第91話 ダンジョン、そこは公共の場
薄暗い洞窟が続くダンジョンという特殊な環境、周囲に配置されたかのように自生するヒカリゴケのお陰で完全な闇という訳ではないものの、先の見えにくい環境というものはそれだけで冒険者の体力を削って行く。
「前方曲がり角右、ゴブリン。数は三体」
そんな特殊な環境下において冒険者たちがどうして魔物相手に戦う事が出来るのかといえば、彼らの持つスキルによる恩恵が大きいと言えるだろう。
スキルとは授けの儀において職業と共に女神様から齎される慈悲であると言われている。所謂職業スキルといった特殊なものは授けの儀で職業が確定した際にしか得る事が出来ないとも。
だがそれは特殊なものの場合であり、一般スキルと呼ばれる多くのスキルが生活環境や訓練により身に付く場合があると言われている。俗に言う“スキルに目覚める”といったものはこうした部類に分類される。
「シャベル、討伐終了だ。しかし相変わらずシャベルの<索敵>は正確だな。先々の地形を把握しているのもそうだが、予め敵の存在が分かっていれば対処も容易だ」
クラックは自身もかつて斥候をしていた経験から、シャベルの的確な指示に舌を巻く。シャベルはそんなクラックの態度に肩を竦めながら言葉を返す。
「前にも話したが、俺は以前魔の森に小屋を建て暮らしていた事があったからな、それに基本ソロ冒険者をしていたから周囲の敵には敏感にならざるを得なかったんだ。
だがこのダンジョンという特殊な環境下でその経験が昇華されたようでな、こないだ自己診断で確認したんだが<気配察知>と<暗視>のスキルに目覚めていたよ。
ダンジョン探索者の中には暗視のスキルに目覚めるものが多いとは聞いた事があったんだが、まさかこの短期間でスキルが二つも増えるとは思わなかった。やはり丹念な探索が功を奏したと言ったところなんじゃないのか?」
シャベルの言葉に「おめでとう」と声を掛けるパーティーメンバー。
幾らパーティーメンバー相手とは言え自身のスキルをぺらぺらと話すのは悪手である。だがそれが探索に関わるもの、パーティー全体の安全に関わるものであれば話が変わって来る。
シャベルが新たに取得したスキル、<気配察知>と<暗視>はダンジョン探索を行う冒険者の中では基本とされるスキルであり、その所持者も多い。
その為そのスキルに目覚める事が出来たという事は素直に称賛されダンジョン探索の一手として生かされて行く事になる。
「第六階層入り口周辺、魔物の気配は見られない。このまま“畑”の収穫に向かう」
シャベルが趣味と好奇心で始めたダンジョン内での癒し草栽培、それはシャベルの予想通り順調な成果を見せる事となった。
ダンジョン内は魔物が発生するような特殊な場所である。ダンジョン内で薬草採取を行おうとも、翌日には同量の薬草が生い茂ると言った不可思議な場所、であるのなら畑を作りビッグワーム達が作った肥料を与えればより良い癒し草が出来るのではないか。
その試みは見事成功し、シャベルはダンジョン都市の庭先で収穫したような緑が濃く葉の裏に赤い筋の入った一段階上の癒し草を手にする事が出来たのである。
これにより“ポーションEX”の安定的な作成が可能となり、腰の時間停止機能付きマジックポーチの中にはローポーション、ポーション、ポーションEXを大量に備蓄する事に成功していたのであった。(製作者:光)
「なぁ、畑に誰かいないか?」
その声はパーティーメンバーのジェンガから掛けられたものだった。
「メアリー、悪いがバトルホークを偵察に出してくれないか?こんな草原で隠れる場所なんてないだろうが、待ち伏せといった事も考えられる。
俺たちは目立つからな」
「そうね、ちょっと待ってて。バル、キリー、お願い」
““キュアッ””
““バサッ””
フォレストビッグワームの背中に掴まり休憩していた二羽のバトルホークが翼を羽ばたかせ空を舞う。洞窟の中であるにも関わらず“空”がある、その不可思議な環境も、ダンジョンという場所であればそういうものだと納得するしかない。
““キュワキュワ””
「そう、ありがとう。リーダー、周りに隠れ潜んでいるといった事はないわね。<索敵>と目視によるものだから魔道具等による隠蔽も大丈夫だと思うわよ」
「そうか。風、畑にいる光に合図を送って畑にいる冒険者の人数を確認してくれるか?」
“クネクネクネ、トントントントントントントン”
シャベルの声に地面を七回叩くフォレストビッグワームの風。
「ふむ、大きめのパーティーと言ったところか。先ずは行ってみて話をするしかないか」
シャベルは目の前の面倒事の予感にため息を吐きつつ、パーティーメンバーと共に“畑”へと向かうのであった。
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そこはダンジョン内であるにも関わらず畑が広がっているという奇妙な場所であった。男達はその畑のど真ん中にテントを設営し、ダンジョンにおける野営地として利用していた。
「しかしリーダー、何でこの畑はダンジョンに飲み込まれないんですかね?
