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第2話 推しの立場の悪化


 そんなちょっとしたハプニングの後、しばらくして放課の時間になった。


 私とアルティア様は、学園の廊下を並んで歩く。

 そして、校舎を出て少し歩いた先にある中庭へ向かう。


 ここは花壇が美しく整備されていて、貴族の子女たちが談笑に利用している。


 すると見覚えのある背丈の青年が、噴水のそばに立っていた。

 黒を基調とした制服を着こなし、美しい金色の髪に端整な顔立ち。


 彼こそ、アルティア様の婚約者であり、次期国王候補――レオナード殿下だ。


「レオナード殿下……」


 アルティア様は、ほんの少し眉を下げながら、その名を呼ぶ。

 近づこうとした瞬間――。


「レオナード様ぁ!」


 甲高い声が響き、私たちより先に殿下へ向かう人影があった。

 薄桃色の髪をゆるく巻き、ふわりとしたローブを身にまとった少女。


 ミランダ・フェリシティ。


 この学園では珍しい平民出身の特待生で、しかも乙女ゲーム「ロゼ・アカデミア」の主人公ポジションだ。


 正規ルートだと、最後は王子と結ばれる運命……つまり、アルティア様にとっては危険なライバルでもある。


「ミランダ様……」


 アルティア様が戸惑ったように声を落とす。

 向こうでは、ミランダが王子にしなだれかかるように体を寄せ、楽しそうに笑いかけている。


(公爵令嬢であるアルティア様が婚約者のはずなのに……)


 私は思わず唇を噛みそうになる。


 王子は猫撫で声で話しかけてくるミランダに、優しげな笑みを向けていた。

 その光景を見て、アルティア様ははっきりと唇を噛む。


 いくら平民出身で慣習を知らないといっても、婚約者がいる相手にここまで密着するのは明らかにおかしい。


 意を決したように、アルティア様が足を進める。


「ミランダ様、婚約者がいる方にそこまで身を寄せて話すなど、はしたないですよ」


 その声は低く、静かな怒りを帯びていた。

 実際、私が見てもやりすぎに思うレベルだ。


 にもかかわらず、ミランダはハッとした顔をして、王子の背中のほうへ隠れるように身を引っ込める。


「ご、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃなくて……」


 弱々しい声と涙目がなんとも上手い。

 心底謝っているようにも見えるが、視線がこちらをちらりと伺う様子は、どうにもわざとらしい。


「だから、それを言っているのですよ。自分の立場をわきまえない行動は周囲に誤解を与えます」


 アルティア様は重ねて注意するが、それをさえぎるように王子が口を開く。


「アルティア、このくらいいいじゃないか。ミランダは平民出身だから、貴族の社会ルールをまだ理解しきれていない。怒ることじゃないだろう?」


 その言い分に、私は思わず目を見張る。

 確かに平民から特待生で入学したミランダにとっては、貴族の常識は難しいかもしれないけど、もう少し学んでいてもいいはずだ。


 アルティア様は深く息をつく。


「レオナード殿下は彼女に甘すぎます。いくら平民だからとはいえ、学園で指導される機会はいくらでもあります。第一、入学してもう数カ月になりますのに、まだご存じないなんて……」

