第93話 ダンジョン中層部、そこは力ある者の狩場
ダンジョン第十階層、そこはこの不可思議な地下空間においていまだよく分かっていない場所の一つである。
ダンジョンとは言わば罠である。ドロップアイテムや魔石、各種宝箱という餌を蒔き、人々をおびき寄せてそれを喰らう。
ダンジョンで亡くなった者はダンジョンに吸収されてしまうし、それは魔物に殺されその身を喰らわれる事と何が違うと言うのか。
であるにも関わらず、ダンジョン内にセーフティーゾーンが存在するとは一体どう言う事なのか。
だがその様な事はダンジョンに挑む者にとっては関係のない些事。そこに宝がある、そこに利用すべき資源がある。
彼らは己の欲望を満たす為にこの不可思議な洞窟に足を踏み入れた者たち、であれば利用できるものは利用する。
魔物蔓延るダンジョン内において魔物が出現しない場所、魔物が近寄らない場所があるのならそこを利用し更なる宝を求める。
実に恐ろしきは人の欲望という事なのであろう。
「なぁ、あそこのでっかい宝箱って一体何なんだ?あんなもの昨日まであったか?
まさか出現した宝箱とか言わないよな」
「ん?あぁ、あれか?俺も気になって直ぐ傍に行ってみたんだよ、そうしたら看板があってな。
解錠屋の“宝箱狂い”と“お気楽冒険者”が共同で開発した<宝箱ハウス>ってものらしい。何でも素材にダンジョンからもちこまれる宝箱を利用している様で、ダンジョン探索における使用実験中とか書いてあったか。
お前も知ってると思うが宝箱って頑丈だろう?だから魔物に襲われた際の耐久実験も兼ねてるんだとよ。
でもいくら何でも形を宝箱にすることはないと思うんだがな、頭のイカレた連中のやる事はよく分かんねえよな」
「ブホッ、アレって要は小屋なのかよ、って事は態々マジックバッグに入れて持ち込んだって事か?
そんな無駄な事をするくらいなら普通は食料とか武器とか、もっと命に関わる物を持ち込むなりするんじゃねえのかよ。
流石“お気楽冒険者”、俺たち凡人にはマネ出来ねえわ」
第十階層、そこは草原の続くフィールド型階層であり、オークやグラスウルフが出現する場所である。だがこの階層に入って直ぐの場所はセーフティーゾーンと呼ばれる安全地帯であり、そこには宿屋をはじめ武器防具の店やポーション類を販売する店、食堂に食料品を販売する店、解錠屋やギルドのアイテム買取所と冒険に必要な物の揃った一つの街が形成されているのだった。
そしてこの十階層までは利用料金は高いものの馬車の定期便が用意されており、地上の物資が随時運び込まれているのであった。
「おはようクラック、昨夜はよく眠れたか?」
ダンジョン内の野営、それは非常に危険な行為であり、常に誰かが起き、夜番をする必要がある。
これは街道の野営地となんら変わらないと思われるかもしれないが、ダンジョンにおいては魔物が湧く。
周辺をいくら警戒していようとも野営地の直ぐ傍に魔物が湧かれては如何に精強な冒険者であろうとひとたまりもない。
そんな緊張感の中で眠りに就いたとてゆっくり休む事が出来る筈もなく、徐々に体力気力を消耗するのが落ちである。
その為冒険者たちはセーフティーゾーンの宿を利用し体力の回復を図る。だがそこはダンジョン内施設、その利用料は地上とは比べ物にならない。
力ある冒険者パーティーであればそれでも多くの魔石を手に入れ、冒険者ギルドの買取出張所で販売する事で賄う事も可能であろう。だがそこまでの実力のない者は必然的に地上への帰路に就かねばならない。
であればセーフティーゾーンで野営をと考えるものだが、それはこのダンジョンを管理するカッセルの監督官が許さない。見つかり次第セーフティーゾーンに常駐する領兵に取り押さえられ、身ぐるみ剥がれたうえで第十階層の草原へと放り出される事になっている。
この事はセーフティーゾーンの各所に注意書きとして記されている事であり、冒険者に対する見せしめとして行われている事であった。
「いや、まぁ、うん。快適ではあったぞ?まさか俺もダンジョン内の野営で二段ベッドで寝る事になるとは思ってもいなかったがな。
というかこの巨大な宝箱ってボクシーだよな?一体何がどうなったらこんな事になるんだよ」
そう言い先程扉を開けて出て来た巨大宝箱を振り返るクラック。
「あぁ、これはほんの思い付きだったんだがな、ボクシーって取り込んだ宝箱に姿を変えられるだろう?
