【間話】その頃の助手・沙月
──暗い。ひたすらに、暗い。
沙月は、魔王城の地下牢に囚われてから、どれほどの時間が経ったのか分からなくなっていた。
照明のほとんどない石造りの牢獄。鉄格子の隙間から差し込むわずかな光が、時折壁に揺れるだけだ。
「……はぁ……」
細い溜息が漏れる。
食事は、最低限の栄養ゼリーのようなアイテムが魔物たちによって無造作に投げ込まれるだけ。会話もない。
人間は、自分一人しかいないのだ。
彼女は壁にもたれながら、手元の《システムコンソール》をいじっていた。
拘束はされていない。魔王配下の魔物たちは、どうやら彼女をただの「人質兼研究材料」として監禁しているだけのようだ。脱出も攻撃もできない場所──システム的にロックされているこの地下牢。
◆
「……博士、あんな設計でよく送り出したわね……」
虚ろな目のまま、ぼやく。
ログアウト機能を実装し忘れたフルダイブVRMMO。
初期テストプレイヤーに任された彼女は、ゲーム内に囚われてしまっていた。
「まぁ……無事、晴翔くんたちが頑張ってくれてるのは、モニターの情報で分かるけど……」
そう、沙月の手元の特殊コンソールは、このフロア専用の管理端末だ。
博士が仕込んでいた開発者用の裏メニューがわずかに残されており、全体の進行状況は一応把握できていた。
「深淵の魔公……倒したか……ふふっ。やるわね、晴翔くん」
小さく微笑む。
彼の戦い方も、蒼真の連撃も、美月の必死の支援も──全部リアルタイムでモニター越しに見てきた。
特に今回の戦闘では、美月が瀕死に追い込まれた瞬間、沙月は息を飲んだ。けれど──乗り越えた。
「もう少し……きっともう少し……」
膝を抱え込み、彼女は目を閉じる。
希望は、まだ消えていない。
だが──その瞬間、地下牢の奥で鈍い音が響いた。
「……え?」
鉄格子のさらに奥、牢の外。
影のような存在がゆらりと現れた。
黒いマントに覆われた、魔王配下の高位魔族《監視官》だった。
顔は半ば仮面で隠されており、表情は見えない。
「君は長く閉じ込められて飽きただろう。そろそろ……我らの計画に協力してもらおうか」
「……なに、を……?」
沙月の身体が強制的に硬直させられた。
低位の支配呪文──この部屋の制限下では抵抗も難しい。
「開発者の知識。君の中にある内部コード、そしてシステム情報……我らが求めているのは、それだ」
監視官が静かに手を伸ばしてくる。
指先に黒い呪印が灯った。
「……っ!」
恐怖で息が詰まる。
けれど──彼女の目の奥には、まだ小さな反抗の光が残っていた。
「晴翔くん……早く……来て……!」
沙月は必死に心の中で祈った。
◆
──こうして、沙月もまた静かに危機の只中にいた。
だが、その時はまだ──誰も気づいていなかった。




