第96話 宝箱、それは人の欲を刺激するナニカ
「シャベルは本当に金級冒険者になってたんだな」
ダンジョン第十八階層、そこは数多くの宝箱発見報告のある洞窟型階層であり、宝箱をドロップする魔物が多い事でも知られる通称“宝箱階層”と呼ばれる場所である。
カッセルのダンジョン中層部と呼ばれる第十階層から第二十階層にかけては比較的強力な魔物が現れやすく、欲にかられ入り込んだ冒険者の多くが命を落とすのも中層部である言われている。
「まぁな。そうは言っても俺の場合は従魔たちありきの実力ではあるんだがな。前方左通路から魔物の接近、数は三体、オークキングを含む群れと思われる」
銀級冒険者パーティー“銀の鈴”斥候役グリーンは、隣に連れたフォレストビッグワームに指示を出し警戒を行うシャベルの様子に、感心の声を上げる。
ダンジョン内で起きた不幸な事故をきっかけに中層深部である第十八階層での探索に同行する事になったシャベルは、当初テイマーと言う事でパーティーのお荷物になる事を心配されていた。
銀級冒険者パーティー“銀の鈴”はダンジョン都市において中堅上位と呼ばれる名の売れたパーティーである。その実力は深層部と呼ばれる第三十階層以降でも通用すると言われる程のもので、以前は第二十階層から第三十階層の間、下層部と呼ばれる階層を中心に活動していた実力者であったからである。
そうした実力者パーティーには得てして実力に見合わない冒険者たちがすり寄って来る事も多く、そうした所謂“寄生行為”はパーティー全体の連携を乱し、命の危険に晒される事にもつながるからだ。
「一応これでもソロ冒険者としてやって来たしな、今のパーティーを組んだのは金級冒険者になった後の話、それまでは従魔たちと城塞都市の森での狩りに終始していたからな。
戦闘力に劣るテイマーが斥候役を買って出るのは当然、この形はソロ冒険者をする中で自然に出来上がったものだな」
そう言い棍棒をオークキングに向け油断なく構えるシャベル。自身を弱いテイマーと言いながらも逃げ隠れする訳でもなく、従魔に邪魔にならないような位置取りで獲物の注意を引く立ち回りは、遊撃や逃げタンクと呼ばれる者のそれであった。
「土、お疲れさん。上手く立ち回れていたぞ?」
“クネクネクネクネ♪”
戦闘はシャベルの従魔であるフォレストビッグワームと“銀の鈴”の攻撃担当バレリアン、遊撃担当ミリアにより危なげなく終了した。ドロップアイテムは魔石三個と蓋の閉まった頑丈そうな箱、所謂宝箱と呼ばれるものであった。
「グリーン、宝箱が出たぞ」
「おう、オークキングの宝箱だから大したものじゃないと思うが、罠があったら問題だからな。
バレリアン、勝手に開けるなよ?いつかみたいに<誘引>の罠が仕掛けられてたりしたら堪ったもんじゃないからな」
大剣使いの偉丈夫バレリアンは「うるせえな、分かってるよ。さっさと開けやがれ」と言ってそっぽを向く。
おそらくは何度か勝手に宝箱を開け痛い目に遭ってるのだろう。だがそれくらいで諦めたりしないのもまた冒険者、今もまた勝手に開けようとしていたところをグリーンに諫められた所であり、懲りない男なのであった。
グリーンは宝箱の前に行くとしゃがんで箱の形状を確める。ドロップアイテムの宝箱の場合、持ち上げたり転がしたりしただけで罠が発動する様な事はなく、基本的にふたを開けた瞬間何らかの罠が発動する事が通常である。
だがその場合でも即死級の罠が働く事は少なく、どちらかと言えばコケ脅しのようなものの方が多くみられる。その為バレリアンのように“冒険者は度胸”とばかりに罠が働く事を前提に蓋を開け、痛い目を見る者が後を絶たないのだ。
当のバレリアンも“あの時は運が悪かっただけ”といった程度の認識しか持ってはいないのだろう。
“カチャカチャカチャ、カチッ”
