第1話 推しの取り巻き令嬢に転生
私が取り巻き令嬢に転生してしまった。
ここは乙女ゲーム「ロゼ・アカデミア」の舞台であり、私は「悪役令嬢」と呼ばれるアルティア・ブライトウッドの取り巻き――という、なんとも微妙な立ち位置にいる。
前世ではゲームの中でさんざん聞いた「アルティア様のおっしゃる通りですわ!」を繰り返す役回りを、まさか自分がやることになるとは思わなかった。
でも私は、アルティア様をただの悪役扱いで終わらせるつもりはない。
もともとゲームをやっていた頃から、アルティア様のファンだったから。
あの銀髪に宿る凛とした美しさをずっと見てきたファンとして、彼女には幸せを掴んでほしい……それが私の本音だった。
今朝も学園へ登校し、正門前へと向かう。
すると、馬車から降りるアルティア様の姿が目に入った。
相変わらず、周囲の視線を一瞬で奪うほどの存在感を放っている。
「おはようございます、アルティア様!」
思わず声を張り上げると、彼女はちらりとこちらを見て、わずかに口角を上げた。
「おはよう、セレナ。今日も早いのね」
「はい。アルティア様にご挨拶したくて、ちょっとだけ早起きしました!」
自分でも少し舞い上がり気味だとわかっているが、この情熱を抑えるのは難しい。
私の大切な推しキャラに話しかけられる幸せ……!
すると、傍にいた他二人の取り巻き令嬢も、どこか呆れたように私を見やる。
彼女たちは取り巻き仲間ではあるけれど、アルティア様を深く慕っているわけではないらしい。
「セレナったら、いつもはしゃいでばかりね」
「ほんと。アルティア様にご迷惑をかけないよう、加減してちょうだい」
そんな言葉をかけられても、私はまったく気にしない。
むしろアルティア様の手を煩わせるようなことは絶対にしないと誓っているからこそ、全力で応援しているのだ。
「気にせずいらして。私も別に迷惑だなんて思っていないわ」
アルティア様が扇子を開きながら、優美に言葉を続ける。
その何気ない一言を耳にするだけで、私の胸はじんわりと温かくなった。
やがてホームルームが終わり、魔法実技の授業になる。
広い実技教室では、それぞれ属性の異なる生徒たちが魔法の訓練をするのだが、アルティア様の水属性は際立って優秀だ。
私は火属性を持ちながらも、たいして炎の扱いが上手ではない。
「セレナ、今日はどんな練習をするの?」
アルティア様が私に声をかける。
「あ、えっと、初歩的な火魔法を安定して出せるようになる練習です。威力は低めですけど、まずは安定した制御を目指そうかと……」
「悪いことではないわ。大きな炎ばかり追い求めても、実戦で扱いにくいだけよ」
「そうですよね!」
満面の笑みを浮かべて返事をする。
はぁ、今日もアルティア様は素敵ね。
そう思っていると、いきなり思わぬ事故が起きた。
別のクラスメイトが火魔法の練習をしていたところ、制御に失敗して炎が暴走し始めたのだ。
「きゃあっ!」
「誰か、水属性で消せる人はいないのかしら!?」
周囲がざわめき、悲鳴と混乱が広がる中、アルティア様は即座に行動を起こした。
「あなたたち、下がっていて」
扇子を軽く閉じて言い放つと、すぐさま水の魔法陣を展開。
豊かな水流が渦を巻きながら炎を包み込み、呆気ないほど簡単に鎮火してしまった。
あまりの手際の良さに、近くにいた生徒たちは息をのむ。
私もその一人だ。
「アルティア様……ありがとうございます!」
火を暴走させた女生徒が青い顔で頭を下げる。
「ええ、今後はもう少し気をつけることね。私も毎回消火してあげられるとは限らないのだから」
アルティア様はそう言い放ち、軽く扇子を振った。
冷たい口調に聞こえるが、実際は大惨事を防いだ後の注意喚起だろう。
しかし、周囲には「すごいけどやっぱり怖いわ……」「助けてもらったけど、怒らせたら大変そう」などと囁く声が交錯している。
私は彼女のそばに駆け寄る。
「アルティア様、大丈夫ですか? 魔力をかなり使われたんじゃ……」
「これくらい、朝飯前よ。セレナこそ、巻き込まれなかった?」
「はい、私も少し離れて見ていたので無事です。それにしても、さすがアルティア様ですね!」
