第94話 ダンジョン中層部、そこは力ある者の狩場 (2)
ダンジョン第十二階層、そこは通称迷宮階層と呼ばれる場所であった。まるで古代遺跡の様な石造りの廊下、綺麗に整備されているかのような人工的な空間は、ここがダンジョンという場所ということを忘れさせるような不可思議さを醸し出す。
“タッタカ、タッタカ、タッタカ、タッタカ”
「前方より敵の接近、その数五体。クラック、ジェンガ、グラスウルフたちを左右に展開。メアリーはバトルホークによる遊撃、接敵に備えろ。
光、風、焚火は敵を押し止め反撃の隙を作れ」
「「「了解」」」
ダンジョンという閉塞空間での戦闘、薄暗い暗闇での活動はその地で活動する冒険者たちの能力を著しく向上させる。
それは暗闇でも周囲を鮮明に見る事の出来る<暗視>スキルの目覚めであり、まだ見ぬ敵を察知する<索敵>スキルの目覚めであったり。
ダンジョンに長く潜り探索を行うダンジョン冒険者の多くがそうであるように、ダンジョン内に移動式住居を持ち込み本格的な探索を行い始めた金級冒険者パーティー“魔物の友”のメンバーたちも、そうしたスキルに目覚め危なげない戦闘を行えるようになっていた。
「よし、戦闘終了。各自従魔たちの状態を確認、ケガがあるようなら言ってくれ。
状態によりローポーション、ポーションの支給を行う」
テイマーにとって従魔は自身の生命線である。剣士が武器である剣の切れ味や傷み具合を気にするように、魔法使いがロッドの状態を気にするように、テイマーにとって従魔の状態の確認は必須事項と言えるのである。
ましてや“魔物の友”はテイマーだけの異色集団であり、従魔たちの状態が即自身の命にかかわるのだ。
「シャベル、特に問題ないぞ。アル、ブル、カル共に怪我無く討伐を終える事が出来た」
「こっちも問題ない。タール、ジールは上手い事敵を引き付けていたし、マンキーも武器の扱いが上手くなってきた為かこの十二階層でも十分通用するようになっている」
「バルとキリーも大丈夫よ。集団にブラックウルフが混じっていたのには驚いたけど、敵の目をうまく引き付けてくれていたと思うわ」
それぞれの従魔たちが己の役割を熟す事で集団として戦う術を身に付けた彼ら。
“魔物の友”の擁する従魔たちは決して強力と呼ばれる様な個体ではなかった。
嘗て活動の中心としていた城塞都市ゲルバスでは、浅部を中心にした活動を行っており、中部で剣士や魔法使いの盾として扱われるのが精々であった。
だがそんな自分たちが中部や深部に現れる様なブラックウルフやオークを相手に十分な働きを見せれるようになっている。魔物同士の連携を高め、格上の魔物相手に十分以上の働きを見せる事が出来ている。
「よし、魔石の回収を行い次第探索を開始する。
この先に魔物が待機する空間があるようだ、メアリーのバトルホークによる索敵を頼む」
「了解。バル、キリー、頼んだわよ?」
““キュワー””
それぞれが自分たちの特徴を活かし戦闘を行う、金級冒険者パーティー“魔物の友”は、確実にその実力を伸ばしているのであった。
「シャベル、何かおかしいわ。何がおかしいのかって聞かれてもはっきり言えないんだけど、この先の部屋に魔物がいないのよ。
誰か別のパーティーが討伐して直ぐなのかとも思ったけど、妙な胸騒ぎがするのよね」
それはバトルホークたちの報告を受けていたメアリーから掛けられた言葉。シャベルはしばらく沈黙した後、口を開く。
「クラック、ジェンガはメアリーの警護、従魔たちは周辺で待機。俺が先頭に立つ、おそらくは待ち伏せだろう。
光と焚火は前方で遠距離武器の警戒、風はこの場で気配を消して待機。状況次第で後方からの敵を殲滅。
さて、ミノタウロスが出るかワイバーンが出るか、パーティー会場へ行くとしよう」
シャベルは両の頬をパンパンと叩くと、“魔物の友”のリーダーとしての矜持を示すかのように歩を進めるのであった。
――――――
そこはダンジョン内の開けた“部屋”と呼ばれる空間であった。
通路を通り“部屋”へと侵入した金級冒険者パーティー“魔物の友”は、入って直ぐの場所に待機するかのように、陣形を作り足を止める。
「さて、俺たちに何か用か?まぁ用があるからこそこんなダンジョンなんて場所で待ち伏せなんてマネをしていたんだろうけどな。
俺たちは別に何も用は無いんだが、しつこく付け回されるのもちょっとな。話があるんならさっさと済ませてくれないか?」
広い空間にシャベルの声が響く。
“ビシュッ、ビシュッ”
“カンッ、カンッ”
飛んで来た矢を手に持つ長杖で叩き落とすシャベル。睨みつける視線の先からは、何らかの方法で姿を消していた集団が、その姿を現すのだった。
「ほう、やるじゃないか。流石は腐っても金級冒険者様だ、その辺の銀級連中とはものが違うって奴か。
まぁなんの用かと聞かれれば話は単純、お前らの有り金根こそぎ置いて行けって奴だ。
しかしジェンガ、お前もいい金蔓を見付けたもんだよな。大して才の無い腐れテイマーが今や金級冒険者パーティー様ってか、世の中何が起きるのか分かったもんじゃねえよな。
まぁそれが実力を伴った一流パーティー様だったら俺たちもうまい汁を吸わせてもらうだけでよかったんだけどよ、お前らは駄目だわ。
なんだお前らの従魔は、グラスウルフにマッドモンキーにバトルホーク。リーダー様にいたってはよく分からんビッグワームにスライムと来たもんだ。
しかもいまだにこんな低階層でチマチマやってる金級冒険者パーティーなんて聞いた事もねえぞ、本当に看板だけの名ばかりパーティーじゃねえか。
なんか運よく第一階層で飯の種を手に入れて上手いことやってたみてえだけどよ、それすらも売り払っちまったんだろう?
