第19話「束の間の休息」
神殿の最深部から町への帰還は、静けさに包まれていた。
道中、もう新たな魔物は現れず、俺たちは慎重ながらも順調に引き返していた。
「……本当に終わったんだな」
蒼真が呟くように言った。
「ええ……大丈夫よ、蒼真くん」
美月はやっと笑顔を取り戻していた。顔色もずいぶん良くなった。
セリスの治療は完璧だったようだ。
だが、俺は気を緩めず、進行方向を注意深く見つめる。──クセになっている。
やがて、石造りの長い通路の先に、柔らかな光が差し込んできた。
《リーヴェル》の朝の光だ。
「帰ってきたな」
◆
リーヴェルに戻ると、まずセリスが報告のためギルド本部へと戻っていった。
俺たちは中央広場へ足を運ぶ。
「それにしても……」
蒼真が周囲を見回しながらぽつりと呟く。
「久しぶりの町の賑わいって、なんか落ち着くな」
広場では商人たちが露店を広げ、鍛冶屋が鉄を打つ音が響き、子供たちが駆け回っている。
どこかゆったりとした時間が流れていた。
美月がふと、すぐ近くの花屋に目を留める。
「ねぇ晴翔くん、あそこの花綺麗だね」
「ん? ああ、確かに」
小さな白い花束。
名前も知らない花だが、なんとなく目を惹かれた。
「……今度、部屋に飾ろうかな」
そう言って微笑む美月に、俺はただ「いいんじゃないか」と答えた。
彼女の表情が穏やかに戻っていくのが、何よりの収穫だった。
「おいおい、今は休息だぞ。花よりまずは──腹だろ」
蒼真が大きく伸びをしながら言う。
「酒場行こうぜ。腹が減っては次のダンジョンも行けねぇしな」
「酒場、いいですね。食事も取らないと」
美月も笑う。
「じゃあ、行くか」
◆
酒場《風の炉端亭》は昼前だというのに活気に満ちていた。
冒険者たちが昨日の戦果を自慢し合い、笑い声が絶えない。
「ここの煮込みは絶品だぞ。お、ちょうど煮立ってきた!」
蒼真は早速大皿のシチューを頬張る。
俺も大きなパンをちぎりながら、一口食べた。
「うまいな……やっぱりここはいい」
「ほんと、落ち着くよね」
美月は暖かいハーブティを啜っている。
すっかりいつもの穏やかな笑顔に戻っていた。
だが──
ふと、静かな違和感が心を過ぎる。
周囲の冒険者たちの話題の中に、微妙に気になる単語が混じっていた。
「……最近、北の外れの《霧の渓谷》に異変が起きてるらしいぜ」
「夜になると得体の知れない叫び声が聞こえるとか……」
「また変異個体でも湧いたのか?」
◆
「……霧の渓谷?」
俺が小声で繰り返すと、美月と蒼真も顔を上げた。
「新しいエリア……なのかな?」
美月が不安そうに呟く。
「可能性はあるな。次の任務候補かもな」
蒼真も頷く。
「よし……今日は休んで、明日改めて調査に行こう」
俺は二人に提案した。
「うん。今回は、もっとしっかり準備して挑もうね」
美月のその言葉に、俺も大きく頷いた。
「だな。今度は誰も瀕死にならせない。絶対に」
「任せとけよ、次は俺がもっと活躍してやるからな!」
蒼真が拳を鳴らして笑った。
◆
こうして束の間の休息は過ぎていく。
だが、新たな脅威は確実に迫りつつあった──




