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第21話「霧の渓谷・第二波──幻惑の影──」


濃密な霧が俺たちの行く手を包み込んでいた。

踏みしめる岩肌は滑りやすく、時折吹き抜ける冷たい風が細かい水滴を身体に打ち付ける。


 


「……視界、さらに悪くなってきたな」


 


俺は大剣を肩に担ぎながら辺りを警戒する。

前方五メートルも見えないほどの濃霧だ。


 


「後方も霧がどんどん追いかけてきてる感じがする……引き返すのも難しくなってきたね」


 


美月が不安そうに背後を振り返る。

ここは《霧の渓谷》、迷宮化した特殊環境ダンジョン。前進あるのみだ。


 


「集中しろよ。音が乱れてる……妙な気配も混じってやがる」


 


蒼真の声が低くなる。


 


──その時だった。


 


「……晴翔くん?」


 


背後から聞こえた、聞き慣れた少女の声。

俺は一瞬身体が硬直した。


 


「え?」


 


振り返ると──そこに立っていたのは、美月だった。

だが、もうすぐ隣にいるはずの美月もこちらに顔を向けている。


 


「まさか──!」


 


二人目の美月が、霧の中に微笑んで立っている。

その服装、髪型、声、全て本物そっくり──いや、完璧に本人と同じだ。


 


「やっぱり来たか、幻影型!」


 


蒼真が叫ぶと同時に、霧の中から複数の人影が現れた。

全員、俺たち三人にそっくりな姿をしている。

完全にコピーされた偽物たち──霧の中で形成される幻影モンスターだ。


 


《ミストドッペル》出現


属性:幻惑型モンスター


能力:対象プレイヤーの姿・スキル・声・思考傾向を模倣する幻影体


特徴:完全な攻撃力は無いが、心理撹乱・連携崩し・誤認誘導が得意


 


「これ……本物と同じ動きをしてくるの!?」


 


美月が慌てて距離を取る。


 


「こっちのスキル履歴まで真似してきてやがる……面倒くせぇ!」


 


蒼真の偽物が《瞬掌打》を寸分違わぬタイミングで繰り出してくる。

俺も、大剣を構えながら自分の偽物の動きを見る。


 


「……ヘヴィスマッシュだとタイミング被る。なら──」


 


俺はフェイント気味に踏み込んだ。

偽物も即座に同じ動きで追従してくる──そこへ、俺は意図的にキャンセルからの新スキルを発動する。


 


「ブレイクリープ!」


 


瞬時に足元を滑らせるように横移動し、偽物の死角に回り込む。

このスキルは短距離だが軸をズラす回避兼カウンター用の新スキル。

模倣AIは初めて見る動きに対応が遅れる。


 


「せいやぁッ!」


 


横から大剣の横薙ぎを叩き込むと、霧の分身が煙のように霧散した。


 


「晴翔くん、上手い!」


 


「……ふむ、模倣にも限界があるようだな」


 


蒼真も見抜いたようで、通常とは違う崩拳のタイミングをずらし、偽物を殴り飛ばす。

偽物は適応学習が間に合わず、次々と消えていく。


 


「美月!バフ頼む!」


 


「うん!ブレイブブースト!」


 


赤い光が再び俺たちの全身を包む。攻撃力上昇と集中力上昇の効果が付与されるバフだ。


 


だが──


 


霧が収まるどころか、今度は一際濃い黒い霧が中央に渦を巻き始める。

その中心に、ゆっくりと新たな人影が形成されていく。


 


現れたのは── アリア だった。


 


「あ……アリア?」


 


美月が声を上げる。しかし、迷いの森で出会ったあの幻影とは違う。

明らかに「自分の意思」を持ったように、彼女はこちらを見つめていた。


 


銀色の長い髪、白い装飾の黒ドレス。柔らかな表情。だが──目には揺らぎがある。


 


「貴方たちは、誰……? なぜ、私の名前を呼ぶの……?」


 


──まるで記憶を探しているかのように、苦しげに呟く。


 


俺たちは思わず息を飲んだ。


 


「まさか……この子が幻影じゃない!? 本物の──」


 


「敵の幹部の一人かもしれん……だが、様子が違う。完全に敵意があるわけじゃない……?」


 


蒼真も訝しむように構える。

霧の渓谷──ここがアリアという存在の覚醒の舞台になるとは、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。


 


霧はまだ晴れない。

だが、物語は確実に進み始めている。

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