「それでも、小さい頃から学んできた君と比べたら、できないのは当たり前だろう? それにあまり堅苦しく注意すると面倒だよ、アルティア」


 王子の言葉はどこか柔らかい口調だが、内容は完全にミランダをかばっている。


「面倒……? わたくしは常識を教えようとしているだけなのですが」

「わかってるさ。でもさ、あんまり強く言うと彼女が怯えちゃうだろう?」


 そう言って王子は苦笑交じりにミランダをちらりと見る。


 するとミランダは大袈裟なくらいに目を潤ませて、王子の袖を掴む。

 アルティア様は悔しそうに唇を噛んだままだ。


 言い返したいのに、相手が王子であるがゆえにうまく言葉を継げないようにも見える。


 私もどうにか加勢したいと思うのに、貴族社会での立場上、王子に意見するのははばかられる。


 そして、ちらりと横目でこちらを見たミランダが、一瞬だけ勝ち誇ったように口元を歪ませた気がした。


 やはりこれは確信犯なのだろうか。

 平民出身とはいえ、特待生として入学できるほど学力も魔力もある人物……立ち回りもうまい。


 そのまま、王子は「ミランダが困ってるから、また後で」とアルティア様に声をかけ、さっさと中庭の奥へと移動してしまう。


 置き去りにされたアルティア様は、追いかけることもせず、その場に立ち尽くしていた。


「アルティア様……」


 私は何か声をかけたくて、そっと彼女の顔を伺う。


 彼女の悔しさと悲しさが入り混じった空気が、ひしひしと伝わってきて、胸が苦しくなった。


 アルティア様と王子レオナードの婚約は、ゲームの原作でも確かに存在する設定だ。


 でも正規ルートだと、最終的にはミランダに奪われるという形でアルティア様が破滅へ向かう。


 今、目の前でその過程が進行しているようにしか見えない。


 私はぎゅっと唇を噛む。


 なんとかしてアルティア様をお助けしたいのに、私にできることは少ない。取り巻き令嬢という立場で、王子やミランダに口を挟むのはリスクが大きすぎる。


 でも……それでも放っておけない。


「アルティア様……大丈夫ですよ。殿下は少し甘やかしているだけです。ミランダ様も、本当に困っているだけかもしれません」


 そう声をかけながら、自分でも無理に明るい言葉を捻り出しているのを感じる。

 アルティア様は小さく息をつき、扇子をぎゅっと握りしめた。


「……そう、かもしれないわね。わたくしが神経質になりすぎているだけなのかも」

「そんなことないです。アルティア様は正しいと思います!」

「ええ、私も自分が正しいと思うわ」


 私が言い切ると、アルティア様は小さく頷いてくれる。

 口惜しそうな彼女の横顔に胸が痛む。


 ゲームどおり、このまま悪役扱いされてしまうのだろうか。



 それから数日後、私はアルティア様と一緒に学園の廊下を歩いていた。


 いつものように彼女の隣を歩けるだけで嬉しいのだけど、今日はなぜか胸がざわついている。


 理由は、最近広がり始めた“とある噂”だ。


 先日、アルティア様の婚約者である王子レオナード殿下と、平民出身の特待生ミランダ・フェリシティとのやり取りを見てから、なんだか周囲の空気が怪しい。


 嫌な予感がする……と思っていたら、案の定というべきか。


 廊下の先の曲がり角の先で「アルティア様がミランダに嫌がらせをしているらしい」と言う声が聞こえた。


「平民のミランダ嬢が髪飾りを壊されたみたいだ」

「俺はドレスを汚されたとも聞いたぞ」


 曲がり角の奥から楽しそうに話す生徒たちの声が聞こえて、まさにアルティア様がミランダに嫌がらせをしたという話題が持ちきりのようだ。


 私とアルティア様が角を曲がって姿を現すと、生徒たちはハッと息を呑み、気まずそうに視線をそらしてすれ違う。


(やっぱり、みんな信じちゃってるんだ……)


 そう思うと、私の胸がぎゅっと締め付けられる。

 アルティア様も、あからさまに視線を避けられていることに気づいたようだが、表情は変えない。


「アルティア様、今の噂を否定しないと……! みんなが変な誤解をしています」


 私は心配になって思わず声をかける。

 だけどアルティア様は、少し肩をすくめただけだった。


「あんな根拠のない噂、いちいち弁明するのも面倒だわ。わたくしは公爵令嬢よ。下手に反応したら品格が下がるだけでしょう?」


 そう言い切るアルティア様は強気だ。


 気高くて、ちょっとやそっとの風評には揺らがない。

 そこがカッコいいと思うけれど……このままだとますます周囲に悪いイメージが固定されてしまう気がする。


 私の脳裏には、ゲームのストーリーがよぎる。

 あの“悪役令嬢断罪イベント”が着々と近づいている――そんな気がしてならない。


「でもアルティア様、このままじゃまずいですよ……」

「仕方がないわ。どの道、わたくしがミランダ様に悪さなどするはずがないのだから、そのうち周りも気づくでしょう。いちいち相手をしていたら、噂ごときに左右される者になってしまうわ」


 アルティア様がそう言うのを聞いて、私は何も言えなくなった。

 彼女なりのプライドと判断があるのだろう。


 でも、噂の広まりはゲームの中でも散々見た展開。


 放っておけば、ヒロインであるミランダの正当性ばかりが強調され、アルティア様がどんどん悪役にされてしまう……!