もういいとこなしじゃねえか。
んでその金で持ち運びの出来る巨大宝箱を手に入れたってか?
お前らいい加減にしろよ?俺たちの金をなに勝手に散財してやがる。
まぁいい、それでも上層に挑んでる連中はその“宝箱ハウス”とやらに興味があるみたいだからな。そいつらに売りつければ多少の補填にはなるだろうさ」
そう言いニヘラニヘラと醜悪な笑みを浮かべる男、ジェンガは男の顔を睨み返しながら手持ちの棍棒に力を込める。
「お~い、メアリーちゃ~ん。元気な様でよかったよ、突然ダンジョン都市から姿を消すんだもん、本当に心配したんだからね?
んで、俺に見つかったって事はもう分かってるよね?その辺は確り教育しておいたはずだもんね」
先程の男の隣の者が言葉を発する。
「えっ、あっ、なんで、なんでアンタが・・・」
メアリーは顔色を蒼白にし、ガタガタと震える身体を抱きかかえる。それは恐怖、その身に刻みつけられた壮絶な記憶は、城塞都市において力を付けた現在においても決して癒えることなく燻り続けていたのであった。
「お前たちはこのダンジョン都市に来た段階ですでに捕捉されていたんだよ。お前たちがいる事、それだけで場所の特定は容易。
<追跡>のスキルは便利だよな~、より親しい相手ならその行動予測すら出来るんだからよ。
本当にお前に会えてよかったぜ、ジェンガ」
「フフフ、俺のスキル<偏愛>から逃れる事が出来るって思うだなんて、甘い甘い。本気で逃げ出したいんなら他国にでも行かないと。
こうしてダンジョンに戻って来るって事は、俺の事が忘れられなかったって証拠だよね~、メアリーちゃ~ん」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、ジリジリと距離を詰めて来る男達。対して少しずつ後ろに下がる素振りを見せるメアリーとジェンガ。
過去の記憶が、恐怖が、その身を縛り行動を強制する。
「ククククッ、アッハッハッハッ。逃げるのか?いいぜ、逃げだしてもよ。その先に逃げ込める場所があるのならな。
俺たちが何の準備もなくこの場所にいる分けねえだろうがよ、既にその通路は俺たちの仲間が押さえているってな。頑張ってね~、罠に嵌まったゴブリンちゃ~ん」
そう言いおかしそうに肩を震わせる男に、悔しげな表情を向けるジェンガ。
「ハァ~。クラック、頼む」
シャベルは懐から長方形の箱を取り出すと、背後のクラックに投げ渡した。箱を受け取ったクラックは、通路から部屋に入って直ぐの場所に箱を置くと「いいぞ」と合図を送るのだった。
「さて、話は分かった。まずは一つ、お前たちの言う“宝箱ハウス”というものを見せてやろう。
ボクシー、ハウス形態」
“バカッ、バババババババッ”
それは突然の変化、目の前に現れた巨大な宝箱に驚き足を止める男達。
「ハハハハ、なんだこれ?本当に宝箱じゃねえか。しかもいま懐から出した木箱が変化しなかったか?
