第10話 お礼の品で
その後、私はアルティア様に導かれて、ブライトウッド公爵家の本邸の中を歩いていた。
「こちらよ、セレナ。遠慮しないで」
「はい……!」
私は返事をしながらも、心の中では落ち着かない気持ちだった。
本邸の廊下は、どこもかしこもまるで美術館のように豪奢だった。
壁に飾られた絵画はどれも見事な筆致で、額縁には金細工が施されている。
並べられた花瓶や調度品の一つ一つも、見るからに高価そうで、私などが軽々しく近づいていい場所ではない気がしてならなかった。
(うっかり触ったりしたら、大変なことになる……!)
私は子爵家の令嬢とはいえ、これほどの空間に慣れているわけではない。
アルティア様の背中を見失わないようについていきながら、内心は冷や汗が止まらなかった。
「ここが、宝物庫よ」
「ほ、宝物庫……!?」
重厚な扉が目の前に立ちふさがる。
その扉は細かく彫刻が施され、金色に輝いていた。
いかにも、貴重な品々が納められている場所であると物語っている。
アルティア様が扉を開けると、その中は言葉を失うほどの光景だった。
「わぁ……」
思わず、息が漏れた。
室内には、煌びやかな宝石や、美しく磨かれた装飾品、歴史を感じさせる武具が整然と並べられていた。
どれも一目見ただけで、並外れた価値があるとわかる。
「お父様が、好きなものを一つ選んで持っていっていいと仰っているわ」
「えっ……!? い、いえ、それは……!」
私は慌てて首を振った。
こんな貴重な物の中から、一つ選べだなんて……。
「無理です! どれも、私にはもったいなさすぎます!」
「遠慮しないで。今日は、私からの感謝の気持ちを伝えたいの」
アルティア様は、まっすぐに私を見つめた。
その真剣な瞳に、私は言葉を失う。
(どうしよう……でも、本当にいいの?)
どれを選べばいいか、迷っていると、ふと赤い光が目に入った。
――赤い球体。
手のひらほどの大きさで、透明感のあるその宝珠は、淡い光を湛えていた。
「これは……?」
「それは、火魔法の効果が二倍になる宝珠よ。ただ、使い方がわからなくて……。効果は確かだけど、どうやって使えばいいのか不明なの。だから、こうして保管してあるのよ」
「火魔法、二倍……!」
胸が高鳴った。
これは、ゲームで見たことがある。
確か――砕けば、永久に火魔法が強化されるという、まさにチート級のアイテムだったはず。
(普通なら、砕くなんて思わない。でも、私は知っている……この宝珠の本当の価値を)
「……これを、いただいてもいいですか?」
「本当に? 効果は素晴らしいけれど、使い道がわからないものよ?」
「はい。これの使い方をきちんと調べて、もっと強くなって、アルティア様を守れるようになりたいんです!」
私の言葉に、アルティア様は驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐにその瞳が優しく細められ、柔らかな微笑みが浮かぶ。
「そう。わかったわ。でも……今度は私が、あなたを守るから」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます……!」
「ふふ、お礼を渡しただけよ」
そう言って微笑むアルティア様は、やはり変わらず美しく、そして温かかった。
宝珠を手にしながら、私は幸せな気持ちでその場を後にした。
それから私たちは、庭へと出た。
夕陽が花々を照らし、辺りは金色の光に包まれていた。
「……ラファエル様?」
庭の一角で見覚えのある姿がこちらに振り向く。
ラファエル・アスター。
アルティア様の力になった、もう一人の協力者だった。
「こんにちは、セレナ嬢」
「こんにちは、ラファエル様」
なぜここに? と首をかしげる私に、アルティア様が説明を加える。
「彼にも助けられたもの。当然、招待したわ」
「僕は、遠慮したつもりだったんだけどね」
ラファエル様は苦笑しながら言った。
「でも、助けられて何もお礼をしないなんて、ブライトウッド家の令嬢として許されませんもの」
「さすが、アルティア様です……」
毅然とした態度で、相手の遠慮を受け入れない。
その姿に、私はまた感動していた。
「ラファエル様も、何かお受け取りになったのですか?」
「うん、これだよ」
ラファエル様は、腰に提げた剣を見せてくれる。
装飾は控えめだが、確かな存在感があった。
「ただの飾り用の剣だよ」
「魔法効果のある剣もご用意したのですが、こちらを選ばれましたの」
「僕の家にも剣はあるし、これ以上はもらいすぎだからね」
そう言うが、その剣ひとつで、どれほどの価値があるのか……。
きっと、私の家の屋敷くらいはいくつも買えてしまうはずだ。
「どう、セレナ嬢。僕、似合う?」
ラファエル様は、剣を軽く構えて笑った。
「ええ、とてもお似合いです」
私の返答に、彼は少しだけ笑みを深めた。
「ふふ、これくらいじゃ、意識してもらえないか」
「……え?」
小さな声で呟かれたその言葉は、私にははっきりとは聞こえなかった。
「相変わらずね、セレナは」
アルティア様が、楽しそうに笑う。
私は、二人の姿を交互に見ながら、この穏やかな時間を胸に刻んだ。
ここにいられることが、ただ嬉しくてたまらなかった。