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第18話 闇魔法の力


 黒い霧が、あたり一面を包んでいた。

 アルティア様の足元から広がったそれは、まるで意思を持っているかのように魔物たちを包み込んでいく。


 ひとたび触れた魔物は、痙攣し、苦しげに叫び声を上げ、その場に崩れ落ちた。


(『カースフォグ』だ……!)


 私は、心の中でその魔法の名前を呟いた。


 霧状の闇魔法。

 対象に触れることで神経に作用し、痛みと衰弱、混乱を引き起こす。


 じわじわと体力を奪っていく、恐ろしい毒霧。

 でも、それだけじゃなかった。


 アルティア様の手のひらに、次々と生まれていく漆黒の球体――。


(『カースブロット』……!)


 放たれたそれは、空中を滑るように飛び、魔物の腹に直撃する。

 瞬間、その部位が黒ずみ、腐敗し、魔物は地に伏した。


 一発で、だ。


 あんなに大きな魔物が、黒い球に触れただけで、まるで糸が切れたように崩れ落ちていく。


「なんだあれ……!」

「や、やばすぎる……!」


 周囲の生徒たちが怯えたように叫ぶ声が、耳に届いた。


 当然だ。あんな魔法、見たこともないだろうから。


 人間に当たれば――いや、当たらなくても、あの毒霧に巻き込まれるだけで致命傷になる。

 それほどの魔法を、アルティア様は今、制御して使っている。


 誰にも当てず、味方を巻き込まず。


 ただ魔物だけを的確に、確実に――。


「……っ、すごい」


 でも、気づいてしまった。

 アルティア様の表情が、わずかに曇ったことに。


 ちらりと、教員たちの方を見た彼女の瞳に、傷ついたような影が浮かんでいた。

 教員たちは――誰一人、動いていない。


 いや、動けないのかもしれない。


 あの力を見て、呆然と立ち尽くしている。


「アルティア様……っ!」


 私は、彼女の隣に立った。


「何があっても、私は隣にいます!」

「僕もだ」


 ラファエル様がすぐに加わる。

 三人で並び立つ。


 私とラファエル様も負けじと魔法を放ち、魔物を倒していく。


 アルティア様は、一瞬だけ驚いた顔をして――そして、ふっと微笑んだ。


「ありがとう。……大丈夫よ、私なら問題ないわ」


 その言葉と共に、再び黒い球が放たれる。

 一つ、二つ、三つ――次々と飛び出す『カースブロット』が魔物を正確に撃ち抜いていく。


 もう、誰も止められない。


 この場にいる全員が、ただ圧倒されるしかなかった。


 ――そして。

 気づけば、ダンジョンから現れた魔物は、すべて倒れていた。


 黒いもやは、ゆっくりと晴れていく。


 まるで、舞台の幕が降りるように。


 広場には、静寂が戻ってくる。

 だけど、それは決して穏やかなものじゃなかった。


 地面に転がる無数の魔物の残骸。


 黒く爛れ、崩れかけた身体。

 腐蝕してぼろぼろになった羽や脚――その異様な有様に、辺りは誰一人として声を出せなかった。


 アルティア様のそばに立ちながら、私は周囲の反応をじっと見ていた。


「な……なんだあれ……」

「魔法、だったのか……?」

「人に……使っていたら……」


 誰かがそう呟いた。

 他の生徒たちも同じように、怯えたような顔でアルティア様を見ていた。


 彼女は、ゆっくりと杖を下ろしていた。


 その身体は小さく震えていたけれど、それでも気丈に立っている。

 黒いもやはもう、完全に消えていた。


 教員たちもようやく動き始め、怪我人や避難した生徒の確認を始めていた。


「死者はいない! 全員、無事のようだ!」


 その声に、生徒たちから安堵の溜息が漏れる。

 けれど――誰一人、アルティア様に「ありがとう」と言う者はいなかった。


 あれほどの魔物を殲滅して、誰も死なせなかったというのに。


 普通なら、称賛されるはずなのに。


 私は、悔しくてたまらなかった。


「なんで……」


 喉の奥がぎゅっと痛くなって、言葉がこぼれそうになる。


「アルティア様が、あんなに頑張って――みんなを、守ったのに」

「セレナ」


 優しくて、それでいて毅然とした声が、私を呼び止めた。

 振り返ると、アルティア様が私を見ていた。


 その表情は、静かに整えられていて――少しだけ、微笑んでいた。


「私は大丈夫よ。だから、怒らないで」


 その笑顔は、寂しさを隠すように見えたけれど――私は、それでもう、何も言えなかった。


 この人は、強い。

 孤独を知っていて、今も誤解されているのに、それでも人を守ることを選んだ。


 やっぱり、私は――この人が、大好きだ。


 ラファエル様も、私たちの隣に歩み寄ってきた。

