表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/30

第11話 課金アイテムの力、そして


 ――翌朝、私はいつもよりほんの少しだけ早く目を覚ました。


 眠気が残っているはずなのに、体が自然と動いたのは、胸の奥で高鳴るこの感覚のせいだと思う。


 そう、昨日の宝珠。

 火魔法の効果が二倍になる、夢のようなアイテム。


 まさか本当にあんなものを手に入れることができるなんて――。


 昨夜のうちに試してみたかったけど、さすがに屋敷で魔法なんか使えなかった。


 じっと我慢して、今朝を迎えた。


 もともと日本人生まれでゲームをやっていたくらいだ、魔法世界に入って魔法が扱えるというのはとても心が躍る。


 そして今日は課金アイテムの効果を試すとあって、さらに期待が大きい。


「行ってきます!」


 屋敷の使用人に挨拶して、私は学園へと向かった。


 馬車に揺られながら、私は昨日のことを思い返していた。


 アルティア様に感謝されて、公爵様にまでお礼を言われた、あの夢みたいな時間。


 ……でも、それだけで満足していられない。

 私はもっと強くならなきゃいけないんだ。


 アルティア様を、ちゃんと守るために。

 学園に着いて、いつも通り教室に入って、最初の座学の授業を受ける。


 でも正直、内容は全然頭に入らなかった。


 だって、今日のメインは実技授業。

 火魔法を使う、あの時間。


 そしてその時間は、思ったよりも早くやってきた。


「次、セレナ・リンウッド。火魔法を」


 先生に名前を呼ばれて、私は練習場の中央に立った。


 深呼吸ひとつ。

 手のひらに意識を集中させて、体の奥から魔力がじわじわと熱を帯びていくのを感じる。


「ファイアランス!」


 呪文と共に、火の槍が勢いよく放たれた。

 その瞬間、空気が震えた。


 今までの火魔法とは、明らかに違う。


 大きく、強く、そして鋭い。

 火の槍は、一瞬で魔法人形を黒焦げにしてしまった。


 周りの生徒たちの驚きが、すぐにざわざわと広がる。


「今の……セレナ嬢だよね?」

「なんで、あんな威力が……?」

「すご……」


 私は自分の手を見つめた。


 確かに、宝珠の力が働いている。

 あの赤い球が、本当に私の魔法を強くしてくれているんだ。


(やっぱり……本物だ。課金アイテムって、やっぱりすごい!)


「セレナ」


 その声に振り返ると、アルティア様が近くまで来ていた。

 その表情には驚きと、少しの興味が浮かんでいる。


「今の火魔法……すごかったわね。あの宝珠の力?」

「はい、そうです!」


 私は思わず笑顔になる。


「でも、どうやって効果を引き出せたの? 使い方がわからなかったはずでしょう?」

「あ……それがですね……」


 まずい、どうしよう。

 本当は前世のゲーム知識で知っていた。


 砕けばいいと、でもそんなこと言えるわけがない。


「えっと……調べてる時に、うっかり落として割っちゃって……。それで、急に力が湧いてきたんです」

「……偶然、なの?」

「はい、たぶん」


 アルティア様は少し目を丸くしたけれど、すぐに優しく微笑んだ。


「なら、良かったわ。でも無理はしないでね。効果が強い分、負担も大きいはずだから」

「はい、ありがとうございます!」


 その優しさが、じんわりと胸に染みる。


 でも、落ち着く暇はなかった。

 また、他の生徒たちがアルティア様のところに集まってきたのだ。


「アルティア様、ぜひ私と実践の訓練をしてくださいませ」

「私もお願いします」


 前までは話しかけに来ていなかった人達が、そう言ってアルティア様を誘ってくる。

 しかし本当の狙いは別で……。


「ぜひあのパーティーの真相をお聞きしたく……」

「王子との婚約破棄、詳しく知りたいんですが……」


 また、その話題だ。


 アルティア様は相手の目を見て、穏やかに頷いてはいるけれど――その瞳の奥に、わずかに影が差しているのが私にはわかった。


「……申し訳ありません。あの件については、もう話すべきことはありませんの」


 そう言って笑顔を作るアルティア様。

 だけどその口元はどこかぎこちなくて、目も疲れているように見える。


 もう何度も同じ質問をされて、内心では嫌気が差しているのだろう。


「お忙しいとは思いますが、ほんの少しでも……」

「お願いです、皆が気になっているので……」


 ぐいぐいと食い下がってくる生徒たちに、私はたまらず一歩前に出た。


「すみません、アルティア様。先生が次の授業の準備を手伝ってほしいとのことで、お呼びです!」


 私の言葉に、アルティア様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにその意図を察してくれたのだろう。