「よし、開いたぞ。リーダー、確認してくれ」
「あぁ、グリーンご苦労さん」
パーティーでの探索の場合、宝箱の開封はパーティーリーダーが行うのが通常である。宝箱の中身がどんなものであるのか分からない以上、これは致し方のない事。
出て来たお宝が元でパーティー内に軋轢が生じ、連携が乱れ魔物に襲われて全滅といった話は、即席の臨時パーティーではよくあること。
例え長年共に探索を行っているパーティであっても、長年同じ時を過ごしたパーティーであるからこそ、そうした問題が起きないように対策をとる事は当然なのであった。
「ふむ、これはポーション瓶、中身は恐らく精力剤だろうな。
悪くない収穫だ、オークキングの精力剤は貴族垂涎の品、結構な金額で売れるからな」
ダンジョン中層部以降を探索する冒険者パーティーがそれなりに身ぎれいでいい生活をしているというのはこれが理由であった。
ダンジョン内のドロップアイテムは中層以降グンとその質が向上する。宝箱から出現するポーションは最低でもハイポーション、霊薬と呼ばれる部類の品がドロップする事も珍しくはないのだ。
「よっしゃ~、今回の探索は中々調子がいいじゃねえか。
シャベルさんよ、あんたいいもん持ってるんじゃねえのか?」
バレリアンとミリアが楽し気にシャベルの背中を叩く。これは“幸運の御裾分け”と呼ばれるダンジョン冒険者独特の習慣であり、運の要素の強いダンジョン探索において引きの強い冒険者、幸運の持ち主であろう冒険者にあやかろうという自然発生的に生まれた行動なのであった。
“これもまた悪くないか”
ノリのいいパーティーメンバーと共にバカ騒ぎをしながら魔物に立ち向かう、宝箱の中身に一喜一憂し手を叩き合う。
これまで金級冒険者パーティー“魔物の友”のリーダーとして周囲に気を配りどこか一歩引いた形で探索を行っていたシャベルは、仲間の一人として気軽にダンジョンに挑む事の出来る今の状況に、これまでにない楽しさを感じるのだった。
「シャベル、この宝箱はどうする?」
「そうだな、お前たちが要らないんなら欲しいのだが」
お気楽冒険者のリーダーが無類の“宝箱狂い”であると言う噂は広く冒険者の間では知られていた。常に宝箱を小脇に抱えて探索に向かう姿は、奇妙を通り越して異常とまで言われる程のものであった。
だが実際のシャベルはトレードマークとまで言われた宝箱を抱えてはおらず、所詮噂は噂かと思われていた。
「しかしシャベルも変わっているよね、そんな中身のない空の宝箱を集めてどうするの?」
声を掛けたのは遊撃担当のミリア、シャベルは背中から降ろした背負いカバン型のマジックバッグに宝箱を仕舞い込むと、なんてことのないように口を開いた。
「あぁ、これか?ミミックの餌だな。俺のテイム魔物にミミックがいてな、以前噂になった事はあっただろう?宝箱を抱えてダンジョンに潜るふざけた冒険者がいるって。
その答えが俺がテイムしたミミックって訳だ。
いくら宝箱の形をしているからといってもミミックは魔物だからな、マジックバッグの中に仕舞う事も出来ないし、かと言って自分じゃ歩く事も出来ない。仕方がないから脇に抱えて歩いていたって訳だ」
「「「「「はぁ!?ミミックをテイムしてるって、ミミックってテイム出来るのかよ」」」」」
肩を竦めて仕方がないと言った仕草をするシャベルに“銀の鈴”のパーティーメンバー全員がツッコミを入れる。それ程にダンジョン魔物のテイムなどと言う話は聞いた事がない事象だったからであった。
「そうだな、ダンジョンの魔物は難しいがテイム出来ない事もないぞ?実際俺たちのパーティーで検証実験を行ったんだが、第一階層のスライムなら問題なくテイムできたしな。
ただ基本ダンジョンの魔物は侵入者に対して攻撃する様に仕向けられているのか、いくら弱らせてもテイムする事は出来ない。可能性があるとすればダンジョンから連れ出して、ダンジョン魔力の影響下から切り離す事が出来ればあるいはと言ったところだな。
