口止め料
俺はハウスクリーニングを営んでいる会社の社長。
うちの会社が引き受ける業務は、アパートの汚部屋やゴミ屋敷になった一軒家までで、人の遺体が見つかった部屋や家などの特殊清掃の依頼はお断りしている。
特殊清掃は精神に負担が掛かるうえ、リフォームや遺品整理も引き受けなければならない事もある為に割に合わない、だからやらないのだ。
梅雨入りしてジメジメと鬱陶しい日々が続く6月のある日、俺はある町の住宅街にある一軒家に来ていた。
依頼者の男性の説明によれば、此の家は元々男性の両親が建てた家で、男性の両親が亡くなった後は男性の弟が一人暮らししていたらしい。
それなのに、去年の夏頃から弟の姿が見えないのだがもしかしたらと近所の方から連絡があり、依頼者が警察官立ち会いのもと家の中に入ったらもぬけの殻だったという。
もぬけの殻だったのは良いが家の中はゴミ屋敷となっていて、去年の夏頃から閉め切られていた所為もあって凄まじい程の湿気てジメジメしており、うず高く積まれたゴミ袋だけで無く壁、床、天井の全てが黴で覆われていた為に、うちの会社にハウスクリーニングをして欲しいと依頼してきた訳だ。
依頼者の案内で家の中を見て回る。
依頼者が言っていたように家の中全体が黴で覆われていた。
まぁ黴で覆われているくらいなら許容範囲、うちに依頼される家の中には、壁一面に蝿やゴキブリがたかりゴミ袋の間をネズミが駆け回っている物件も少なくないからだ。
ゴミ袋をかき分けながら1部屋1部屋見て回る。
最後に黴の出どころらしい風呂場に行く。
依頼者によれば風呂釜の中に服や布団が押し込まれ積み上がり、びっしりと黴で覆われているとの事。
脱衣場に入ったとき俺と依頼者しかいない筈の家なのに風呂場の扉が内側から開けられて、黴に覆われた人の形をしているが到底人間には見えない何かが這いずり出て来た。
俺と依頼者は悲鳴を上げながらこけつまろびつ家から飛び出る。
そのあと警察が呼ばれたようだが、俺は人がいるならクリーニングできないと依頼者に断りその場を離れた。
だからその後どうなったのか分からないし、アレが何だったのかも分からない、あの家に住んでいた依頼者の弟だったのか? それとも勝手に住み着いていた他人だったのか? 何度思い返しても、あんな黴に覆われた物が生きた人間とは思えないって事だ。
ただ……あのあと、依頼者がうちの会社を訪れ迷惑料だと金が入った封筒を置いて行ったのだが、封筒に入っていた金は迷惑料とは思えない程の額で、口止め料を兼ねているのだなと思っている。