表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17話 訓練ダンジョン


 午後の授業は、学園の地下にある訓練ダンジョンでの実戦だった。

 広大な敷地を持つこの学園では、魔法の実戦訓練のために小規模なダンジョンを管理している。


 普段は教員たちの監視のもと、安全な魔物しか出ないよう制御されていて、特別な危険はない。


「今日の課題は、ダンジョン内での戦闘と連携の確認。複数の班に分かれて進行します」


 教員の説明に、生徒たちがざわざわと反応する。

 まあ、いつも通りの進行だ。

 特に難しい内容じゃないはず。


 でも、今日は空気が違っていた。


 ダンジョン前に集まる生徒の中に――見慣れた顔があった。


(レオナード王子と……ミランダ、そしてジェラルドも)


 王子の側にはいつものようにミランダが寄り添い、ジェラルドはその隣で剣の柄に軽く手をかけている。


 ミランダは笑っていた。柔らかい微笑み。

 まるで優等生がただそこに立っているだけのような。


 けれど、その笑みの奥に、なにかぞくっとするような不気味さを感じた。


「クラスをまたいだ合同授業らしいね」


 ラファエル様が隣で呟いた。


「ええ……あの三人がいるの、偶然じゃないですよね」


 私は答えながら、じっとミランダの動向を目で追っていた。


 授業は予定通り開始された。

 いくつかのグループが先にダンジョン内へと入っていく。


 私とアルティア様、ラファエル様の三人は、少し遅れてグループに指定された。


 ダンジョン前、各グループが点呼と装備確認をしている中――。

 気配を感じて視線を上げると、少し離れた場所でレオナード殿下がこちらを見ていた。


 隣にはミランダ、そしてその傍らにはジェラルドの姿もある。


 三人はまるで最初から並ぶようにしてそこに立っていて、視線は一直線にアルティア様へと注がれていた。


 ミランダは優雅に笑みを浮かべていたけれど、レオナード殿下とジェラルドは険しい表情をしていた。


「……闇魔法が使えるようになったのだろう、アルティア」


 突然、レオナード殿下が歩み寄ってきて、アルティア様にだけ聞こえるような声で言った。


 その声には、嘲りと確信が滲んでいた。

 私は思わず身構える。


 アルティア様は一歩も引かず、静かに口を開いた。


「それが事実だとしても、殿下には関係のないことです。それとも、いまだに私の婚約者のつもりでいらっしゃるのですか?」


 冷たい微笑とともに返すその声は、まっすぐで――気品に満ちていた。


「私はブライトウッド公爵令嬢です。それ相応の敬意を払っていただけませんか?」

「なっ……」


 レオナード殿下の顔に、明らかな狼狽の色が走った。


「貴様、誰に向かって……!」


 その怒りを飲み込むように唇を噛む彼に、アルティア様はまったく動じなかった。


「言葉遣いに気をつけていただければ、聞くだけは聞きますわ」


 殿下はぐっと睨みつけてきたが、それ以上何かを言うことはできなかった。

 代わって、隣にいたジェラルドが前に出る。


「アルティア嬢」


 その声は低く、どこか冷えた響きがあった。


「もし本当に、あなたが闇魔法を使えるのなら……あなたは、この国にとって危険人物です。その時は――覚悟しておいてください」


 真っ直ぐで、揺るがない意志を込めたその瞳は、敵意というより使命感に近い。

 アルティア様は微動だにせず、静かに彼の目を見返すだけだった。


 そして、もう一人――。


「……闇魔法は、危険な魔法のようですから」


 ミランダが小さく口を開いた。

 言葉自体は控えめで、非難しているようには聞こえない。


 でも――。


 その柔らかな声の裏に潜む感情に、私はゾクリと背筋が冷えた。


「だからこそ、私たちは注意を怠らないようにしないといけませんわよね」


 どこまでも優しげな笑みを浮かべながら、ミランダは言った。

 まるで、全てが善意の仮面の下にあるように。


 でも、私は見抜いている。


 それは――とても、悪意のこもった、微笑だった。


 そうして三人は言いたいことを言ったのか、私達から離れた。


「あの三人は気にしないでいきましょう、アルティア様」

「ええ、そうね」


 そう話していると、いくつかのグループが先にダンジョン内へと入っていく。

 私とアルティア様、ラファエル様の三人は、少し遅れてダンジョンに入るグループに指定されていた。


 そして教員たちに「次のグループ、入りなさい」と指示された。


「セレナ、いきましょう」

「はい!」


 アルティア様が、いつものように毅然と立って、ダンジョンの入り口に足を向ける。


 その瞬間――。


「――今です」


 風に乗って届いた、かすかな声。

 私の耳に届いたのは、確かにミランダの声だった。


 そして――足元が揺れた。