ククククッ、俺はてっきりマジックバッグから取り出すのかと思ったら違うのかよ、何て魔道具を作りやがったんだよ、これなら売れるわ。
マジックバッグの容量は重要だからな、おい、褒めてやるよ」
男は嬉し気に笑うと、シャベルに対し言葉を掛ける。
だがシャベルはその言葉に応える事もなく、サッと右手を上げる。
それを合図にクラックが宝箱ハウスの扉を開け、メアリーとジェンガ、その場にいる従魔たちを“宝箱ハウス”の中に連れ込むのだった。
「おいおいおい、この期に及んで籠城ってか?諦めの悪い連中だな~。
知ってるか?このダンジョン都市で年間どれ程の行方不明者が出るのか。
お前たちはこの場に籠城し俺達の恐怖に震え続ける。でも食料は有限だからな~。それで出てきたところを・・・。
それよりも全てを俺達に差し出した方がまだ生き残れるとは思わないのか?
こんな判断すらできないとは、本当に看板だけの金級冒険者だったって事なんだな」
男の言葉にシャベルは肩を竦め、言葉を返す。
「まぁ確かに俺には他の金級冒険者の様な攻撃力や防御力はない。テイマーであっても金級になる人間はいる、だがそう言った者は従魔がいなくとも十分な強さを持った者ばかりだ。
そうした意味では俺は純粋にテイマーとして金級冒険者となった稀な存在と言えるだろう。
要するに個人としては弱いって事だ。
だから工夫もするし魔道具も使う、これはテイマーに限らず他の冒険者でも行っている事だろう?
テイマーが弱いというより単純な役割の差、それぞれの役割を支え合うのがパーティーってもんだと思うんだけどな」
そう言い宝箱ハウスの扉の前に立つシャベル。その両脇には巨大なビッグワームの姿。
「さっきからずっと探っていたんだよ、お前たちの仲間が後どれ程潜んでいるのかをな。
まぁ無駄な作業だったみたいだがな、お前らは俺たちを完全に見下しているのか、他にはいない様だったからな。
でだ、こんな状況であるにも関わらず俺がこの場に残っているのは何でだと思う?」
シャベルの言葉に動きを止める男達。ある者は手持ちの弓を引き、またある者は腰の剣を引き抜き構えを取る。
「ボクシー、敵だ、罠発動」
シャベルの声に、宝箱の蓋が“ガチャリ”と音を立て開き始める。
そして・・・。
“バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ”
「「「「グワ~~~~」」」」
撃ち出された大量の矢、それは目の前に広がっていた男達を的確に捉え、その身に深く突き立って行く。
“パタンッ”
宝箱の蓋が閉まった時、そこに転がっているのは無数の男達。
「くそ、こんな奥の手を。だがこれしきの事でこの俺様が倒せると思われていたとはな。
お前ら、とっとと立ち上がらねえか。その程度の傷、ポーションでどうとでもなるだろうが!」
憎々しげな瞳を向けシャベルを睨みつける男。そんな男の様子に感心した様な顔を向けるシャベル。
「ほう、お前は何らかの耐性スキル持ちか?毒耐性か麻痺耐性か、いずれにしても大したもんだ。
どれ程の訓練を積めばそんなスキルが身に付くのか、なんにしても執念すら感じるよ。
そんなお前に敬意を表して一言、女神様によろしく」
「あん?何言ってやが“ドガッ”」
“ドサッ”
周囲から音が消える。シャベルはその場に倒れる者たちの気配を感じながら、他に敵がいないか索敵の範囲を広げて行く。
「はい、光と焚火、お疲れ~。ボクシーはこいつら全員仕舞い込んじゃって。装備なんかは残しておいてね、服は要らないけど」
シャベルの声に再び巨大宝箱の蓋が開き、中から延びた触手の様なものが床に倒れる男達を次々と箱の中に取り込んでいく。
シャベルは床に何も落ちていないことを確認すると、宝箱ハウスの扉を開け、パーティーメンバーとその従魔たちに部屋の中から出るように促すのだった。
「さて、先ほどの馬鹿たちの始末は終了したがまだ増援の連中が残っている。これよりその後始末に向かう、全員陣形を取れ」
シャベルの言葉にひし形の陣形を取るパーティーメンバー。
今だ怯えの残るメアリーを後ろに、クラックとジェンガが左右を固める。
彼らの従魔がその前後に回り、主人たちの防衛に当たる。
「ボクシー、戻ってくれ」
シャベルの言葉にガチャガチャと音を立て小さな木箱に戻る宝箱ハウス。その光景を他の冒険者が見れば、その魔道具の素晴らしさに感嘆の声を上げる事だろう。
開かれた通路そしてその先に広がるのは。
「結構いたのね」
それは何者かに襲われ倒れ伏す複数の男達。
「ジェンガ、クラック、メアリー、こいつらをマジックバッグに仕舞っておいてくれるか?後でボクシーに処分してもらう。
何かいまだ戦闘音がするみたいなんでな、俺はそっちに向かわせてもらう」
そう言いその場を走り出すシャベル。
その表情は努めて平静を保ってはいるものの、心の内では“みんな待ってて、直ぐに行くから~!!”と自身の従魔を心配する気持ちで一杯になるシャベルなのであった。