「あ……そうね、ありがとう、セレナ」


 私はそっとアルティア様の腕を取って、その場から離れる。


「ありがとう、セレナ」

「いえ、当然です。私は、アルティア様を守りたいんですから」


 そう言いながら歩く私たちの歩幅は自然と揃い、気づけば校舎の裏手にある、静かな練習場まで来ていた。


「ここなら、誰にも邪魔されないわね」


 アルティア様がふっと微笑む。


「少し、魔法の練習をしませんか?」

「ぜひ!」


 練習場には、木製の魔法人形がいくつも立ち並んでいる。

 夕方の光が差し込む中、私たちは向かい合った。


「じゃあ、軽く勝負でもしましょうか。セレナ、準備はいい?」

「もちろんです!」


 私には、昨日もらった宝珠の効果が確かに宿っている。

 火魔法の威力が二倍。


 今の私なら、アルティア様にも勝てるかもしれない。


 戦闘方法は相手の隣に置いてある魔法人形を先に壊した方が勝ち、という感じだ。


「ファイアランス!」


 私が叫ぶと同時に、炎の槍が放たれた。

 その威力は今までの比ではない。


 真っ直ぐに放たれた炎は、空気を裂き、アルティア様の魔法人形めがけて飛んでいく――。


 けれど。


「アクア・シールド!」


 アルティア様の放った水の盾が、私の炎をあっさりと包み込んだ。

 炎は水に飲まれ、静かに蒸気となって消える。


「ふふ、やっぱり火と水じゃ、私が有利ね」

「もう一度、お願いします!」


 私はすぐさま次の呪文を構える。


「フレイムバースト!」


 今度は広範囲に爆発する火球を放つ。

 それでも、アルティア様は落ち着いたままだ。


「アクアランス!」


 鋭い水の槍が、私の火球を貫いた。爆発する前に消される、鮮やかなカウンター。


 ――やっぱり、アルティア様はすごい。

 火魔法が二倍になっても、私はまだ届かない。


 威力は私のほうが上なのかもしれないけど、やはり魔法の操作が何枚も上手だ。


 でも、だからこそ私はもっと強くなりたいと思った。


「すごいですね、アルティア様……」

「ふふ、あなたも十分強くなったわよ。あと少しで、私にも勝てるんじゃないかしら?」


 その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。


「もっと、頑張ります!」

「ええ、私も負けないように精進するわ」


 そう言って私達はまた杖を構えて、魔法を放った。



 練習が終わり、私たちは並んで校舎の廊下を歩いていた。

 窓の外には、夕陽が沈みかけていて、長い影が床に伸びている。


「今日もお疲れ様でした、アルティア様」

「ええ、あなたもね」


 そんな風に、いつものように微笑み合ったその時――。


「あれ……?」


 少し離れた場所に、人影があった。見覚えのある、あの姿。


 レオナード王子。

 彼は、ようやく謹慎を終えて、今日から学園に戻ってきたのだろう。


 でも――その姿は、以前のような堂々とした王子ではなかった。


 謹慎処分により、彼は王位継承権を失った。


 かつては第一王子として、誰もが彼の前に頭を垂れていたのに。


 今は、その立場も、名誉も、地に落ちた。


 学園内でも、彼に対する視線は冷ややかだ。

 以前なら、周囲に侍る取り巻きがいたが、今は彼一人。


 それでも――彼は笑っていた。


 私たちをじっと見つめ、口の端をゆっくりと吊り上げる。


(何か、企んでる……?)


 その笑みが、不気味で、嫌な予感しかしなかった。

 その時。


「あら、杖……誰かが落としたのかしら」


 アルティア様がしゃがみ込んで、地面に落ちていた杖を拾い上げようとした。

 何か、嫌な予感がした。


「アルティア様っ!!」


 彼女の名前を叫んだ瞬間、杖から黒いもやが吹き出した。


 冷たい空気が一気に広がり、辺りの空間を包む。


「これは――!?」


 アルティア様の姿が、そのもやの向こうに消えていくのが見えたと思った瞬間には、もう全く見えなくなっていた。


 まるで、そこだけが別の世界みたいに。


「アルティア様っ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