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第5話 断罪イベント回避へ


「私は、アルティア様の取り巻き令嬢です!」

「取り巻き、だと?」


 私はもう決めていた。ここで引くつもりはない。

 彼らが嘘の証拠を並べるなら、こちらも真実を暴くまでだ。


 だって私は、推しの悪役令嬢を守るためにこの世界へ来たんだから。


 大ホールの中央で、私は堂々と王子たちに宣言する。


「今のお話について、私から反論させていただきます!」

(アルティア様を悪者にするなんて、そんなことはさせない!)


 私の言葉を聞いて、レオナード殿下が顔をしかめる。


「反論だと? 取り巻き令嬢ごときが」


 その表情には見下しの色があふれている。

 背後にいるミランダも、今にも舌打ちしそうな顔つきだ。


 私と目が合うと、慌てたように作り笑いを浮かべる。


(やっぱり、性格悪い奴ね……)


 私は心の中でそう毒づきながら、次に視線を移す。

 そこにはアルティア様の元取り巻き令嬢だった伯爵家と侯爵家の二人が立っている。


 私はギロリと睨むように視線を送ると、彼女たちはビクッと身を縮めつつも、なんとか強気で言い返してきた。


「な、なによ? 反論って」

「そうよ。なんなのかしら?」


 私は火魔法の余熱がまだ身体に残るのを感じながら、一歩前へ出て、しっかりと声を張る。


「まず『暴言を吐いていた』という件ですが、アルティア様はミランダ嬢に忠告していただけですよ。婚約者がいるレオナード殿下に身を寄せるのは、貴族社会の常識的にありえない、と」


 わざと“常識”という言葉を強調すると、ミランダが涙ぐんだ顔で口を開く。

 さっきまでの憔悴した様子とは違い、その声には妙な演技感が混じっている。


「それは……私がレオナード様に教えていただいていて……それをアルティア様が目の敵のように言ってきて……」


 私はすぐに言葉をかぶせる。


「まず、レオナード殿下に伺うこと自体が間違いだと、アルティア様はおっしゃったんです。あなたが平民で貴族社会の知識が少ないなら、正規の先生や同級生に聞くべきでしょう? そう何度も言っているのに、理解力はないんですか?」

「なっ……馬鹿にするな!」


 思わずといったように、ミランダが声を荒げる。


 しまったと言わんばかりにすぐ顔を逸らし、しくしくと泣くポーズに戻ろうとするが、その一瞬の剣幕で彼女の“作り涙”感が透けて見えてしまった。


 私は言葉を続ける。


「レオナード殿下、あなたもおわかりのはず。アルティア様という婚約者がいらっしゃるのに、ミランダ嬢がくっついてくることを避けもなさらない。これこそ婚約者に対して失礼だとお思いではありませんか?」


