第27話 仕掛け、終幕へ
視線の先では、ミランダがさっきまでの余裕を失い、私が掲げた呪道具を注視し、目を見開いて愕然としている。
明らかに動揺したその表情に、周囲から疑惑の視線が集まり始める。
(やっぱり、あなたが犯人ね)
私の心は確信で満たされていた。
ミランダが自分の失態に気づいてハッと顔を青くし、慌てて身体を縮こませたが、もう遅い。
その反応は全員がしっかりと目に焼きつけている。
「ミランダさん? 今の反応はどういうこと?」
私はあえて冷静な口調を崩さず、ゆっくりと問いかけた。
ミランダが焦ったように取り繕う。
「い、いえ、私が知っているものに似ていると思っただけです。見間違えただけですわ……」
震える声で彼女が弁解すると、私は内心で笑みを浮かべた。
(似ている、ですって? あなたが隠していたそのものを持ってきたのよ、ミランダ)
私はさらに一歩踏み出し、周囲にもはっきりと聞こえるように声を張った。
「皆様、これは闇魔法が込められた呪道具です。その効果は、ダンジョンの暴走と魔物の暴走の二つです。ただ、ダンジョンそのものを完全崩壊させるには、相当な魔力が必要なようですが」
主人公補正のように絶大な魔力を持つミランダだが、さすがにそこまでの魔力量はなかったみたいだ。
おそらく何十人も魔力を込めたら真の効果が発動するのだろうが、そんなことはどうでもいい。
「そんな危険なものが、この世に存在するのか……?」
「しかも、それがダンジョン暴走の原因だったというのか?」
周囲の貴族や生徒たちが騒めきだす。
審問官や裁判長までもが動揺を見せていた。
裁判長が眉をひそめて問いかける。
「セレナ嬢、本当にそのような効果があると断言できるのですか?」
「はい。それについては、こちらにいるラファエル様が詳しくご説明します」
私が視線を向けると、ラファエル様が落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「これはアスター公爵家が独自に調査した結果です。実際に効果を完全に実証したわけではありませんが、呪道具の構造と魔力波動を調べたところ、先ほど述べた効果があるのは間違いありません。これは我が公爵家の名に懸けて、証拠として提出します」
「アスター公爵家がそこまで言うなら……」
「まさか本当だったとはな……」
公爵家嫡男のラファエル様がはっきりと明言したことで、周囲の人々も彼の言葉を信用し始めた。
その信頼が波のように広がり、審問会場の空気が徐々にこちら側に傾いていくのを感じる。
すぐに裁判所の鑑定士たちが現れ、呪道具を私の手から受け取り、魔力反応を詳しく調べ始めた。
彼らの動きを不安そうに見つめるミランダたちは、明らかに顔を青くしている。
「ど、どこであれを……まさか、あそこに入られたの……?」
ミランダが唇を震わせ、小さな声で呟くと、鋭い視線を私に向けてきた。
私はその視線を正面から受け止め、怯まずに彼女を睨み返す。
(あなたが睨んでも、もう遅いのよ)
その間にも裁判長が口を開き、質問を投げかけてきた。
「しかし、セレナ嬢。それが呪道具であるとしても、アルティア殿がそれを使用した可能性もあるのでは?」
さすがにそこをついてきたか。
すかさずレオナード殿下が勢い込んで声を張り上げる。
「そ、そうだ! お前たちがそれを使ったんだろう! 自分たちで首を絞めたな!」
「違います」
でも、問題ない。
私ははっきりと否定し、その場に響き渡るような声で告げた。
「これを使用したのは、アルティア様ではありません。――ミランダさん、あなたですよ」
「なっ……!」
「ミランダ様が、だと……?」
「馬鹿な、聖女がそんなことをするわけが……!」
周囲の動揺がさらに広がり、大広間が混乱に包まれた。
ミランダは引きつった笑みを浮かべ、必死に否定しようとする。
「な、何を馬鹿なことを……そんなわけありませんわ!」