 そして放課後。アルティア様とは別れて、私は一人で廊下を歩いていた。


「どうすれば、あの噂を止められるんだろう……」


 そう考えていると、すっと背後から声がかかる。


「お困りのようだね、セレナ嬢」

「あっ、ラファエル様」


 振り返ると、青みがかった髪をさらりとなびかせるラファエル・アスター様が立っていた。


 彼は公爵家の嫡男で、アルティア様と同じくらい高い地位にある。


 私がアルティア様の取り巻きをしている関係で、何度か顔を合わせる機会があったけれど、いつもフレンドリーに接してくれるありがたい存在だ。


「どうやらアルティア嬢に関する悪い噂が広まっているようだね。ドレスを破ったとか、髪飾りを壊したとか」

「そのようです。ラファエル様は信じてらっしゃいませんよね……?」


 私は思わず、睨むように顔を上げてしまった。

 アルティア様を悪く言われるのが我慢ならない、という気持ちが表に出てしまう。


「もちろん、そんなわけないよ。彼女が人の持ち物を壊すなんて、想像もつかないし。だから、睨まないでくれないかい? 僕は仲間なのに」

「す、すみません。アルティア様のことになると、どうしてもカッとなってしまって……」


 するとラファエル様は、くすっと笑みをこぼす。


「昔からそうだったね、セレナ嬢は。アルティア嬢に対して情熱的というか、心配性というか……でもそこが面白いところだよ」

「お、面白い……ですか?」

「うん。情が深いってことさ」


 彼がさらりと言うものだから、私は少し照れてしまう。


 そんな私を見て、ラファエル様はやや真面目な表情へと切り替えた。


「アルティア嬢の性格上、自分から否定することはしないだろうね。わざわざ反応すると品格が疑われる、って思ってるんだろう」

「そうなんです。そこがアルティア様らしいのですが……私はアルティア様が傷つく姿は絶対に見たくありません」

「じゃあ、どうするの?」


 ラファエル様は先を促すように首を傾げる。

 私は一呼吸おいてから、力強く答える。


「もちろん、アルティア様の無実を証明します! 彼女がやってないことを証明するのは難しいでしょうけど、何が何でも私がやってみせます。私はアルティア様の取り巻きですから!」

「なるほど、行動力があるね。そこは素直に尊敬するよ。……いいよ、僕も協力しよう」


 ラファエル様は笑みを浮かべ、スッと片手を胸に当てる。


「僕はアスター公爵家の嫡男だ。いろいろと力になれるはずさ。せっかくだから、一緒に愛しいアルティア嬢を助けようじゃないか」

「ありがとうございます! 一緒にアルティア様をお救いしましょう!」

「ふふっ、やっぱり君は面白いね」


 ラファエル様が楽しそうに頷く。


 青髪が優雅になびいていて、周囲から見たら絵になる光景……なのだけど、私の頭の中はアルティア様のことでいっぱいだ。


 こんな協力者がいるなら、噂を払拭できる方法がきっと見つかるはず。


 そこで、はたと私は気づく。


 ラファエル様の言葉には「愛しいアルティア嬢」という言葉があったような……。

 もしかしてラファエル様、アルティア様をお好きなのでは?


(でもアルティア様には婚約者の王子がいらっしゃるし……。とはいえ、ゲームのストーリーだと最終的には破談してしまうんだよね)


 そう考えると、ラファエル様の想いが実るかもしれないと思えてくる。


 もし王子との婚約が破棄されたら、アルティア様には新たな縁談が発生するかもしれない。


 ラファエル様は公爵家同士で釣り合いもとれるし、もしかしたら実現する可能性がある。


(そうだわ。もしアルティア様とレオナード殿下の関係が終わってしまったら、ラファエル様が……)


 頭の中で少しだけ失礼かもしれない想像をしてしまう。

 だけど、私としてはアルティア様に幸せになってほしい一心だ。


 噂が広がっている今はまずそちらを優先するけれど、いずれはアルティア様とラファエル様の縁談をサポートするのもありかもしれない。


「セレナ嬢? どうしたの、急に黙りこんで」

「あ、いえ、なんでもありません! ……えっと、改めてよろしくお願いします、ラファエル様。お力を貸してください!」

「もちろんさ。具体的な方法はこれから考えるとして、まずは関係者の証言を集めるといいんじゃないかな」

「はい、わかりました!」


 私は嬉しさを胸に、深く頭を下げる。

 ラファエル様も軽く笑ってから、そのまま廊下を歩き去っていった。


 その姿を見送ってから、私は改めて拳を握る。


(よし、頑張るんだ、私! アルティア様のために絶対、噂を払拭してみせる。ついでにラファエル様の恋路も叶えちゃうかもしれないし……!)


 ひとり盛り上がりながら、私は決意を新たにした。




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