第6話 断罪イベントの後
私が泣き止むまで、アルティア様とラファエル様は呆れたような、でも優しい笑みを浮かべて待っていてくれた。
「もう大丈夫よ、セレナ。そんなに泣いたら、瞳が真っ赤になってしまうわ」
アルティア様にそう言われて、私はようやくぐずぐずの涙を拭う。
彼女と視線が合うと、ふわっと微笑まれた。
はぁ、可愛い……もうそれだけで胸がいっぱいだ。
「お騒がせしました……すみません」
「気にしなくていいわ」
ラファエル様も、口元に手を当てながら小さく笑う。
「セレナ嬢が泣き止んでよかった。アルティア嬢も、ほっとしてるみたいだね」
そんなとき、ホールの中央からダンスの曲が流れだした。
優雅な調べが響き、周囲の貴族たちが思い思いにパートナーを見つけて踊り始める。
けれど、私たち三人にはパートナーがいない。
アルティア様は一応、王子レオナード殿下が婚約者だったはずだけれど……今まで彼女が実際に王子と踊る姿は見たことがない。
「……どうしましょうか?」
私がふと口にすると、アルティア様が私の前に足を進め、軽く片手を差し出してきた。
「セレナ、一緒に踊りましょ?」
「えっ!? わ、私ですか?」
まさかアルティア様が私を誘ってくれるなんて、想像もしていなかった。
戸惑いが顔に出るけれど、彼女は構わず私の手をスッと取る。
「あなた、まだ泣きはらした顔だし、そのまま突っ立っていたらもったいないわ」
「も、もったいない……?」
「せっかくのパーティーでしょう?」
そう言って、アルティア様は私の手を引き、ダンスの輪に入っていく。
通常なら男性パートと女性パートに分かれるものだけど、アルティア様は男性側のステップを完璧に踏んでいる。
公爵令嬢として、どちらの役割もマスターしているらしい。
「アルティア様、すごい……!」
「ふふっ、これくらい当然よ」
曲のリズムに合わせてステップを踏むと、私まで気分が高揚する。
アルティア様が私をリードしてくれるので、私は安心して身を任せるだけだ。
「私、こんなに素敵なダンスを踊れるなんて、一生忘れません……!」
「大げさよ。まだ曲は始まったばかりなんだけど?」
アルティア様が楽しそうに笑い、私の腰を少しだけ支えて回転させてくれる。
人目を集めてしまって少し恥ずかしいけれど、今はそれさえ幸せに思える。
けれど踊りながら、私ははっと思い出す。
(そうだ、ラファエル様はアルティア様が好きだったはず……。私が踊っちゃっていいの?)
踊りの合間、アルティア様の肩越しにラファエル様の姿がちらりと見える。
彼は微笑ましそうにこちらを見ている。
そこで私はアルティア様にささやいた。
「アルティア様、ラファエル様とも踊っていただけませんか? さっきもいろいろ手伝っていただきましたし、お礼もしたいです」
「別にいいけど、なぜそれがお礼になるの?」
「ラファエル様、きっとアルティア様と踊りたいと思ってますよ。アルティア様は綺麗だし、憧れの存在だと思います!」
私の言葉に、アルティア様は軽く息を吐いて呆れたように微笑む。
「あなた、案外鈍感ね。……まあ、いいわ。ダンスが終わったら誘ってみましょう」
鈍感? 私が?