 まわりの貴族が「それはそうかも」「王子が少しひどいのでは」という反応を示す。

 レオナードの表情がぎくりと強張る。


 明らかに不利な空気に気づいたのだろう。


「ぐっ……。だ、だがアルティアが彼女を追い詰めているというのだから、婚約者として相手の女性をフォローするのも務めだ!」


 それでも殿下は弱々しく反論。

 私はやや呆れながら、さらに言葉を重ねる。


「まず『追い詰めた』という点に誤解があります。えっと、ドレスと髪飾りを壊したって話でしたよね?」


 その問いかけに、先ほどの元取り巻き令嬢たちが即座に声を上げる。


「そうよ! アルティア様が命じて、私たちに盗ませて壊せと……!」

「ミランダ様の大事な物をね!」


 彼女たちの安っぽい芝居にイライラしつつ、私は冷静に尋ねる。


「……まず、なんで盗んでこいと命令するんでしょう? 普通は『壊してこい』だけで足りますよね? わざわざ盗ませる必要なんてないと思うんですが」

「え、それは……その……」


 動揺した気配が二人から漂う。

 あまり深く考えていなかったらしい。


 私は深呼吸してから、真顔で続ける。


「それに、壊されたという髪飾りやドレスはどちらに? 証拠品があるなら、ぜひ拝見したいですね」

「も、もちろんです! ほら、使用人! 持ってきて!」


 ミランダが合図を送ると、どこかで待機していた使用人がボロボロのドレスと折れた髪飾りを持ってくる。


 ドレスはまるで切り刻んだような跡があり、髪飾りは根元から折れ曲がっている。


「これが証拠よ。ひどいでしょう? アルティア様が公爵令嬢の権威を使って、こんな……!」


 ミランダが涙交じりに訴える中、私は物品をじっと観察し、口の端をうっすらと上げる。

 そして会場をぐるりと見回したあと、はっきりと告げる。


「ふうん……ドレスも髪飾りも、魔法によって破損されていますよね? 魔力反応が残っていますよね?」

「なっ……!」

「なぜそれを……?」


 ミランダと元取り巻きたちは、一気に血の気が引いた顔をしている。


 周囲の貴族や生徒たちもざわめき始める。


 魔法を使って物を壊したりすると、魔力反応が残る。


 感じ取る人は稀だし、私も実際は魔力反応なんか感じ取れていない。


 だがこれを知っている理由は、ラファエル様と調べたからだ。

 チラッと彼のほうを見ると、彼も満足げに頷いている。


「おそらくドレスは風魔法による切断、髪飾りは土魔法で折られた魔力反応がありますね。アルティア様の属性は水ですから、風と土は使えません」


 私はアルティア様を一瞥し、扇子を持つ彼女が静かに頷くのを確認する。


 そう、アルティア様の得意魔法は水だけ。

 しかもレベルが高いから、こんな粗雑な破壊方法を選ぶはずがない。


「じゃあ、風と土を使えるのは誰なんでしょうね?」


 そこへ視線を向けると、取り巻きだった二人はギクリと体を強張らせ、顔を青ざめさせる。


 まさに図星。

 その反応に、周囲の人々も「ああ、そっか」「なるほど」と気づき始めている。


 もう逃がしはしない。


 私が推しをこんな形で貶めようとするなんて、絶対に許せないのだから。


「まさか全部嘘なのか?」

「こんな大騒ぎが嘘の証言だけなんて……」


 周囲からそんな声が上がりはじめた。

 元取り巻き二人がうろたえた様子を見せたところへ、ミランダが急に手を挙げる。


「い、いえ、まだあります! 実はこんな脅迫状まで送られているんです!」


 彼女は懐から一枚の紙を取り出した。


 私が「拝見しても?」と問いかけると、ミランダは少し渋りながらも紙を私に渡してきた。

 文面は確かに脅迫じみた内容。


『早く退学しろ。さもなくばお前の実家を潰す』


 というような……。

 私はざっと読み、ふっと笑みをこぼす。


 これは明らかに“やりすぎ”な文章だ。


「普通、こんな証拠になるような脅迫文に名乗りを入れますか? それも、公爵家の紋章付きだなんて。アルティア様が本気で平民の家を潰すとお思いで?」


 会場がさらにざわつく。


「確かに、公爵家がそんな無茶な……」

「相手は平民の家?」

「さすがにあり得ないのでは」


 と、あちこちから声が聞こえる。

 ミランダは涙を浮かべながら必死に言い訳を始める。


「そ、それは……私がレオナード様と仲良くさせてもらっているのに嫉妬して、アルティア様が私を排除しようと……」

「まず、あなたごときに嫉妬するようなアルティア様じゃないんですが?」

