだ」
「わかりました、博士。……それで、そのためには?」
俺が尋ねると、博士は机の上のホログラムマップを操作し、世界地図を浮かび上がらせた。
「魔王城に直接向かうルートは封鎖されておる。魔王城の結界を解除するためには、各地に存在する《封印の守護者》を討伐せねばならん」
地図上にいくつかの赤いポイントが光る。
「まずは南部の【黒翼のハーピー】だな。比較的近場だが油断は禁物だ。空中戦が厄介でな……」
「ほう、空飛ぶボスか……燃えてきたぜ」
蒼真が拳を握りしめる。上半身裸なのは相変わらずだ。
「やめて、もうちょっと服着ようよ……!」美月がやや赤面気味に言うが、蒼真はまったく意に介さない。
こうして正式な救出作戦が始まった。
その日の夕方。再び博士の研究室に戻り、フルダイブ筐体へ入る。何度目でもログイン前の緊張感は独特だ。
《フルダイブ起動──ログイン開始》
意識が吸い込まれていく──
《リーヴェル》に降り立つ。
初めて訪れたときは驚きの連続だったこの街にも、少しずつ慣れてきた気がする。
俺たちはさっそくギルドへ直行した。
「黒翼のハーピーの討伐クエスト、受注完了っと」
「よし、装備とアイテムも補充しておこう」
初めて訪れたときは驚きの連続だったこの街にも、少しずつ慣れてきた気がする。
「さて、討伐の前に準備だな」
黒翼のハーピー討伐を受注した俺たちは、一旦リーヴェルの街中へ戻った。初めて訪れたときは驚きの連続だったこの街にも、少しずつ慣れてきた気がする。
昼下がりの石畳の広場には、NPCの行商人やプレイヤーたちが賑わいを作っていた。美しく揺れる旗と噴水の音。VRだとわかっていても、この世界の空気は妙に心地良い。
「まずは装備整えようぜ!ハーピーって空中戦になるだろうし、攻撃届くようにさ!」
蒼真が拳を鳴らしながら武具屋へ向かう。裸に柔道着姿で歩いていくので、周囲のNPCが若干引いているのは気のせいじゃないと思う。
「蒼真くん、いい加減もうちょっと服着ようよ……」
美月の苦言も、彼の耳には入っていないらしい。
武具屋《鋼鉄の爪》は、無骨な店主のいる重厚な店だった。俺は大剣用の新しい強化刃を見つけ、試し振りをして手に馴染ませる。
「……よし、これにするか。重さは少し増すけど、威力も防御貫通も高いしな」
「うん、晴翔くんにはぴったりだと思うよ」
美月は隣で新しいローブを選んでいた。彼女が選んだのは青い縁取りの施された僧侶ローブ。
「これ、回復魔法の詠唱速度が少しだけ早くなるらしいの。ハーピー戦では役に立つかなって」
「いい選択だな、美月」
「えへへ……ありがとう」
顔を赤らめる美月に対し、俺は自然に返事をしたが──蒼真は小声で「鈍感め」と呟いていたのは聞こえた。
「んで俺は……よし、軽量グローブの上位版発見!素手は速さが命だ!」
蒼真が購入したのは【薄鋼の拳布】。皮と鋼鉄の補強が施された高品質な格闘用グローブだった。スキル熟練度を活かすには確かに良い選択だろう。
買い物を終えた後、俺たちは訓練場へ向かった。広い練習用コロッセオのような施設だ。ギルドが管理しており、スキル熟練度を安全に上げるのに最適らしい。
「よーし、連撃拳上げまくるぞ!」
蒼真が張り切って木人形に打ち込み始める。スキルアイコンが点滅し、【連撃拳Lv.2 → Lv.3】へ昇格する演出が表示された。
「ほら見ろ、上がった!連撃数が4連になったぞ!」
「すごいね、蒼真くん。でも本番で無茶しないでね……?」
「任せろって!俺の回避カウンター(捌き)ももうすぐLv.3だからな!」
その一方、美月は回復練習をしていた。俺が軽く木人形を叩いて受けたダメージに対して、彼女はヒール魔法を素早く詠唱する。
「ヒール!……ふふ、詠唱時間短くなってきた!」
「確かに。これなら戦闘中でも安心できそうだな」
訓練後、ギルドで情報収集をしていると──
「おぉ、やっておるな諸君!」
背後から博士の声が聞こえた。博士の分身AI(ログインしていない代わりに観測できる機能らしい)がギルドホール内に現れた。
「君たちのスキル熟練度データ、非常に貴重だ。ついでにこの調査依頼も頼みたい」
博士は新たなサブクエストを提示してきた。それは【ハーピーの巣に咲く薬草の採取】という討伐ついでにできそうな依頼だった。
「報酬は通常の倍出そう。協力感謝だ!」
「……お前、本当にこき使うよな……」
蒼真が呆れつつも笑う。だが、俺たちも研究協力という名のアルバイトには慣れてきている。
その後、広場のカフェで休憩を取る。美月は少しソワソワしていた。
「あの……晴翔くん。明日、討伐前に……ちょっと散歩でもしない?」
「え?まあ、いいけど。道具の最終チェックか?」
「う、うん……そう、チェック……!」
(それは違うと思うぞ)と蒼真が隣で小声で言ったのは聞かなかったことにする。
こうして、討伐前の準備は順調に整えられていった。リーヴェルでの日常が少しずつ俺たちの当たり前になり始めている──だが、次なる戦いはすぐそこだ。
桐生 晴翔
職業:重戦士
現在レベル:7
【ヘヴィスラッシュ Lv.2】
【鉄壁の構え Lv.1】
【衝撃波 Lv.1】
篠原 美月
職業:僧侶
現在レベル:7
【ヒール Lv.3】(訓練場で集中練習)
【プロテクション Lv.2】
【ディスペル Lv.1】
橘 蒼真
職業:求道者
現在レベル:7
【連撃拳 Lv.3】(訓練場で上昇)
【捌き(回避カウンター) Lv.2】
【気功練気 Lv.1】