だが、その言葉にラファエル様が静かに割って入った。
「今、鑑定士たちが呪道具に残る魔力反応を調査している。それが終われば、アルティア嬢が使っていないことは明白になるだろう」
「くっ……!」
ミランダの表情から血の気が引いていく。
レオナード殿下とジェラルド様も焦った表情で視線を泳がせていた。
鑑定士たちが調査を終え、一人が前に進み出て裁判長に告げた。
「裁判長、この呪道具の効果は先ほどの主張通り、本物です。また、事前に提出されていたアルティア嬢の魔力反応とは明らかに異なる別の魔力反応が残っています」
「なんだって……?」
「そんなことが、本当に……?」
再び大広間が騒然とする。
この世界の魔法には個人特有の魔力反応――前世で言う指紋のようなものが残る。
特に呪道具のような強力な魔法が込められた物なら、誰が使ったのか一目瞭然だ。
私はこの機を逃さず、一気に畳みかける。
「こちらの主張は、この呪道具をミランダさんが使ったということです。ミランダさん、あなたの魔力反応の提出を求めます」
「ば、馬鹿なことを言うな! なぜミランダがそんなことを!」
レオナード殿下が青筋を立てて声を荒らげたが、その姿は完全に動揺しきっている。
ジェラルド様も険しい表情で庇おうとしたが、ラファエル様が冷静に言い放った。
「拒否するということは、ミランダ嬢がこの呪道具を使ったと認めるようなものですが……それでも拒否しますか?」
「うっ……!」
その一言で、ミランダたちは完全に沈黙した。
会場全体の視線が一斉にミランダへと集中する。
「まさか、本当にミランダ様が……?」
「あの聖女がダンジョンを暴走させた犯人だなんて……!」
生徒や貴族たちの動揺が頂点に達するのを感じながら、私は確かな手応えを得ていた。
(もう少し……あと少しで、彼らの企みを完全に覆せる……!)
最後の策も、仕掛け終わっている。
アルティア様を守り切れる瞬間が、すぐそこまで迫っていた。
ミランダとレオナード殿下、そしてジェラルド様は、すでに追い詰められ、顔を青ざめさせていた。
鑑定士が差し出した呪道具には、アルティア様の魔力とは明らかに違う別の魔力反応が残っている。
その事実が示された今、彼らがどれほど声を荒らげても、周囲の目は疑惑と非難で染まっていく一方だ。
「ば、馬鹿なことを言うな! ミランダがそんな呪道具を使う理由などないだろう!」
「そ、そうです! 私には動機なんてないですから!」
レオナード殿下は必死に怒号を飛ばし、ミランダもそれに乗じて必死に取り繕う。
しかし、あまりにも苦し紛れの言い訳でしかないため、彼らを見つめる周囲の視線はすでに冷たい疑念に満ちていた。
「あの聖女が……本当にやったのか?」
「まさかと思ったけど……」
ひそやかな囁きが会場内に広がる中、私はまだ安心していなかった。
「動機ならあるでしょう。前回のアルティア様との婚約破棄をした事件で、あなた達は名誉を失った。逆恨みをしてもおかしくはありません」
「くっ……!」
私が彼らの動機の説明をすると、二人とも何も言えない。
ジェラルドもミランダを助けたいと思っているような表情だが、何もできずにいる。
――あと一手、決定的な証拠を突きつけにいこう。
「裁判長、その呪道具の使い方はわかりませんが、もしかすると持っただけでも反応が出る危険なものである可能性があります。ミランダさんに持たせるのは危険だと考えます」
私がそう言うと、ミランダは即座に反論した。
「わ、私は光魔法の使い手です。そんな呪道具を触ったくらいで反応するはずありません!」
思った通りの反応だった。
本当は持っただけで呪道具が発動することはない。
強く闇魔力を込めなければ反応しないことは、私はゲーム知識からすでに知っていた。
もちろん、使用したことがあるミランダも知っているだろう。
「そ、それならばミランダに持たせればいいだろう! それで何も起こらなければ、ミランダが犯人だという疑いは晴れるはずだ!」
