第11話 課金アイテムの力、そして
――翌朝、私はいつもよりほんの少しだけ早く目を覚ました。
眠気が残っているはずなのに、体が自然と動いたのは、胸の奥で高鳴るこの感覚のせいだと思う。
そう、昨日の宝珠。
火魔法の効果が二倍になる、夢のようなアイテム。
まさか本当にあんなものを手に入れることができるなんて――。
昨夜のうちに試してみたかったけど、さすがに屋敷で魔法なんか使えなかった。
じっと我慢して、今朝を迎えた。
もともと日本人生まれでゲームをやっていたくらいだ、魔法世界に入って魔法が扱えるというのはとても心が躍る。
そして今日は課金アイテムの効果を試すとあって、さらに期待が大きい。
「行ってきます!」
屋敷の使用人に挨拶して、私は学園へと向かった。
馬車に揺られながら、私は昨日のことを思い返していた。
アルティア様に感謝されて、公爵様にまでお礼を言われた、あの夢みたいな時間。
……でも、それだけで満足していられない。
私はもっと強くならなきゃいけないんだ。
アルティア様を、ちゃんと守るために。
学園に着いて、いつも通り教室に入って、最初の座学の授業を受ける。
でも正直、内容は全然頭に入らなかった。
だって、今日のメインは実技授業。
火魔法を使う、あの時間。
そしてその時間は、思ったよりも早くやってきた。
「次、セレナ・リンウッド。火魔法を」
先生に名前を呼ばれて、私は練習場の中央に立った。
深呼吸ひとつ。
手のひらに意識を集中させて、体の奥から魔力がじわじわと熱を帯びていくのを感じる。
「ファイアランス!」
呪文と共に、火の槍が勢いよく放たれた。
その瞬間、空気が震えた。
今までの火魔法とは、明らかに違う。
大きく、強く、そして鋭い。
火の槍は、一瞬で魔法人形を黒焦げにしてしまった。
周りの生徒たちの驚きが、すぐにざわざわと広がる。
「今の……セレナ嬢だよね?」
「なんで、あんな威力が……?」
「すご……」
私は自分の手を見つめた。
確かに、宝珠の力が働いている。
あの赤い球が、本当に私の魔法を強くしてくれているんだ。
(やっぱり……本物だ。課金アイテムって、やっぱりすごい!)
「セレナ」
その声に振り返ると、アルティア様が近くまで来ていた。
その表情には驚きと、少しの興味が浮かんでいる。
「今の火魔法……すごかったわね。あの宝珠の力?」
「はい、そうです!」
私は思わず笑顔になる。
「でも、どうやって効果を引き出せたの? 使い方がわからなかったはずでしょう?」
「あ……それがですね……」
まずい、どうしよう。
本当は前世のゲーム知識で知っていた。
砕けばいいと、でもそんなこと言えるわけがない。
「えっと……調べてる時に、うっかり落として割っちゃって……。それで、急に力が湧いてきたんです」
「……偶然、なの?」
「はい、たぶん」
アルティア様は少し目を丸くしたけれど、すぐに優しく微笑んだ。
「なら、良かったわ。でも無理はしないでね。効果が強い分、負担も大きいはずだから」
「はい、ありがとうございます!」
その優しさが、じんわりと胸に染みる。
でも、落ち着く暇はなかった。
また、他の生徒たちがアルティア様のところに集まってきたのだ。
「アルティア様、ぜひ私と実践の訓練をしてくださいませ」
「私もお願いします」
前までは話しかけに来ていなかった人達が、そう言ってアルティア様を誘ってくる。
しかし本当の狙いは別で……。
「ぜひあのパーティーの真相をお聞きしたく……」
「王子との婚約破棄、詳しく知りたいんですが……」
また、その話題だ。
アルティア様は相手の目を見て、穏やかに頷いてはいるけれど――その瞳の奥に、わずかに影が差しているのが私にはわかった。
「……申し訳ありません。あの件については、もう話すべきことはありませんの」
そう言って笑顔を作るアルティア様。
だけどその口元はどこかぎこちなくて、目も疲れているように見える。
もう何度も同じ質問をされて、内心では嫌気が差しているのだろう。
「お忙しいとは思いますが、ほんの少しでも……」
「お願いです、皆が気になっているので……」
ぐいぐいと食い下がってくる生徒たちに、私はたまらず一歩前に出た。
