第8話 ミランダの胸中
寮の自室。
月の光がほんのりと差し込む中、ミランダ・フェリシティは深く沈み込んだソファに座っていた。
静かな夜。
なのに、彼女の胸の内は嵐のようだった。
「なんで……なんで、私は天に愛されているはずなのに……!」
ぽつりと漏れた言葉は、まるで空気を震わせるように部屋に響いた。
悔しさで、胸が苦しくなる。こんなはずじゃなかった。
学園パーティー――あの日、すべてを終わらせるはずだった。
アルティアを地に堕とし、自分こそがレオナード王子の隣にふさわしいと、みんなに知らしめる予定だったのに。
――それが、どうして……?
「崩れた……私の完璧な計画が……!」
小さな拳をぎゅっと握る。
爪が食い込んでも、痛みなんて感じない。
ただ、全身が煮えたぎるように熱い。
なんで。なんで私が……。
私は、選ばれた存在のはずだった。
――平民として、ごく普通に育った少女。
家は小さな商店を営むだけの一般家庭。
母は質素なドレスを縫い直して着せてくれた。
誕生日は、隣の村の子たちと一緒に小さなケーキを囲んだ。
それが、十五歳になるまでの私だった。
でも、あの日。
あの瞬間。
何もかもが変わった。
指先から溢れたまばゆい光。
村人たちがざわめき、驚き、そして恐れと敬意の入り混じった目で私を見た。
『ミランダが……光魔法を……?』
誰かが呟いた。
そう、光魔法。希少すぎて、数十年に一度しか現れないと言われる、特別な魔法。
それだけじゃない。
火も、水も、風も、土も。全ての魔法が、私には使えた。
『全部……できる……?』
自分でも驚いた。けれど、それは紛れもない事実だった。
瞬く間に、王都にその名が届いた。学園からの招待状が届き、私は一気に“ただの平民”から、“天に愛された少女”になった。
その時、思った。
(私は、この世界の主人公なんだ――って)
自分は天から愛された存在だと、そう思った。
学園では、全てが順調だった。
勉強は少し苦手。でも、魔法なら誰にも負けなかった。
周りはすぐに私をもてはやした。
奇跡の少女、と。
私も、それに応えるように微笑んだ。
可愛い、と言われた。
優秀、と言われた。
頼られるのが嬉しくて、少し笑えば、みんな優しくしてくれた。
学園での生活は、まるで夢のようだった。
そして――レオナード王子。
第一王子として、堂々たるその姿。
気高く、誇り高く、でもどこか孤独を抱えているような横顔。
私が声をかけたとき、すぐに振り向いてくれた。
『ミランダ……君は特別な存在だ』
その言葉に、胸が熱くなった。
王子に愛される。
これこそが、私にふさわしい未来だと、疑いもしなかった。
私にはわかった。どうすれば彼が私を求めるか。
ふと視線を落とし、寂しげに微笑む。
ほんの少し、袖を掴んで。
『レオナード様。私、どうすればいいのか……わからなくて』
それだけで、彼は私を守ってくれた。
簡単だった。
まるで、私が王子の妃になるのが当然のように。
でも――。
「……アルティア」
あの女だけは、邪魔だった。
いつだって冷静で、隙がなくて、魔法も成績も完璧。
気高く、美しく、誰もが認める存在。
平民として育った私とは、まるで違う。
どうして、そんなあの女が……私よりも王子にふさわしいなんて言えるの?
劣等感なんて、感じたくなかった。
だから潰そうと決めた。
レオナード様も、アルティアを疎ましく思っていた。
私が少し涙を見せれば、彼はすぐに動いてくれた。
元取り巻きの令嬢たちも、地位や金で簡単に従わせた。
全て順調だった。
噂を流し、証拠を仕込み、空気を作った。
完璧なはずだったのに。
「セレナ……!」
あの女が、すべてを狂わせた。
取り巻きのくせに、どうして私に逆らうの?
ただの取り巻きのくせに。
そして、ラファエル・アスター。
アスター公爵家の嫡男で、地位や権威はあるがあまり目立たない男だったはず。
なんで……なんで、あなたたちが邪魔するの?
この世界に選ばれたのは、私なのに。
セレナも、ラファエルも、天から見向きもされていない存在のはずなのに。
「……絶対に許さない」
ミランダは、静かに立ち上がる。
その手から、淡い光が漏れた。
全てを照らすはずの光。それは、今や怒りの炎に変わっていた。
この力は、私のもの。
天に愛された、この私のもの。
「セレナ、ラファエル、アルティア……」
その名をひとつずつ、吐き捨てるように呼ぶ。
「……私は、この世界に愛された存在よ。あんたたちなんかに、負けるはずないんだから」
復讐の炎は、消えなかった。
いや、これからさらに燃え盛るのだ。
もう一度、すべてを奪い返す。
だって私は、特別なんだから。
「あの人にも、協力してもらおうかしら」
特別である自分は、王子のレオナード以外にも協力者はいる。
まるでその人達とは惹かれ合うのが運命かのように。
自分も相手も、特別扱いをする者達だ。
「ジェラルドに、手紙を出しましょう」
私の、騎士様に――。




