第20話「霧の渓谷へ」
リーヴェルの街は、朝の柔らかな光に包まれていた。
酒場《風の炉端亭》でしっかり食事を取り、休息を終えた俺たちは、ギルド本部に立ち寄ってから出発する準備を進めていた。
◆
「霧の渓谷、か……」
ギルド本部の受注カウンターで、新たな調査依頼の概要を確認する。
依頼の正式名称は【北部霧の渓谷 調査任務】。発生から数日は様子見だったが、異常現象が収まる気配がないため、調査班が派遣され始めているらしい。
「最近は、霧が以前より濃く、夜間には叫び声のような音が頻繁に聞こえる……か。変異個体の兆候かもしれないな」
蒼真が受注書に目を通しながら言った。
「変異種……あんまり出てきてほしくないけどね……」
美月が少し顔を曇らせる。
彼女の中に、先日の深淵神殿での戦いの記憶がまだ鮮明に残っているのだろう。
「まぁ、どんな相手が来ても、今までより強くなってるさ。今回はしっかり準備もした」
俺は背中の大剣を軽く叩いて微笑む。
新たに手に入れた【漆黒の深淵兜】もしっかり装着してある。
「もちろんだ。俺も新しい連携試したくてウズウズしてるぜ」
蒼真も拳を鳴らす。
そのとき──
「ふむ、出発かね?」
ギルド本部の廊下から現れたのは、管理官のセリスだった。
いつもながら端正な容姿。銀髪の長い髪をまとめ、深い紺色の制服に身を包んでいる。柔らかな微笑を浮かべつつも、眼差しは鋭い。
「ええ、セリスさん。霧の渓谷に向かいます」
美月が挨拶する。
「今朝から周辺エリアの安全ログを確認していたが、どうやら本当にただの環境異常ではないようだ。お気をつけて」
「はい、慎重に行きます」
セリスは軽く頷くと、端末に視線を落とした。
きっと沙月の状況も逐一確認しているのだろう──そう思うと自然と気も引き締まる。
◆
街を出て北へ向かうと、徐々に景色は変わっていく。
緩やかな丘陵地帯を抜けると、遠くに霞む白い霧が帯のように渓谷を包んでいるのが見えてきた。
「……あそこが霧の渓谷か」
「思った以上に視界が悪いわね」
「視界不良の中で戦うのは厄介だな。接近戦が得意な俺にはいい練習になるけどな」
蒼真は余裕の笑みを浮かべるが、確かに慎重に進む必要がある。
深い霧に包まれた渓谷内では、地形が複雑に入り組んでおり、音も乱反射する。奇襲に向いた環境だ。
◆
渓谷に入ると、すぐに第一波が現れた。
霧の中から音もなく現れたのは──
《霧影オオカミ》
濃霧の中を滑るように動き、群れで連携する中型魔物だ。
全身が灰色の毛で覆われ、目だけが紅く光る。獰猛そうな唸り声を上げながら囲みを作ってくる。
「囲まれる前に突破するぞ!」
俺は大剣を構え、前に出る。
一体が跳びかかってくる瞬間──
「鋼壁衝撃!」
大剣を盾のように立て、迫る牙を弾き返す。
その隙を突いて蒼真が飛び込む。
「瞬掌打!」
高速の正拳突きがオオカミの顎にめり込む。そこから流れるように脚を跳ね上げる。
「飛翔崩拳!」
宙へ打ち上げたオオカミに連撃を叩き込む。
美月はその間も冷静に支援を続ける。
「スピリットガード!」
青白い光の膜が俺と蒼真を包む。霧の中でも的確にフォローしてくれる僧侶スキルだ。
このバフは一定時間、被ダメージを軽減する。
「援護するよ、晴翔くん!」
後ろから美月の声。俺は応えるように別の個体に向き直る。
「ヘヴィスマッシュ!!」
大剣を振りかぶり、側面から強打。
オオカミの身体が地面に激しく叩きつけられ、霧が一瞬晴れたように広がる。
数分の短い戦闘の末、オオカミの群れは散り散りに逃げていった。
「……はぁ。数が多いな、ここ」
蒼真が汗を拭いながら言う。
「でも順調だよ。連携もだいぶ良くなってる」
美月が微笑む。確かに以前に比べたら格段に動きは洗練されてきた。
スキルの成長も順調だ。
◆
「この先、もっと厄介なのが出るかもしれん。気を引き締めて行こう」
「了解!」
「うん!」
俺たちは再び渓谷の奥へと進んでいく。
霧の奥で、まだ見ぬ新たな脅威が静かに待ち受けているのだった──。