第十階層の安全地帯ならいざ知らず、ここって第六階層ですよね?昨夜も周りに魔物が発生するって事も無かったし、どうなってるんだか」
冒険者の一人が食事の準備をしながらパーティーリーダーに話し掛ける。
リーダーと呼ばれた者はその言葉に鼻を鳴らしながら返事をする。
「ふん、さぁな。お気楽冒険者共のやることが常識人である俺たちに分かるわけないだろうが。
まぁ、第六階層からなら第八・第九階層も直ぐに行ける。第十階層の安全地帯にも宿はあるが、あそこは高いからな、おいそれと利用出来るようなものじゃない。その点ここならタダだしな。
ダンジョン内での野営なんか本来危険と隣り合わせ何だが、何故かこの畑の中には魔物が発生しやがらねえ。簡易的な拠点としては悪くねえんじゃねえのか?
懸念としては“スライム使い”が難癖を付けて来るって事だが、ここはダンジョンだ、誰かの土地って訳じゃねえんだから文句はお門違いって話だ。
しかし変わり者とは聞いてたがダンジョンの中に畑を作るとはな。しかも栽培植物が癒し草って、やっぱり連中が何考えてるのかさっぱり分からねえ。
癒し草なんざこの階層にいくらでも生えてるってのにな」
「違いない」と言って声高に笑うパーティーメンバーたち。
「リーダー、人影です。例のデッカイ蛇を従えてます、お気楽冒険者共が来たのかと」
「おう、分かった。対処は俺がやる。お前らは堂々としておけ、話が終わったら第八階層に向かうんだからな」
パーティーリーダーの言葉に頷きで返す面々。
「すまん、お前らのパーティーリーダーはいるか?
俺は金級冒険者パーティー“魔物の友”のリーダーでシャベルという。
この場所、畑の事で話があるんだが?」
掛けられた声は冷静な声音、“スライム使い”は無慈悲だが平素はいたって大人しいとの噂が本当であった事に、リーダーの男はほくそ笑む。
「あぁ、俺がこの銀級冒険者パーティー“黄金の槍”のリーダー、ゼットだ。なんか用か、“スライム使い”」
不敵な笑みを浮かべ言葉を返すゼット。冒険者は舐められたらお仕舞、交渉の場では強気で自分の意見を押し付けるべし。
このダンジョン都市で冒険者歴の長いゼットは、こうした交渉事には慣れていた。“スライム使い”が何を言ってこようが押し通す事が出来る、その自信が彼にはあった。
「あぁ、この場所は俺たちが癒し草の栽培を行っている畑でな、そのど真ん中で野営をされると困るんだ。見た感じかなり踏み荒らされている様だしな。
すまないが即刻テントを撤去してくれないか?」
「はぁ?何を言っている、ここはダンジョンの中だぞ?どこで野営をしようが俺たちの自由なはずだが?
確かに他人が野営をしている場所にずかずかと入り込む事は問題だろうが、ここには誰もいなかったぞ?
ダンジョン内の開けた場所で野営をする、ソレのどこに問題があるって言うんだ?
それともこの畑はカッセルのご領主様が推し進める事業か何かなのか?だったら悪い事をしたと頭を下げるんだが」
そう言いニヤニヤと笑みを浮かべるゼットに暫し考え込むシャベル。
「一つ聞きたい。お前たちはこの場所が偶々開けた土地だったから野営をしていた、この野営は偶々で今回限りという事なのか?
