第1話「博士からの招待状」
「では、夏休み中の課題はこのプリントにまとめてあるからな。サボるなよー」
担任の長い長い話が続く中、俺──桐生 晴翔は、半ば上の空で机に突っ伏していた。すると、不意にポケットのスマホが震えた。
【メール受信】
差出人は──博士だ。
《ついにあれが完成した!》
……あれ?なんの話だ?
博士にはいろいろと無茶なゲームの要望を出してはいるが、あれと言われてもピンとこない。主語ははっきりしてほしいものだ。
「おーい晴翔、授業終わったよ!」
隣の席の篠原 美月が声をかけてきた。俺の幼馴染。穏やかで優しい性格だが、少し天然なところがある。俺はスマホをしまい、顔を上げた。
「おう。じゃ、帰るか」
帰り道、たわいもない話をしながら歩く。課題が多いだの、夏休みにどこ行くだの、そんな話だ。
途中で角を曲がると、向こうからもう一人の友人──橘 蒼真が現れた。
「おう!お前ら先に帰るなよー!」
「お前が遅いだけだろ」
そんな感じのたわいもない会話をしながら帰路につく。──この3人の関係は気楽で心地いい。
夕方、二人と別れてアパートに戻る。俺は一人暮らしだ。カップラーメンをすする傍ら、つまらないバラエティ番組をぼんやり眺めていた。
──ドン!!
突然、玄関のドアが激しい音を立てて吹き飛んだ。
「はぁ!? 何だ!?」
白衣姿の博士が芝居がかったポーズで仁王立ちしている。
「ついにあれが完成したのだよ!!」
「……いやまずドア直せよ!」
蹴飛ばされたドアを壁に立てかけながら文句を言う俺に、博士は指を立てて宣言する。
「今回の作品は私の渾身の最新作!フルダイブ型VRMMORPG、その名も──」
博士は両手を広げ、大げさに名を叫んだ。
《エターナル・オデッセイ・オンライン》
「……フルダイブ型?」
「その通り!と言っても、まだ市販化はしていない。私が開発したプロトタイプ筐体が4台あるだけだがね」
「マジかよ……」
博士は天才だ。冗談みたいな話だが、世界初のフルダイブ型筐体ごと作り上げてしまった。さすがだと思う反面、どこか嫌な予感がしてくる。
「……で、また依頼か?」
これまで何度も博士のゲームをテストしてきた。今回もいつも通りのアルバイト感覚で受けるつもりだった。だが、今回は少し違った。
「実はだな……先に助手の如月 結菜くんがテストプレイに入っているのだが──」
博士は珍しく真面目な顔で続ける。
「初期段階で、うっかりログアウト機能を仕込み忘れてしまってね。彼女が中から出られなくなってしまったのだ」
「は? ……何やってんだよ博士!!」
またかよ……。博士は本当に天才だが、毎回何かしら致命的に抜けている。
「今はログアウト機能は正常に実装済みだ。これから入る君たちはいつでも出入り可能だ。しかし結菜くんだけは……魔王を倒さないと強制ログアウトされない仕様になってしまっていてね」
「……つまり、魔王を倒して結菜さんを助ければいい、と」
「そういうことだ。もちろん、命懸けのデスゲームではない。死亡しても最後に立ち寄った街で復活できる。ただしレベルは5下がるがな」
「……はぁ。で、いくらくれるんだ?」
「いつもより報酬ははずむ。特別手当も支払おう」
俺は少し考えたあと言った。
「あと2台筐体があるんだろ? 友達を誘ってもいいか?」
「もちろんだとも!その友達にもアルバイト代は出すよ」
博士はニッと笑った。
──こうして、俺たちの新しい冒険が始まることになった。