 ミランダの口元が、わずかに動いた気がした。

 その声が空気を震わせた直後、ぐらりと大地が揺れた。


「きゃっ……!」

「な、何!?」


 地面が波打つように振動し、生徒たちが一斉に足を止める。

 ダンジョン前の広場が、不安定な重力の中できしみ、足元の石畳がかすかに音を立てた。


 小刻みに、だが確実に横揺れが続き、ダンジョンの結界がわずかに軋んだ音を立てる。


「じ、地震!?」

「こんな場所で、まさか――」


 悲鳴混じりの声がいくつも上がった。


 私もとっさにアルティア様の手を取る。


 彼女は冷静な表情のまま、小さく私の手を握り返してくれた。


 この国は地震が滅多に起きない地域だ。


 それだけに、生徒たちも教員も全員が不意を突かれ、瞬間的に静寂に包まれた。


「大きな揺れではない! 落ち着け!」


 教員の一人が声を張り上げた。

 地震が収まると同時に、周囲の空気がどこか気まずい沈黙に変わった。


「訓練用のダンジョンには問題ないようだ。構造上、揺れには強いはずだ」


 教員たちは顔を見合わせながら、様子を確認している。


「結界も反応していないし……よし、特に異常はないな。では、次のグループ――」


 その時だった。


「――きゃあああああっ!!」


 遠く、ダンジョンの奥から絶叫が響いてきた。

 同時に、出入り口の結界が青白く揺れ動く。


 そこから、先に入っていた生徒たちの姿が見えた。

 数人が、髪を振り乱し、顔を蒼白にして逃げ出してくる。


「だ、誰かっ! た、助け――!」

「嘘だろ!? あんな魔物、訓練ダンジョンにいないって言ってたじゃん!!」

「殺される……マジで、殺されるって……!」


 彼らの背後、ダンジョンの入り口から――黒い影が、次々と這い出てきた。

 一体、二体、三体……いや、もっと。


「ま、魔物だ!」

「数が……多い!? あんなに一度に出てくるなんて――」


 出現した魔物は、訓練用のとはまるで違っていた。


 目が血走り、牙を剥き、明らかに殺意に満ちている。

 骨格の大きい獣型、羽を持つ飛行型、小柄で素早い虫型――種類も規模も訓練用とは段違いだった。


 何かが、おかしい。


「くっ、ダンジョン入り口の結界が破られてる!? 結界の反応はなかったはずなのに!」


 駆け寄った教員の一人が、ダンジョンの入口を見て叫んだ。


「急いで防衛線を――!」


 その前に、魔物たちが怒涛の勢いで広場へと押し寄せてきた。

 生徒たちは悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す。


 教員たちも応戦を始めたが、完全に不意を突かれた形だった。


「っ、セレナ、来て!」

「はい!」


 私は咄嗟に火球を作り出し、目の前の魔物へと撃ち込んだ。


 アルティア様はその隣で、水の刃を魔物へ向けて発射する。


 それでも――多い。多すぎる。


 倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。


 私の火魔法では捌ききれない。


「くっ、セレナ嬢、合同魔法だ!」

「はいっ!」


 ラファエル様と同時に魔法を放ち、威力を上げて一気に魔物を消し飛ばす。

 上手くいったけど――。


「多い……多すぎます!」


 さらに後ろから、次々と魔物たちが現れてくる。

 教員たちも対処を始めたが、生徒たちの安全確保に追われて動きが鈍い。


 私たちは、完全に前線に立たされている状態だった。


「アルティア様、どうしましょう!?」

「……私が、やるわ」


 アルティア様の声は、静かだった。

 けれどその声に、私は息を呑んだ。


「今の私なら……もう、制御できる」


 そう言って、彼女は両手を前にかざした。

 ゆらり、と立ち昇る黒いもや。


 それが空気を巻き込むように広がっていく。


「闇よ、従え――」


 低く呟いたその言葉とともに、空気が一変した。

 魔物たちが、彼女の放つ黒の気配に怯んだ。


 周囲の温度が下がったような錯覚に包まれながら、私はただ、見つめていた。


 これが、アルティア様の力。


 禁忌と呼ばれた魔法の、真の姿。


 でも私は、怖くなかった。


 だって、この力で彼女は、守ろうとしているのだから。


 私も、隣に立たなきゃ。


 守られるばかりじゃなくて、彼女を――一緒に、戦うんだ。



面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!

ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これミランダが闇魔法使ったって事だよね…? あの謎の杖も「共鳴して目覚めさせる」魔法でも仕込んでおけば納得できるし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