現に俺のテイムしたミミックは街の外のゴミ捨て場にいた奴だしな。どこかの馬鹿が外に連れ出した上に捨てたもののようでな、俺も最初に発見した時は意味が分からなくて首を捻ったもんだよ。
もっともいまじゃ頼れる家族の一人だけどな」
そう言い隣に控えるフォレストビッグワームを撫でるシャベル。その様子に若干引き気味の“銀の鈴”のパーティーメンバーたち。
彼らにとっては巨大ミミズに慈愛の籠った瞳を向け背中を撫でる男など、理解の範疇を越えた存在なのだろう。
「そう言えばシャベル、約束の宝箱だが・・・」
「あぁ、それはいつでもいいぞ?こうして空の宝箱を貰っているくらいだしな。
約束は“未開封の宝箱”ってだけだ、どういった宝箱かまでの指定はしていない。その辺はパーティーリーダーの判断に従うさ」
話題を変えようと話を振ったパーティーリーダージェイドは、シャベルの返答にホッと肩を撫で下ろす。
そんなジェイドの様子に違和感を覚えながらも、カバン型マジックバッグを背負い直し斥候の位置に戻るシャベルなのであった。
それは周囲の警戒をしながら通路を進んでいる時であった。
“!?トントントン”
「どうした土、何かあったのか?」
突然立ち止まり合図を送るフォレストビッグワームの行動に、シャベルのみならず“銀の鈴”のメンバーたちの視線が集まる。
「ふむ、この壁が怪しいって事なのか?“ペタペタペタ、コンコンコン”
よし、土、思いっきりぶん殴れ」
“クネクネクネ~♪”
シャベルのお許しを得て大きく身を逸らしたフォレストビッグワームは、次の瞬間思い切り勢いを付け、岩壁に向かって体当たりを行うのであった。
“ドゴーーーン”
周囲に響く衝撃音。突然のシャベルと従魔の行動に、魔物が集まって来るのではないかと警戒を行う“銀の鈴”のメンバーたち。
やはり素人を一緒に連れて来るべきではなかったと、リーダーのジェイドがシャベルに文句を言おうとした時であった。
“ガラガラガラ”
「土、よくやった。ジェイド、これは隠し部屋と言う奴なんじゃないのか?」
音を立てて崩れ去った壁、その先に現れた整った床に等間隔に置かれた何か。
「おいおいおい、シャベルさんよ、やったじゃねえか。こいつはお宝部屋って奴に間違いねえぞ」
バレリアンが興奮気味に中に入ろうとするのをシャベルが手で制する。
「落ち着けバレリアン。ここは確かにお宝部屋かもしれないが罠が仕掛けられている可能性が高い。
それにじっとしていて動かないが、この部屋の宝箱、ほぼほぼミミックだぞ?」
シャベルの言葉に疑いの視線を送るバレリアンであったが、「なら試しに足元の瓦礫を部屋に投げてみろ」と言われ、適当な大きさのものを放り込んでみる事にした。
“ヒュ~ッ、ドサッ”
瓦礫が落ちた途端床が抜け、大きな穴が顔を見せる。“ほらな”といったシャベルの仕草に、顔を引き攣らせるバレリアン。
「床の硬さは振動から判断できる。宝箱かミミックかの判断は勘としか言えないがなんとなく分かっている。あの左から三番目の奴以外は全部ミミックだろうな」
シャベルの言葉に真剣な表情になるジェイド。隠し部屋の宝箱の発見、それは自身の求める宝の発見の可能性をグンと引き上げる事に他ならなかったからである。
ジェイドの心に黒い炎が宿る。はじめ小さかったその明かりは、次第に勢いを増し、彼の心を埋め尽くす。
「それじゃグリーン、俺と土で宝箱の所まで行ってロープで縛って来るから、俺が戻り次第宝箱を引き上げてくれ」
「あぁ、分かった。気を付けて行けよ?」
何やら相談をしていたシャベルとグリーン。シャベルはグリーンにロープの先端を渡すと、フォレストビッグワームの案内の下、宝箱を求め隠し部屋の中に入って行くのであった。