「すみません、アルティア様。先生が次の授業の準備を手伝ってほしいとのことで、お呼びです!」
私の言葉に、アルティア様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにその意図を察してくれたのだろう。
「あ……そうね、ありがとう、セレナ」
私はそっとアルティア様の腕を取って、その場から離れる。
「ありがとう、セレナ」
「いえ、当然です。私は、アルティア様を守りたいんですから」
そう言いながら歩く私たちの歩幅は自然と揃い、気づけば校舎の裏手にある、静かな練習場まで来ていた。
「ここなら、誰にも邪魔されないわね」
アルティア様がふっと微笑む。
「少し、魔法の練習をしませんか?」
「ぜひ!」
練習場には、木製の魔法人形がいくつも立ち並んでいる。
夕方の光が差し込む中、私たちは向かい合った。
「じゃあ、軽く勝負でもしましょうか。セレナ、準備はいい?」
「もちろんです!」
私には、昨日もらった宝珠の効果が確かに宿っている。
火魔法の威力が二倍。
今の私なら、アルティア様にも勝てるかもしれない。
戦闘方法は相手の隣に置いてある魔法人形を先に壊した方が勝ち、という感じだ。
「ファイアランス!」
私が叫ぶと同時に、炎の槍が放たれた。
その威力は今までの比ではない。
真っ直ぐに放たれた炎は、空気を裂き、アルティア様の魔法人形めがけて飛んでいく――。
けれど。
「アクア・シールド!」
アルティア様の放った水の盾が、私の炎をあっさりと包み込んだ。
炎は水に飲まれ、静かに蒸気となって消える。
「ふふ、やっぱり火と水じゃ、私が有利ね」
「もう一度、お願いします!」
私はすぐさま次の呪文を構える。
「フレイムバースト!」
今度は広範囲に爆発する火球を放つ。
それでも、アルティア様は落ち着いたままだ。
「アクアランス!」
鋭い水の槍が、私の火球を貫いた。爆発する前に消される、鮮やかなカウンター。
――やっぱり、アルティア様はすごい。
火魔法が二倍になっても、私はまだ届かない。
威力は私のほうが上なのかもしれないけど、やはり魔法の操作が何枚も上手だ。
でも、だからこそ私はもっと強くなりたいと思った。
「すごいですね、アルティア様……」
「ふふ、あなたも十分強くなったわよ。あと少しで、私にも勝てるんじゃないかしら?」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
「もっと、頑張ります!」
「ええ、私も負けないように精進するわ」
そう言って私達はまた杖を構えて、魔法を放った。
練習が終わり、私たちは並んで校舎の廊下を歩いていた。
窓の外には、夕陽が沈みかけていて、長い影が床に伸びている。
「今日もお疲れ様でした、アルティア様」
「ええ、あなたもね」
そんな風に、いつものように微笑み合ったその時――。
「あれ……?」
少し離れた場所に、人影があった。見覚えのある、あの姿。
レオナード王子。
彼は、ようやく謹慎を終えて、今日から学園に戻ってきたのだろう。
でも――その姿は、以前のような堂々とした王子ではなかった。
謹慎処分により、彼は王位継承権を失った。
かつては第一王子として、誰もが彼の前に頭を垂れていたのに。
今は、その立場も、名誉も、地に落ちた。
学園内でも、彼に対する視線は冷ややかだ。
以前なら、周囲に侍る取り巻きがいたが、今は彼一人。
それでも――彼は笑っていた。
私たちをじっと見つめ、口の端をゆっくりと吊り上げる。
(何か、企んでる……?)
その笑みが、不気味で、嫌な予感しかしなかった。
その時。
「あら、杖……誰かが落としたのかしら」
アルティア様がしゃがみ込んで、地面に落ちていた杖を拾い上げようとした。
何か、嫌な予感がした。
「アルティア様っ!!」
彼女の名前を叫んだ瞬間、杖から黒いもやが吹き出した。
冷たい空気が一気に広がり、辺りの空間を包む。
「これは――!?」
アルティア様の姿が、そのもやの向こうに消えていくのが見えたと思った瞬間には、もう全く見えなくなっていた。
まるで、そこだけが別の世界みたいに。
「アルティア様っ!」