それともこんなにいい場所は他に無いから今後とも拠点として利用しようといった腹積もりなのか?」
シャベルのストレートな物言いに肩を竦めて答えるゼット。
そんな彼の態度に「分かった」と答えるシャベル。
「俺たちは畑の癒し草を収穫に来ていたんでな、悪いが周りで作業をさせてもらうが構わないだろうな」
「あぁ、好きにしな。俺たちもそろそろ探索に出掛けるところだったんでな」
そう言い互いに視線を切る両者。シャベルはパーティーメンバーに声掛けすると、まだ踏み荒らされていない癒し草をせっせと回収していくのだった。
「いや~、流石はリーダーですね。あの“スライム使い”に毅然とした態度、俺改めて尊敬しちゃいましたよ」
野営の装備を仕舞い第八階層に向かった銀級冒険者パーティー“黄金の槍”は、洞窟の横合いから現れたマッドボアとグラスウルフを相手に危なげない戦いを繰り広げていた。
「ふん、世の中は情報よ。“スライム使い”がその奇行や無慈悲な態度のくせに比較的常識人だって事は分かっていたからな。
あからさまな攻撃でない限り向こうから引くとは思っていたよ。
前に“スライム使い”がどうやって複数体の魔物を従えてるのか聞きに行った奴がいてな、その時も懇切丁寧に自身のスキル<魔物の友>について説明してくれたそうだ。
まぁそれでも実際話をしたのは初めてだったからな、どうなるのかは出たとこ勝負だったが勝算はあったって訳だ」
そう言い地面に転がる魔石を拾うゼット。
「今日から暫くダンジョンに泊まり込むぞ、第六階層は直ぐ側だ、遅くまで探索していても直ぐに野営に取り掛かれるからな。
ここで確り稼いで装備を新しくするぞ。いずれ畑の事は他の連中にもバレる、それまでが勝負だ」
「「「オォーーー!!」」」
力強く言葉を返すパーティーメンバーたち。ゼットは“これは幸運の風が吹いて来たんじゃないのか?”と一人口元を緩める。
「でもリーダー、よかったんですか?スライム使いが最後に言ってたじゃないですか、“従魔を引き上げる”って。
俺、地面から大量のビッグワームが現れたのを見た時は思わず鳥肌が立っちゃいましたよ。しかもそのビッグワームがスライム使いがいつも抱えている木箱に入って行くって。
スライム使いの奴、スライムだけじゃなくってビッグワームも大量に従えてるって事じゃないですか。俺あんなに大量のビッグワームに取り囲まれたら、口から泡吹いて気絶しちゃいますよ?」
それは畑での別れ際に“スライム使い”が行った奇行。スライム使いがいつも抱えていた木箱はどうやら空間拡張型の魔道具だったらしい。だがその魔道具に入っているのが大量のビッグワームだったとは。
“確かにそれは気持ち悪いな”と同意を示すパーティーメンバーたち。
「まぁビッグワームは畑を耕すのに使えるからな、底辺テイマーらしい発想って奴なんじゃないのか。
最下層魔物のスライムとビッグワームしかテイム出来ない外れスキル<魔物の友>持ちの金級冒険者、初めて聞いた時は意味が分からんと思ったが、実際に会ったら余計意味が分からなくなった。
俺たち真っ当な冒険者には関わり合いの無い話だが、精々これからも便利な“畑”を作ってくれることを期待しようじゃねえか」
パーティーリーダーのゼットは順調な探索に笑みを深めながら、更なる魔物を探し歩き出すのであった。
「リーダー、お気楽冒険者の畑ってこの辺でしたよね?」
そこは第六階層の草原、今朝まで畑が広がる不思議な場所であったところ。
「チッ、どうなってやがる。畑周りに組んであったレンガも綺麗さっぱりなくなってるじゃねえか。これじゃその辺の叢と変わんねえぞ」
ダンジョンにおける法則、ダンジョン内に建てた人工物は人が離れると自然と姿を消す。その法則を無視したかのような第六階層の畑は、それが勘違いであったかのように跡形もなく姿を消しているのだった。
「リーダー、どうしますか?」
「どうしますかも何も、街に戻るしかねえだろう。これからって時に、やってくれる。ふざけんなよ、お気楽冒険者ー!!」
開かれた筈の明るい未来は思わぬ形で幕を閉じた。ゼットはそれを行ったであろうシャベルに憎しみを込めた声を上げる。
その叫びは、第六階層の草原に空しく響き渡るのであった。