 彼の表情は、普段の柔らかさよりも、ずっと真剣だった。


「アルティア嬢」


 彼は、彼女の前に立って、まっすぐに言った。


「君のおかげで助かった。君がなければ、今ごろもっと酷いことになっていた」

「……ありがとうございます、ラファエル様」


 アルティア様が、少しだけ目を伏せてそう答える。


 その場には、もう魔物の気配はなかった。

 代わりに、冷たい沈黙と、緊張の残滓が重く漂っていた。


 でも、そんな空気を切り裂くように、声が響いた。


「――とうとう正体を現したな、アルティア!」


 レオナード殿下の怒声が、静まり返った広場に響き渡った。

 その声は、まるで待ち構えていたかのように、確信と非難に満ちていた。


 私は思わずアルティア様の隣に立ち、彼女を庇うように一歩前に出た。


 ラファエル様も同じように、彼女の反対側に立ち、鋭い視線をレオナード殿下に向ける。


「殿下、今の言葉はどういう意味ですか?」


 アルティア様は冷静な声で問い返す。

 その声音には、怒りも焦りもなく、ただ静かな威厳があった。


「とぼけるな! お前が闇魔法を使ったことは、皆が見ていた!」


 レオナード殿下は指を差し、周囲の生徒たちを見回す。


「あの黒い霧、腐食する球体……あれが闇魔法でなくて何だというのだ!」


 生徒たちはざわめき、互いに不安げな視線を交わす。


 中には頷く者もいれば、目を逸らす者もいる。


「確かに、あの魔法は……」

「見たことのない力だった……」

「やはりアルティア様が闇魔法に目覚めたというのは本当だったのか……」


 ミランダはレオナード殿下の後ろで、怯えたように口元に手を当てている。

 しかし、その目はどこか楽しげに細められ、唇の端がわずかに上がっていた。


 ジェラルドは剣の柄に手をかけ、鋭い目でアルティア様を睨みつけている。


 その視線には、明確な敵意と警戒が込められていた。


「アルティア嬢、あなたが闇魔法を使えること自体が問題なのです」


 ジェラルドの声は低く、しかしはっきりとした非難の色を帯びていた。


「私は、ただ皆を守るために力を使っただけです」


 アルティア様は一歩前に出て、堂々と答える。


「私の魔法がなければ、多くの生徒が危険に晒されていたでしょう」

「そんなの信じられん!」


 レオナード殿下は叫ぶ。


「お前は闇魔法の使い手だ! その力が暴走すれば、どれだけの被害が出るか分からない!」

「暴走などしていません。私は自分の力を制御しています」

「それを誰が証明する? 闇魔法を使うお前自身の言葉など、信用できるものか!」


 レオナード殿下は周囲を見回し、生徒たちの不安を煽るように続ける。


「皆、見ただろう? あの恐ろしい魔法を! あれが制御されていると言えるのか?」


 生徒たちは再びざわめき、不安げな表情を浮かべる。

 その中には、アルティア様を恐れるような視線を向ける者もいた。


 私は悔しさで唇を噛みしめた。


 アルティア様は皆を守るために力を使ったのに、どうしてこんな目で見られなければならないのか。


「失礼ですが、アルティア様が魔法で魔物を殲滅し、皆を守ったのは明白です! 闇魔法も制御しきって

いました!」


 私は我慢できず、アルティア様の隣でそう主張した。


 レオナード殿下は私のことを煩わしいと思うように視線を向けてから、それでも続ける。


「だが、あの魔物たちの異常事態はどう説明する! お前がダンジョンに入った瞬間に地震が起こり、魔物が暴走したぞ!」

「それは言いがかりです! アルティア様のせいじゃありません!」

「だが今まで一度も問題なかった訓練ダンジョンだ! 闇魔法の使い手がやってきたから暴走したと考える方が妥当だろう!」


 その言葉に、生徒たちは再びざわめき、アルティア様を見る目が変わっていく。


 疑念と恐怖が混じった視線が、彼女に向けられた。


 私は怒りで体が震えるのを感じた。

 どうして、こんな理不尽な言いがかりを受けなければならないのか。


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― 新着の感想 ―
ざまあが楽しみでしかない。 ぎったぎったにやられてほしい。
少なくとももう一人闇魔法確定で使えるヤツがいるのにそっちに敵意向けないの意味不明だしコイツを救う意味ないよなあ
この世界には情報収集専門の部隊は無いのかな? 歴史を振り返っても基本的にスパイや忍者みたいな組織や集団は結構存在しています。 当然、王族にもそのような部隊が無いと言うのも変だと思います。
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