「っ、取り巻きごときが……!」


 私はピシャリと返すと、ミランダの眉間に皺が寄よせて口が悪くなる。


 でもすぐに取り繕い、しおらしく黙り込んだ。

 いや、もうばれてるぞ、と言いたい。


 私は息を整え、脅迫状を軽く振ってみせる。


「それに、この脅迫文の筆跡がアルティア様のものじゃないのは明らかです。私、ずっとアルティア様のそばにいたんで、文字を見ればわかるんですよ」

「そ、それは私が書かされたからで……! アルティア様に無理やり!」


 元取り巻き令嬢の一人が言い訳を口にする。


 私は眉をひそめて問い返す。


「公爵家の紋章が入った手紙を、あなたが? そんなわけありません。貴族が紋章付きの手紙を、家外の者に書かせるなどあり得ないんです」

「うっ……」


 相手はぐうの音も出ない様子。

 さらに私は指摘を続ける。


「ですが、あなたが書いた物なのは確かのようです。このインクは、あなたがお持ちのものでしょう。アルティア様はもっと上質な道具を使っています。こんな安いインクはまずありえません」

「な、なんであなたがそんなことまで……! 証拠なんてないでしょう!」


 そう逆上する彼女に、私は微笑んで答える。


「いえ、証拠はちゃんとあります。――ラファエル様、お願いできますか?」


 私が声をかけると、ホールの隅で様子を見守っていたラファエル様がゆっくりと歩み寄ってくる。


 優雅な所作に、まわりがまた小さくざわつく。


「ようやく僕の番だね?」

「はい、お願いします」


 まさかアスター公爵家の嫡男が出てくるとは思わなかったのか、王子レオナードやミランダも驚いた顔でこちらを見ている。

 ラファエル様は軽く会釈をしてから、周りに説明するように話し出す。


「そこの令嬢の家で使っているインクや筆は、僕が部下に調べさせました。照合すれば、今回の脅迫状と一致する可能性が高いですね。壊されたドレスや髪飾りの魔力反応も、こちらで正式に検証しましょう。セレナ嬢だけの言葉じゃ納得できないという方もいるでしょうから」

「くっ、ラファエル……お前はそっちにつくのか!」


 レオナードが悔しそうに声を上げる。

 ラファエル様はにこりともせず、静かな調子で答えた。


「僕はいつだって正しい人の味方です、王子殿下」


 その言いざまに、王子は言葉を失ったようだった。

 私はここで満を持して、脅迫状の紋章に視線を落とす。


「この紋章、よく見ると少しずれているんですよね。切り貼りした跡があるってラファエル様がおっしゃってました。つまり本物じゃない。紋章を切り取って偽造したんです」


 さらに、まわりが騒ぎ始める。

 私は王子をじっと見つめた。


「アルティア様が公爵家の紋章を用いて手紙を出すとなれば、普通は正式に作成された便箋と封蝋を使いますし、受け取る相手も限られます。……殿下は何かご存知ありません?」


 私ですらアルティア様から正式な書簡を受け取ったことはない。

 アルティア様が直筆で紋章付きの手紙を送る相手なんて、そうそういない。


 そう、彼女から手紙を受け取る相手なんて、婚約者のレオナード王子殿下くらいだろう。


「まさか……」

「そんな愚行を……」

「もし王子殿下が……?」


 周りの貴族達もそう考えたのか、騒めき出す。


「ち、違う! 私ではない! そんな手紙を捏造するなんて……!」


 王子は必死に否定するが、その焦った様子が余計に怪しく見える。


 周囲からも「本当に王子じゃないの?」「公爵家の紋章を捏造するなんて重罪では?」と冷ややかな声が相次ぐ。


(ふふん、やっぱり私たちの推理は正しかったみたいね)


 私は王子とミランダ、それに取り巻きだった二人をぐるりと見回す。


 みんな口をつぐみ、視線をさまよわせている。

 ラファエル様と私の反論に、レオナード王子やミランダ、元取り巻きの二人は何も言い返せないようだった。


 周囲の視線が冷ややかに注がれ、ざわざわと声が飛び交う。


「まさか殿下が、アルティア嬢を陥れて婚約破棄を画策していたのか……?」

「ミランダ嬢も学園成績はいいらしいけど、ここまでのことをするのか……?」

「王位継承争いにも影響が出るぞ……」


 そんな声があちこちで聞こえる中、大きな杖を持った学院の重鎮らしき人物が前に出てきた。

 厳かな雰囲気に、会場がしんと静まり返る。


「今の話ですが、詳しく精査したいので、後日改めて証拠などを揃えてからお聞きしましょう。特に公爵家の紋章付き手紙の捏造は重罪にあたります。そちらの手紙をお渡しください」