レオナード殿下が血走った目で鑑定士を睨みつけた。
「いえ、殿下……それだけでは何も証明には……」
「黙れ! この呪道具を使ったのはアルティアのはずなんだ! 絶対にそうだ! そんなことも見抜けない鑑定士など、引っ込んでいろ!」
怒号を浴びせられた鑑定士は押し黙ったが、その場にいる誰もが冷めた目でレオナード殿下を見ていた。
国が認めた鑑定士に何を言っているんだろうか。
彼が王族としての威厳も冷静さもすでに失っていることは、この場にいる誰もが気付いているだろう。
「殿下、落ち着いてください……!」
「うるさい、ジェラルド!」
彼らが動揺している隙に、レオナード殿下が鑑定士から強引に呪道具を奪い取った。
「さあ、ミランダ! これを持って、潔白を証明してやれ!」
「え、ええ、もちろんですわ……!」
彼女がそれを手に取った瞬間――
突然、彼女の身体から黒い霧のようなものが噴き出した。
「きゃあっ!?」
「なっ――ミランダ!?」
「なんだこれは!?」
レオナード殿下もジェラルド様も驚愕に目を見開き、後ずさった。
会場内のすべての視線が、ミランダから立ち昇るその黒い霧に注がれている。
「な、なんで……私から闇魔法が!?」
ミランダは震える手を見つめて呆然としていた。
しかし、私はこの状況にひとり微笑んだ。
(罠にかかったわね、ミランダ)
以前、アルティア様が初めて闇魔法に覚醒したときの杖――あの時は微量の『闇魔法の効果増幅』が仕掛けられていた。
だからラファエル様が調べても、微量すぎて検出できなかったのはそのためだ。
しかも闇魔法という未知の魔法だから、調べても出てこないのは無理もない。
でも、ミランダが闇魔法を使えるとわかった時に、私はそれを仕掛けたのだと気づいた。
だから今、私はやり返すように、この呪道具に『闇魔法を持つ者が触れた瞬間に効果を増幅する』仕掛けを施していたのだ。
アルティア様が審問会議の冒頭で闇魔法を放ったのは、この瞬間を想定していたからだった。
闇魔法が発動するときに黒いもやが出る――それを全員に見せつけ、印象づけるための布石だった。
「い、今のは……アルティア様が見せたのと同じ、闇魔法の……!」
「まさかミランダ嬢まで闇魔法を使えるというのか!?」
観衆のざわめきは次第に大きくなり、ミランダは蒼白な顔で必死に言い訳しようとする。
「ち、違います! 今のは、この呪道具から勝手に出た闇魔法で、私のものではありません!」
そこにラファエル様が、冷徹な口調で割って入った。
「いいえ、その呪道具にある仕掛けをしたのは私です。闇魔法を持つ者が触れると、その者の内にある闇魔法を強制的に増幅する仕掛け――つまり、ミランダ嬢、あなたが闇魔法を持っていることを証明するための罠だったのですよ」
「な、なんですって……!?」
ミランダの瞳が大きく揺れる。
その隣で、レオナード殿下とジェラルド様も呆然とミランダを見つめている。
彼らすら知らなかったのだ、ミランダが闇魔法の使い手であることを。
「う、嘘だ……ミランダが、闇魔法を……?」
「そんなはずは……彼女は聖女のはずだろう!?」
彼らの驚愕と動揺が、はっきりと伝わってくる。
それでも、私は揺るがない声ではっきりと告げた。
「あの呪道具は闇魔法の使い手しか扱えません。そして先ほど鑑定士が示した通り、呪道具にはアルティア様の魔力反応はありませんでした。そして――アルティア様以外に闇魔法を持つ者は今この場にたった一人しかいません」
ゆっくりとミランダに視線を向け、私ははっきりと名指しで言う。
「――あなたです、ミランダさん」
会場内が完全に沈黙し、息を飲む音さえ聞こえそうだった。
ミランダは膝を震わせながら、その場に立ちすくんだ。
(これで、終わりよ――ミランダ)
面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!