だったら巨大な宝箱型の小屋を作ってそれを取り込ませれば移動式の小屋になるんじゃないかって思ったんだよ」
そう言い何でもないような顔で朝食の準備を進めるシャベルに呆れ顔になるクラック。
「イヤイヤイヤ、普通はそんなこと考えないからな?って言うかよくこんな巨大なものを取り込めたな、凄いなボクシー」
「まぁそうだな。でも普通は無理だと思うぞ、いくらなんでも大き過ぎるからな。
だから最初は横に細長い蓋付きの木箱を作って貰い、それを取り込ませたんだ。これが見事成功、この試みが上手く行かなかったら徐々に箱を大きくしていくしかなかったから助かったよ。
次にその横長の箱に収まる大きさの平らな大型木箱を作製、それを取り込ませた。あの宝箱ハウスを横にすれば飲み込めるぐらいの大きさの奴だな。
最後にあの宝箱ハウスを作製、時間を掛けて徐々に取り込ませたって訳だ。
ただし最初はあくまでも大工職人に作って貰った木製の宝箱ハウスだったんだよ。
そこで解錠屋のナックルさんにお願いして中層以降で発見される宝箱を大量に集めてもらい、それを全てボクシーに素材として吸収させたのさ。
ボクシーは素材として吸収したモノを自身の擬態に取り込む事が出来る、即ちただの木箱からダンジョン産の宝箱を素材とした丈夫な木箱に代わる事も可能。
これは実際にやってみて分かった事なんだが、多少の形状変化も可能だったらしく、今の様な誰がどう見ても“宝箱”といった外観になった訳だ。
中の二段ベッドはボクシーがある程度完成してから作って貰ったものだな。ボクシーは一度取り込むことで家具も自由に設置出来るみたいでな、他にもテーブルや椅子やらを取り込んでもらっている。
配置換えを行うには、一度中から出てもらう必要があるがな」
シャベルの説明に開いた口が塞がらなくなるクラック。
普通ミミックを<テイム>しようという者はいないし、これまでそうした話もなかった為、その詳しい生態を知る者はいなかった。
だがいくら<テイム>に成功したからと言って、<魔物鑑定>により判明したスキルからこれ程の応用を考えつく者がいるのだろうか?
「まぁ、うん、ボクシーが“宝箱ハウス”に変化した経緯は分かった。と言うかそういう物だと納得する事にした。
俺が気になったのは何故昨夜魔物による襲撃が無かったのかって話だ。
ここはダンジョンだ、昼夜を問わず魔物は出現するし、セーフティーゾーンでもない階層範囲に人間がいれば襲わない訳がない。ボクシーから半径五メート以内に魔物が発生しない事は確定としても、だからと言ってボクシー自体が魔物に襲われないという事にはならないんじゃないのか?
ボクシーは既にシャベルにテイムされている訳だし、ダンジョン魔物にとっては立派な異物になるって事だろう?」
クラックの疑問は至極まっとうなものであった。本来ダンジョンの野営において魔物の襲撃にまったく遭わないという事はあり得ない。そしてその襲撃に事前対策が打てない事が、ダンジョン攻略をより難しいものとしている要因の一つでもあるからである。
「あぁ、襲撃は三度ほどあったらしいぞ?今朝ボクシーに聞いたらそう教えてくれたしな」
「はっ!?襲撃があったって、全く気が付かなかったんだが?」
「あぁ、襲撃は全てボクシーが対処してくれたからな。
クラックはボクシーの“宝箱ハウス”という機能の方に目が向いてしまって忘れているようだが、ボクシーはれっきとした魔物だ。
カッセル郊外のゴミ捨て場で周辺のスライムやビッグワームを捕まえる事で生き延びていたな。
であれば宝箱目当て、というか宝箱の中の人間を目当てに近寄って来た魔物はボクシーにとっての貴重な餌に他ならないんだ。
つまり俺たちとボクシーはある意味共生関係を結んでるって訳だ。
残念ながらボクシーが吸収した魔物からは、魔石を回収することは出来ないけどな。第一階層のビッグスライムみたいに宝箱を落とすようなら回収しておいて欲しいとは伝えてあるがな」
「ハハハハ、そうか、野営の際にテイマーがテイム魔物に警戒を頼むのは普通の行為だしな。シャベルがミミックのボクシーに夜番の警戒を頼むのも普通って事なんだろうな、うん、普通普通」
クラックは乾いた笑いを浮かべながらも、無理やり自身に言い聞かせる。
冒険者は臨機応変、状況をあるがまま受け入れる事が生き延びる為のコツなのである。
「皆おはよう、昨夜はよく休む事が出来たようで何よりだ。
今日より本格的に中層部の探索に取り掛かる。今回の探索期間は十日、第十一階層を中心に行おうと思う。以降は探索に十日から十五日、その後地上に戻り五日間の休養日を取る事としよう。
最終目標階層は第二十階層、その後の探索については改めて全員で考えるものとする。
では気を引き締めて行こう、命大事に」
「「「命大事に」」」
金級冒険者パーティー“魔物の友”の本格的なダンジョン攻略が始まった。だがそこはそれ、相も変わらずの牛歩の歩みで、一階層ずつゆっくりと攻略を進めて行くのであった。
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「なぁ、聞いたか?“お気楽冒険者”の話」
「あぁ、聞いた聞いた。何でも今度は解錠屋の“宝箱狂い”と手を組んで“宝箱ハウス”なんて阿呆な物を作ったって奴だろう?