 重鎮の言葉に、私は手元にあった例の脅迫状を差し出した。


 するとレオナード王子が慌てて「ま、待て! それは……!」と声を上げるが、重鎮は一切耳を貸さずに書簡を受け取る。


 周囲の貴族も「あれは酷い内容だったな」「あれが捏造なら……」と、王子を冷たい目で見ている。


「それでは、この場では一旦話を閉じますが、何か言い残したいことはありますか?」


 重鎮がそう問いかけると、レオナードやミランダ、元取り巻きの二人は歯ぎしりする。


「……ない」

「ない、です……」


 二人は何も言えず、そう答えた。

 それを見て、私は胸の奥に込み上げる怒りを抑えつつ言葉を投げかける。


「私から一言だけ。あなた方はアルティア様を散々傷つけましたよね? せめて謝罪くらいはするべきじゃないでしょうか?」


 私の言葉に、レオナードは苦い顔をして視線を下に向ける。


「……すまなかった」


 そして、小声で呟いた。


「っ……」


 ミランダは怖がるふりをして、王子の後ろに隠れて沈黙している。

 私はその態度に苛立ちを覚えるが、もう何も言わないことにした。


 こうして、冬の学園パーティーで起こった騒ぎは“ひとまず”ここで打ち切りとなった。


 レオナードたちは、この後のダンスに参加するのを避けるように、気まずそうに会場を出ていく。


 残された私とアルティア様、それにラファエル様は、隅のほうへ移動して一息ついた。


「アルティア様、大丈夫でしたか?」


 私は彼女の顔をのぞきこむ。

 アルティア様は背筋をピンと伸ばしたまま、小さく息を吐いて頷いた。


「え、ええ……平気よ」


 その言葉に、私は心から安堵する。ずっと張り詰めていた気持ちが、スッと解けたようだ。


「よかったです。ラファエル様も本当にありがとうございました」


 私がお礼を言うと、ラファエル様はいつもの柔らかな笑顔を見せる。


「僕は軽く手伝っただけだよ。もっと貢献したかったんだけどね」


 そのやり取りを耳にしたアルティア様が、一度深呼吸してから小さく微笑む。

 ほんの少し照れくさそうに頬を紅くして、こちらを向いた。


「……セレナ。ありがとう、助けてくれて。あなたが私の取り巻きで、そして友達で、本当に良かったわ」


 ――友達。


 アルティア様からそんなふうに言ってもらえるだなんて……!


 私は一気に涙がこぼれそうになる。

 自分でも驚くほど感情が込み上げてきて、目が熱くなるのがわかる。


「アルティア様……嬉しいです……うっ、ぐすっ……」


 我慢できずに泣いてしまった私に、アルティア様は呆れたように目を細めながら、やさしくハンカチを差し出してくれた。


 涙を拭ってくれる彼女の手が、いつもと違ってとても温かく感じる。


「何を泣いているのよ。大げさなんだから……」

「す、すみません……でも、あの……私、アルティア様が傷つくのが嫌で……」


 鼻をすすりながら絞り出すように言うと、アルティア様は気まずそうに扇子で口元を隠して、少し笑う。


「まったく、あなたって本当に……。でも、ありがとう。おかげで助かったわ」


 肩の力が抜けたアルティア様の表情は、先ほどまでの険しさが嘘のように和らいでいる。


 私はさらにこぼれる涙を拭いながら、心の底から嬉しさをかみしめる。

 推しを守れて、感謝の言葉までかけてもらえるだなんて……人生でこれほど幸せな瞬間はないかもしれない。


 これから先も私がずっと守る!

 私はそう心に誓った……涙を流しながら。


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