私が心から感嘆すると、アルティア様はわずかに目を伏せ、扇子の向こうで小さく笑う。
「大げさだと思うけれど。……まあ、火傷でもしたら大変だから、気をつけなさい」
彼女のツンとした態度と、優しさの同居に胸が熱くなる。
伯爵家と侯爵家の取り巻き二人は、やや怯えながら「アルティア様には敵わないわ……」とため息をついているが、私からすれば、その強さも含めて最高なのだ。
授業が終わり、実技教室から廊下へ出たところで、アルティア様に話しかける。
「ところでアルティア様、先ほどの消火のとき、相手の火魔法がけっこう拡散しかけていましたよね? あれに素早く水を当てるのは、かなり高度なのでは……」
「そうでもないわ。炎の根元を把握して、水の勢いと温度を調整すればいいだけ」
「なるほど。私は炎の根元を探るのもいっぱいいっぱいなんですが……」
「あなたは火属性でしょ。むしろ炎の形を把握しやすいはず。慣れれば、すぐに対処できるようになるわ」
まっすぐ私を見つめてそう言われると、なんだかやる気が湧いてくる。
「そういえば、セレナは火属性をどこで学んだの? ご家族?」
「はい、そうですが家族はみんな平均的な火力でして……私も同じようなものなんです。だから訓練して少しでもうまくなりたいと思ってます」
私の家系は子爵家、そこまで位が高い貴族じゃない。
だから侮られることが多いけど……。
「学園の設備をうまく使えば、ある程度は上達するわ。先生に頼めば、余分に教室を使わせてもらえるかもしれない」
アルティア様は身分で差別をしない。
私に合ったアドバイスをしっかりしてくださる。
「ほんとですか!? わあ、頑張ります!」
するとアルティア様は、小さく頷きながら扇子を握り直した。
「……その頑張る姿勢は嫌いじゃないわ。たまには私の練習にも付き合ってちょうだい。何しろ、わたくしも模擬戦の相手がいなくて退屈していることが多いのよ」
「え、私でよろしいんですか?」
「もちろん。誰も挑んでこないから、実践の機会が少なくてつまらないの。あなたならまあ、程よい相手になりそうだし」
アルティア様は公爵令嬢だから、気軽に模擬戦などに誘われるような人ではない。
私も誘ったことはないけど、彼女も身分を少し気にしていたのかもしれない。
そんなアルティア様から模擬戦に誘われるなんて、とても嬉しい。
「はい、ありがとうございます! ぜひお手合わせ願います!」
「そこまで気合を入れなくてもいいけど……よろしくお願いするわ」
そう言って笑みを浮かべたアルティア様は、とても可愛くて美しかった。
授業が終わるチャイムが鳴り響き、私は小さく伸びをした。
魔法実技が終わったばかりで多少体力を使ったけれど、アルティア様の華麗な魔法を近くで見られたので満足感のほうが大きいわね。
そんなことを考えながらアルティア様のもとへ向かおうとすると、伯爵家と侯爵家の取り巻き令嬢が少しざわついた声を上げた。
「アルティア様、あの、肩に……」
「えっ?」
そちらを見ると、アルティア様の左肩あたりに小さなテントウムシが止まっている。
可愛らしい虫ではあるけれど、アルティア様は青い顔をして固まっていた。
(そういえばアルティア様、虫が苦手ってゲーム設定本に書いてあったっけ!)
ゲーム内のサブ情報で“虫嫌い”と明記されていたのだ。
銀髪で高貴な佇まいの彼女が唯一弱いもの……それが虫だった。
急いでアルティア様の肩に手を伸ばし、そっとテントウムシをつまんで取り除く。
虫としては無害な子だけれど、アルティア様から見れば恐怖の対象だろう。
「……か、感謝するわ、セレナ」
聞こえてきた声は、いつものツンとした響きとは違い、ほんのり震えていた。
扇子で口元を隠す彼女の瞳は、どこか潤んでいるように見える。
「い、いえ! 大丈夫ですか? びっくりされましたよね」
「ちょっと驚いただけで、平気よ、ええ……」
「私でよければ何度でも虫をとりますよ!」
潤んだ瞳でお礼を言ってくるアルティア様が可愛い……!
凛とした雰囲気のアルティア様だが、こういうところがあるのはズルいと思う。
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