本当、意味が分からねえよな、なんでわざわざ宝箱型の移動小屋を作るかね~。
そう言えば“スライム使い”もいつも木箱を持ち歩いてるよな?
アレって中層で見つかる宝箱だろう?運が良ければハイポーションが出るって奴。
実はスライム使いも“宝箱狂い”なのか?中身よりも箱にロマンを感じちゃってるとか?」
「ハハハ、ちげえねえ、スライム使いの奴は生粋の“宝箱狂い”だと思うぞ、宝箱に住むくらいだからな。
って言うかそこだよそこ、あの宝箱ハウス、ダンジョン内にも関わらず普通に野営出来てるらしいんだよ。それも下層じゃなく中層で。
何でも小屋の前に“使用実験中”とかって看板を立ててるらしい。
なんであいつら襲われねえんだ?意味分からねえ。もしかして“宝箱ハウス”って特殊な魔道具かなんかなのか?
だったら態々貴重なマジックバッグの収納容量を削ってでもダンジョンに持ち込む意味も分かるんだが。
魔物に襲われない野営用の小屋、そんな物があったら高位冒険者や攻略組の連中がこぞって欲しがるんじゃねえか?
一体いくらの値段で買ってくれる事やら」
「ハハハ、ちげえねえ。これでまた一つ“お気楽冒険者”が一稼ぎしちまうって奴か?
確か前のネタは第一階層の特殊スライムだったか、冒険者ギルドにネタ晴らしをして大騒ぎになってたもんな。
えらい人数の冒険者が詰め掛けて殺し合いにまで発展したってんだから、とんでもねえ話だよな。
その通路に存在する全てのスライムを倒すと出現するビッグスライム、それを倒せば確定で宝箱を手に出来る。ただしスライムは通路の天井にびっしり、その全部を落とすには大勢で詰め掛けてスライムが襲って来るように仕向けるしかない。
まったく割に合わないんだったか?
<魔物の友>持ちの“スライム使い”は全てのスライムをテイムしていたらしいけどな。アイツのスライムってかなり特殊な奴らしくて、テイムしたスライムを吸収しちまうらしい。
あの一匹が実は何十匹ものスライムの集団なんだそうだ。
前に“ダークウルフ”や“鮮血の荊”の連中がやられたのがそれらしい。
一瞬にして何十匹ものスライムに飲み込まれて身動きどころか息も出来なくなってそのまま。俺はスライムに溺れるくらいなら酒か女に溺れてえわ、それで死ぬなら本望だし」
「ギャハハハ、ちげえねえ。今度も馬鹿がちょっかい掛けて痛い目を見るんだろうさ。まったくとんでもねえ連中だよな、“お気楽冒険者”はよ」
酒場の喧騒、今日も冒険者は杯を酌み交わし、噂話に花を咲かせる。だがそれは冒険者にとっての命懸けの情報戦、その話を聞いて警戒を強めるか、金蔓と見るか。
「聞いたか、“お気楽冒険者”の話」
「あぁ、ジェンガの奴も随分と美味しいネタを提供してくれるようになったじゃねえか、流石は金級冒険者パーティーメンバー様だ。これは両手を合わせて感謝しねえといけねえな」(ニヤリ)
人の欲は尽きる事がない、そして悪意の種はどこにでも芽を開く。今また一つ芽吹いた悪意の種が、獲物を絡めとろうと醜悪な蔦を伸ばさんとするのだった。