よくわからないけど、アルティア様はダンスの終わりまでエスコートしてくれる。
最後のポーズでピタリと止まると、私たちのダンスを見ていた人たちから小さな拍手が湧いた。
頭を下げてから、私とアルティア様はラファエル様のもとへ戻る。
「お疲れさま。二人とも素敵なダンスだったね」
ラファエル様が笑顔で迎えてくれる。
アルティア様は扇子を閉じ、軽く一礼した。
「ありがとうございます。……ところでラファエル様、あなたは誰と踊るご予定なのかしら? もしよろしければ、助けていただいたお礼に、私から誰か踊る相手を紹介して差し上げますわ」
私は(もちろんアルティア様と踊りたいでしょう!)と期待しながら彼を見つめる。
でもラファエル様は意外な答えを口にした。
「そうだね。じゃあ、僕はセレナ嬢と踊りたいな」
「――えっ、私!?」
驚いた声を出す私。アルティア様はわかっていたのか、深く頷いて「ですよね」となぜか納得している。
ラファエル様が私に手を差し出し、微笑む。
「本当は最初からこうしたかったんだ。セレナ嬢、僕と踊ってもらえないかな?」
「え、えっと……もちろん、喜んで」
私は混乱しつつも、ラファエル様の手を取る。
すると彼は私をすっと引き寄せ、次の曲のリズムに合わせてステップを踏み始める。
「本当に私でいいんですか? アルティア様じゃなくて……」
だって彼はアルティア様に片思いをしていたはずじゃ……。
「君がいいんだよ。最初からずっと、君とのダンスを望んでた。アルティア嬢を守ろうと奮闘する君が、とても素敵に見えたんだ」
ラファエル様にそう言われて、私は頬が熱くなるのを感じる。
いつもアルティア様を推してばかりだった私にとって、男性からこういう言葉をかけられること自体が新鮮でドキドキする。
「そ、そうですか……ありがとうございます」
ぎこちなく返事をしながらも、ラファエル様にリードされ、踊りのステップを繰り返す。
アルティア様とのダンスも最高だったけれど、ラファエル様とのダンスは別の意味で胸が高鳴る。
私はこの学園パーティーが、結果的に最良の夜になっていくのを感じていた。
まだ推しのアルティア様が危険な目に遭うかもしれないけど、彼女を守るために頑張っていこう。
「ラファエル様、これからもよろしくお願いしますね!」
「ん? ああ、そうだね……僕の気持ちはまだ伝わっていないみたいだけど」
「? 何か言いました?」
「いや、なんでもないよ」
ラファエル様は笑みを浮かべながら、私と一緒に踊り続けた。
最初はどうなることかと思ったけど、楽しいパーティーだった。
ダンスパーティーが終わった翌週、学園にある噂が伝わってきた。
どうやらレオナード殿下とミランダは、あの取り巻き令嬢たちにほぼ全責任を押しつけたらしい。
「私が聞いたところによると、いじめや物を壊したのは元取り巻きたちの“勘違い”だったとか。私からミランダ嬢への暴言も“ただの誤解”とのことね」
アルティア様がそう教えてくれたとき、私は思わず頭を抱えた。
「ええ? あれだけ大事にしておいて、いまさら勘違いって……」
アルティア様も扇子をたたき、苦い表情を浮かべる。
「まあ、王子殿下としてはミランダ嬢を守りたかったんでしょうね。実際、取り巻き二人がそれなりの処罰を受ける形になったみたい」
たぶん、あの二人の家は王子とミランダに利用されてしまったんだ。貴族社会は怖い。
ただ、公爵家の紋章付き手紙だけは隠しきれなかったらしい。
王子レオナードはあの手紙に対する責任を問われた結果、第一継承権を失い、弟である第二王子にそれが移ったのだとか。
さらに、アルティア様との婚約も正式に破棄された。
「本当に婚約破棄になっちゃったんですね……」
私がそう言うと、アルティア様はさらりと肩をすくめた。
「もともとレオナード殿下とは契約だけの関係だったし、私には痛くも痒くもないわ」
「でも、今後も殿下やミランダが何か仕掛けてくる可能性はありますよね」
「ええ、もちろん。そのときはまた、あなたとラファエル様に手伝ってもらうかもしれないわ」
アルティア様は苦笑しながら、扇子で口元を隠している。
でも表情は晴れやかだ。
私も彼女の無事が守られたことに心底ほっとしている。
そして数日後の朝。
いつもと同じように学園の門をくぐろうとすると、アルティア様が先に到着していた。
「アルティア様、おはようございます!」
「おはよう、セレナ。今日も元気そうね」
彼女の口角が少し上がる。私はそれだけで嬉しくなる。
すると後ろからラファエル様の声が聞こえた。
「二人とも、おはよう。気分はどう? 最近、少しは落ち着いた?」
「おはようございます、ラファエル様!」
「あなたこそ、慌ただしく動いていたけれど大丈夫?」
アルティア様がそう声をかけると、ラファエル様はわざとらしく大げさに肩をすくめる。
「まあ、あちこちで書類確認とかごたごたしてたけど、僕はいつでも平気だよ。何かあったらまた呼んでよね」
「ええ、頼りにしてるわ。私の取り巻きだけじゃ負担が大きいもの」
「アルティア様……!」
私のことを心配してくれるなんて、優しすぎて幸せね……!
(王子とミランダが何を企もうと、必ず守り切ってみせる!)
そう心に誓いつつ、私はいつも通りの学園生活を始める。
悪役令嬢だろうと、婚約破棄されようと、アルティア様は負けない。
私も全力で支え続ける――そんな気持ちを胸に、取り巻きとしてアルティア様の隣に並んで歩いた。
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